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ソクラテスの言葉——ギリシア語精読の旅

はじめに

ソクラテスという人は有名なのでどこかで聞いたことがある人も多いだろう。今からずっと昔に生きたソクラテスという人は、街中を歩き回って人と対話しまくった人で、彼こそが「哲学の祖」と言われている。彼は裁判にかけられ、「哲学することをやめれば死刑を免れる」という条件を出されたにもかかわらずそれを拒み、「私は哲学することをやめない」と高らかに宣言した挙句、死刑になった人物である。

彼自身は何も書き残さなかったが、ソクラテスの言葉は、プラトンという哲学者が書き残したことで、いま我々の手にある。そのギリシア語を、できるだけ分かり易く解説してみた。

原文 『ソクラテスの弁明』29d-e

‘ἐγὼ ὑμᾶς, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, ἀσπάζομαι μὲν καὶ φιλῶ, πείσομαι δὲ μᾶλλον τῷ θεῷ ἢ ὑμῖν, καὶ ἕωσπερ ἂν ἐμπνέω καὶ οἷός τε ὦ, οὐ μὴ παύσωμαι φιλοσοφῶν καὶ ὑμῖν παρακελευόμενός τε καὶ ἐνδεικνύμενος ὅτῳ ἂν ἀεὶ ἐντυγχάνω ὑμῶν, λέγων οἷάπερ εἴωθα, ὅτι

 “ὦ ἄριστε ἀνδρῶν, Ἀθηναῖος ὤν, πόλεως τῆς μεγίστης καὶ εὐδοκιμωτάτης εἰς σοφίαν καὶ ἰσχύν, χρημάτων μὲν οὐκ αἰσχύνῃ ἐπιμελούμενος ὅπως σοι ἔσται ὡς πλεῖστα, καὶ δόξης καὶ τιμῆς, φρονήσεως δὲ καὶ ἀληθείας καὶ τῆς ψυχῆς ὅπως ὡς βελτίστη ἔσται οὐκ ἐπιμελῇ οὐδὲ φροντίζεις;”

和訳

「アテーナイのみなさん、確かにあなたがたには親しみと愛情を抱いているが、しかし私はあなたがたよりも、むしろかの神に従うでしょう。そして、私の息が続く限り、また可能な限り、知を愛し求めることを決して止めないし、あなたがたに出会えばいつでも勧告したり、私の思いを表明したりすることもまた、決してやめないでしょう。私は常日頃のように、こう言うのです。

『知と力において最大で最も評判が良いポリスのアテーナイ人である、人々の中で最も優れた人よ。あなたは恥ずかしく無いのか?自分の金ができるだけ多くなることや、名声や名誉ばかりに気を取られ、思慮にも、真実にも気にかけず、自身の魂が出来るだけ良くなるように、配慮も顧みることもないのか?』——と。

語義解説

ἐγὼ:「私は」人称代名詞, 一人称, 主格.
ὑμᾶς:「あなた方を」人称代名詞, 二人称, 対格. ἀσπάζομαι と φιλῶ の目的語.
ὦ:「ああ(〜よ)」感動詞(呼格とともに用いる).
ἄνδρες:(<ἀνήρ)「人/男」男性名詞, 複数, 呼格.
Ἀθηναῖοι:(<Ἀθηναῖος)「アテーナイの」形容詞, 男性, 複数, 呼格.
ἀσπάζομαι:「喜んで歓迎する」動詞, 直説法, 中動相, 一人称, 単数, 現在. 「抱擁する」「キスする」等の意味もあるが, ここではそれぐらい「親しみを持っている」, という意味であろう.
μὲν:「一方で…(他方で…)」小辞. 後出の δὲ と対応.
καὶ:「そして」接続詞. ここでは ἀσπάζομαι と φιλῶ を繋いでいる.
φιλῶ:(<φιλέω)「愛する」動詞, 直説法, 能動相, 一人称, 単数, 現在.
* φιλέωは母音融合動詞で、語尾が-έωで終わっているため, εは吸収され-ῶとなる.
πείσομαι:「[能]…を説得する」, 「[中, 受動] (与格とともに)…に従う」, 動詞, 中動相, 一人称, 単数, 未来.
δὲ:「他方で」小辞. 前出の μὲνと対応.
μᾶλλον:「むしろ」μάλαの比較級. 中性, 単数, 対格で副詞的に用いる.
τῷ:定冠詞. 男性, 単数, 与格.
θεῷ:(<θεός)「神」男性名詞, 単数, 与格.
ἢ:「(比較級とともに)…よりも」接続詞. (英:than)
ὑμῖν:「あなたがたに」人称代名詞, 二人称, 複数, 与格.
καὶ:「そして」接続詞.
ἕωσπερ:ἕως(接続詞)+περ(強調の前接辞). 「…まで」
* ἕως は直説法と用いる場合は「過去の事実」を指すが, ἂν+接続法と用いる場合は「未来の不確かな出来事」を指す.
ἂν:小辞. 接続法とともに用いて, 「未来に予測される事柄」のニュアンスを持つ.
ἐμπνέω:「息をする」動詞, 接続法, 能動相, 一人称, 単数, 現在.
καὶ:「そして」接続詞. ここではἐμπνέωとοἷός τε ὦを繋いでいる.
οἷός τε ὦ:οἷός +不定詞 で「…することができる」という能力を意味する. しばしば οἷός τε という形で用いられる. 例)ソフォクレス『オイディプス王』1415 τἀμὰ γὰρ κακὰ οὐδεὶς οἷός τε πλὴν ἐμοῦ φέρειν βροτῶν. 「人間のうちで私を除いて誰も私の禍を受けることはできない」
ὦ:(<εἰμί)「…である」(英:be)動詞, 接続法, 能動相, 一人称, 単数, 現在.
οὐ μὴ:οὐ μὴ+接続法で「断定的な否定」を意味する。
παύσωμαι:(<παύω)「…するのをやめさせる」動詞, 接続法, 中動相, 一人称, 単数, アオリスト. φιλοσοφῶν, παρακελευόμενός, そして ἐνδεικνύμενος の三つの分詞にかかる.
* 一般的に, παύομαι は「意思」のニュアンスで用いるため, 「…するのをやめないぞ」という意味になる.
φιλοσοφῶν:(<φιλοσοφέω. φιλέω「愛する」+σοφός「知」)「知を愛する(→哲学する)」動詞, 現在分詞, 能動相, 男性, 単数, 主格.
καὶ:φιλοσοφῶν と ὑμῖν παρακελευόμενός τε καὶ ἐνδεικνύμενος ... を繋いでいる.
ὑμῖν:「あなたがたに」人称代名詞, 二人称, 複数, 与格.
παρακελευόμενός:(<παρακελεύομαι)「勧告する」動詞, 現在分詞, 中動相, 男性, 単数, 主格.
* τεは自身ではアクセントを持たず、前の語にアクセントを付与するために, παρακελευόμενός は二つの鋭アクセントを持っている.
τε καὶ:「…も…も」という対比や類似を意味する. ここではὑμῖν παρακελευόμενός (あなたがたに勧告すること)と ἐνδεικνύμενος (自身の思いを表明すること)が類似的に挙げられている.
ἐνδεικνύμενος:(<ἐνδείκνυμι)「指し示す」動詞, 現在分詞, 中動相, 男性, 単数, 主格.
*ἐνδείκνυμι は中動相で「自身の考えや思いを明かす」という意味になる. 例)ホメロス『イリアス』19巻83行:Πηλεΐδῃ μὲν ἐγὼν ἐνδείξομαι. 「ペーレウスの息子 [アキレウス] に, 私は自分の思いを明かそう」
ὅτῳ :(<ὅστις)「…するものは誰でも」不定代名詞, 男性, 単数, 与格. (英:whoever)名詞節を導く.
ἂν:ἐντυγχάνω の接続法とともに用い,「未来に予測される事柄」を指す.
ἀεὶ:「いつも」副詞.
ἐντυγχάνω:「(与格とともに)…に会う」動詞, 接続法, 能動相, 一人称, 単数, 現在.
ὑμῶν:「あなたがたの」人称代名詞, 二人称, 複数. ὅτῳ ὑμῶν で「あなたがたのうちの誰でも」の意.
λέγων:(<λέγω)「言う」動詞, 現在分詞, 能動相, 男性, 単数, 主格.
οἷάπερ:(<οἷος)οἷά(οἷος, 中性, 複数, 対格)+περ(強調の前接辞). 「…というような」(英:such things that...)
εἴωθα:(<ἔθω)「…するのが習慣である」動詞, 直説法, 能動相, 一人称, 単数, 完了.
ὅτι:「…ということ」接続詞. 名詞節を導く.(英:that)以下は直接引用ですべて ὅτι 節.

ὦ:「ああ(〜よ)」感動詞(呼格とともに用いる)
ἄριστε:(<ἀγαθός)「良い」形容詞, 最上級, 男性, 単数, 呼格.
ἀνδρῶν:(<ἀνήρ)「人/男」男性名詞, 複数, 属格.
Ἀθηναῖος:「アテーナイ人」男性名詞, 単数, 主格.
ὤν:(<εἰμί)「…である」(英:be)動詞, 現在分詞, 男性, 単数, 主格.
πόλεως:(<πόλις)「町/ポリス」女性名詞, 複数, 属格. Ἀθηναῖος にかかる
τῆς:定冠詞, 女性, 単数, 属格.
*名詞の後に定冠詞+形容詞(ここでは μεγίστης と εὐδοκιμωτάτης)で後ろから修飾している.
μεγίστης:(<μέγας)「大きな」形容詞, 最上級, 女性, 単数, 属格.
καὶ:「そして」接続詞.
εὐδοκιμωτάτης:(<εὐδόκιμος)「評判の良い」形容詞, 最上級, 女性, 単数, 属格.
εἰς:「…の点において」前置詞. 対格を支配する. ここでは σοφίαν と ἰσχύν.
σοφίαν:(<σοφία)「知」女性名詞, 単数, 対格.
καὶ:「そして」接続詞. σοφίαν と ἰσχύν を繋いでいる.
ἰσχύν:(<ἰσχύς)「力」女性名詞, 単数, 対格.
χρημάτων:(<χρῆμα)「金銭」中性名詞, 複数, 属格.
μὲν:「一方で」後ろの δὲ と呼応.
οὐκ:(<οὐ)否定の小辞. 疑問形に付いて, 肯定の答えを期待する. (高津, 385)
αἰσχύνῃ:(<αἰσχύνω)「恥ずかしく思う」動詞, 直説法, 受動相, 二人称, 単数, 現在. οὐκ αἰσχύνῃ で「恥ずかしくないのか?(きっと恥ずかしいだろう)」の意.
ἐπιμελούμενος:(<ἐπιμελέομαι)「(…を)配慮する」(+属格). 動詞, 中動相, 現在分詞, 男性, 単数, 主格.
ὅπως:「…となるように」接続詞. (英:in order that)
*「配慮する」などの動詞とともに, その動詞の目的節として ὅπως が用いられる. その際 ὅπως 節の動詞は直説法未来をとる. (高津, 393)ここでは ἐπιμελέομαι+属格 ὅπως ... で「〜(属格)ができるだけ...になるように」の意.
σοι:人称代名詞, 二人称, 与格. 人の与格+εἰμί で「…が〜のものである」という所有の意.
ἔσται:(<εἰμί)「…である」動詞, 直説法, 中動相, 三人称, 単数, 未来.
ὡς:「できるだけ」最上級に付いて強調する.
πλεῖστα:(<πολύς)「多い」形容詞, 中性, 複数, 主格.
καὶ :「そして」接続詞. καὶ A καὶ B で「AもBも」
δόξης:(<δόξα)「評判」女性名詞, 単数, 属格.
καὶ:「そして」接続詞. καὶ δόξης καὶ τιμῆς で「名声も名誉も」
τιμῆς:(<τιμή)「名誉」女性名詞, 単数, 属格.
φρονήσεως:(<φρόνησις)「思慮」女性名詞, 単数, 属格.
δὲ:「他方で」前の μὲν と呼応.
καὶ:「そして」接続詞. καὶ A καὶ B で「AもBも」
ἀληθείας(<ἀλήθεια)「真実」女性名詞, 単数, 属格.
καὶ:「そして」接続詞. καὶ ἀληθείας καὶ τῆς ψυχῆς で「真実も魂も」
τῆς:定冠詞, 女性, 単数, 属格.
ψυχῆς:(<ψυχή)「魂」女性名詞, 単数, 属格.
ὅπως:「…となるように」接続詞. (英:in order that)
*「配慮する」などの動詞とともに, その動詞の目的節として ὅπως が用いられる. その際ὅπως 節の動詞は直説法未来をとる. (高津, 393)
ὡς:「できるだけ」最上級に付いて強調する.
βελτίστη:(<ἀγαθός)「良い」形容詞. 最上級, 女性, 単数, 主格.
ἔσται:(<εἰμί)「…である」動詞, 直説法, 中動相, 三人称, 単数, 未来.
οὐκ:「…しない」否定の小辞.
ἐπιμελῇ:(<ἐπιμελέομαι)「配慮する」動詞, 直説法, 中動相, 二人称, 単数, 現在.
οὐδὲ:「そして…さえない」否定の小辞.
φροντίζεις:(<φροντίζω)「顧みる」動詞, 直説法, 能動相, 二人称, 単数, 現在.

;:クエスチョンマーク(「?」に相当する)

逐語訳

私は(ἐγὼ)あなたがたを(ὑμᾶς)、ああ(ὦ)アテーナイの(Ἀθηναῖοι)人々よ(ἄνδρες)、一方で(μὲν)私は親しみ(ἀσπάζομαι)、そして(καὶ)愛している(φιλῶ)、しかし他方で(δὲ)あなたがた(ὑμῖν)よりも(ἢ)むしろ(μᾶλλον)かの神に(τῷ θεῷ)従うだろう(πείσομαι)。そして(καὶ)わたしの息が続く(ἐμπνέω)限り(ἕωσπερ)、また(καὶ)できる限り(οἷός τε ὦ)、哲学すること(φιλοσοφῶν)を、そして(καὶ)あなたがたに(ὑμῖν)勧告すること(παρακελευόμενός)も(τε καὶ)、わたしの思いを表明すること(ἐνδεικνύμενος)も(τε καὶ)決して(οὐ μὴ)やめないだろう(παύσωμαι)、あなたがたのうちの(ὑμῶν)誰か(ὅτῳ)と会えば(ἂν ἐντυγχάνω)いつでも(ἀεὶ)、わたしが習慣としていた(εἴωθα)このような事々を(οἷάπερ)言いながら(λέγων)。

おお(ὦ)、アテーナイ人(Ἀθηναῖος)である(ὤν)、人々の中で(ἀνδρῶν)最も優れた人よ(ἄριστε)、最大(τῆς μεγίστης)で(καὶ)最も評判の良い(εὐδοκιμωτάτης)ポリスの(πόλεως)知(σοφίαν)と(καὶ )力(ἰσχύν)において(εἰς)、恥ずかしくないのか(οὐκ αἰσχύνῃ)?、一方で(μὲν)財産が(χρημάτων)君において(σοι)出来るだけ(ὡς)最大に(πλεῖστα)なる(ἔσται)ように(ὅπως)、また名声や(καὶ δόξης)名誉に(καὶ τιμῆς,)[気を配りながら(ἐπιμελούμενος)]、他方で(δὲ)思慮も(φρονήσεως)真実にも(καὶ ἀληθείας)自身の魂が(καὶ τῆς ψυχῆς)出来るだけ(ὡς)よく(βελτίστη)なる(ἔσται)ように(ὅπως)配慮もしないし(οὐκ ἐπιμελῇ)顧みることも無い(οὐδὲ φροντίζεις)のか?——と(ὅτι)。

参考文献

特に文法上重要な部分は以下の文法書で該当箇所を明記しておいた。

高津春繁(1960)『ギリシア語文法』, 岩波書店.

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