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〔連載小説〕 うさぴょん ・その145

その 1 へ


 キーボードの裏がなんだか汚れているというのか、ほこりっぽいというのか、とにかく掃除が必要な状態だと判断した。今までにここを拭いた人はいるのだろうか。固く絞った雑巾で丁寧に拭いていく。
「おいっ、うさぴょん、なんか気が散るなあ」
「もおう、図書室かどっか他に行って下さいよ」
「受験生やのに冷たいな」
「受験生はもっと勉強するもんですよ」
「ビラ配りまでやったんやから結末まで付き合わせろよ」
 僕はコンピュータ室の掃除をしている。別に誰に頼まれたのでもない。どうも気持ちが落ち着かないのでさっきは掃除機をかけ、今度は雑巾で拭き掃除を始めた。
 コンピュータ室には山室君と大沢君がいて、大野先輩もいる。大野先輩は一応、勉強をしているが、ちょいちょいこっちの話に入ってきたりもして、勉強がはかどっているとは思えない。
 廊下にある水道で雑巾をすすぎ、バケツの水もかえてコンピュータ室に戻ると山室君が言った。
「柴崎君、こっちに向かうって」
「えっ、思ったより早いなあ。まあ、その方がええかあ」
 一体これは何をしているのだろう、とは何度も思っているが、今さら引き返せないし、変なことにならないことを祈るしかない。とりあえず佐々野さんに柴崎君がこっちに向かったことを連絡した。
 佐々野さんと小野村さんは図書室にいる。小野村さんの三者面談の後、ふたりで何か食べに行く予定になっているそうで、その時に柴崎君と鉢合わせして、そのあとは、佐々野さんが小野村さんをそれとなく説得して、後は小野村さんが陸上部に見学に行くだけだ。その先は、陸上部の人が無理矢理とか拝み倒すとかして小野村さんを陸上部に引っ張り込んでもらう。
 陸上部の人とも話はついている。「小平事件」の時に大野先輩が陸上部の人に事情を話し、陸上部の人は、小野村さんが入部してくれるなら大歓迎、とまで言ってくれている。というか、入学早々に勧誘に行ったそうなのだが、断られたらしい。
「まだ掃除すんのか?」
「まだまだしますよ」
「もう十分きれいになったやろ」
「そんなことないですよ」
「これ以上どこ拭くねん」
 山室君は、さっきからぼんやりとしている。迷惑に思っているのか不安に思っているのか分からないけれど、こんなわけの分らないことに付き合ってくれてありがたい話だ。
 柴崎君は、4時前に学校に着くことになっている。その後、裏門の近くに移動し、佐々野さんと一緒にいる小野村さんと鉢合わせするのだ。
 それからまた少し時間が経って、佐々野さんから連絡が来た。
“飛鳥ちゃんが教室に向かいました”
 ちょっと早くないか、と思ったが、余裕をもってお母さんが来たのだろう。三者面談自体はもう少し先だ。
「小野村さんが行ったんやって。ちょっと僕、図書室で佐々野さんと話してくるわあ」
 コンピュータ室を出ようとした時、「えっ」と山室君が声を上げた。山室君はスマホを見たまま固まっている。
「えっ、何、どうかした?」
「宇佐美君、あの、柴崎君が事故に巻き込まれたみたい」
「ええっ」 


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