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〔連載小説〕 うさぴょん ・その147

その 1 へ


「あのう佐々野さん、引き伸ばしってどれくらい出来そうですか?」
「少しくらいならできそうですけど、あんまり長くなるとちょっと」
「まあそうですよねえ」
 今ならまだ全部なかったことにして引き返すという手もあるのだが、佐々野さんにそのつもりはなさそうだ。山室君からはまだ連絡が来ない。走ってくるなんて、柴崎君の到着はいつになるのだろう。ともかく小野村さんには本当のことを話すしかなさそうだ。でも、そんなことをしたらどうなるのだろう。
 小野村さんが図書室に入ってきた。晴れ晴れとした感じの小野村さんは僕と佐々野さんが座っているところにやって来る。さっきまでいなかった僕がいるのだが、ちらっと見られただけで特に話しかけてもこない。
 佐々野さんと小野村さんが連れ立って図書室から出ていくので僕もついていく。話すにしても図書室は静かすぎるから別の場所で、ということなのだろう。廊下に出てからもしばらくついていくと、小野村さんが振り返った。
「なんで宇佐美君がついてくんの?」
「えっ、いやーその」
「あのう飛鳥ちゃん――」と佐々野さんが話始めたところでスマホが鳴った。柴崎君が来たのだろうか、それにしては早すぎないか、と思って見てみたら、飯田君からの電話だ。
「あっ宇佐美君、大変大変、事故やで。僕の家の近くでトラックが横転して消防車がいっぱい来てる」
「ああ、うん」
「宇佐美君、今学校?」
「うん」
「あっ、今、救急車が出て行くでえ。今日は部活動ないやろ。こっち来れへん?」
 たぶんあの事故のことだろう。ああ、僕も行きたい。が、ちらっと佐々野さんと小野村さんの方を見たら、なんか小野村さんがちょっと怒っているみたいに見えた。
「あのごめん、今ちょっとどうしても用事があって、悪いけど、ちょっと写真を撮っといてもらえる?」
「えっ、そうなん? あっ、またなんか来た。ほんならまた」
 電話は切れた。小野村さんのせいで僕は消防車を見逃してしまっている。佐々野さんに声をかけようとしたら今度は大沢君からの連絡だった。
“柴崎君が着くらしい”“そっちはどうなっての?”
 どうって言われても、どうなってんにゃろ。こっちが聞きたいくらいだ。けれどまあ、思ったよりも早く着きそうなので良かった。いやっ、本当に良かったのか。
 とりあえず、柴崎君が来ることは伝えないといけない。ぼそぼそと話している佐々野さんと小野村さんのところにそろそろと近づいていく。
「あのう、佐々野さん、もうそろそろ柴崎君が来はるみたいなんですけど」
「えっ」と小野村さんが声をあげた。「宇佐美君も絡んでんの?」
「いやその、絡んでるっていうか」
「宇佐美君には私が頼んで手伝ってもらったんです」
「なんでそんなこと」
「そんなん、小野村さんが陸上部に入らへんからこんなことになったんやんか。消防車も見られへんし」
「ええっ?」
「だっていつも見てるやん」
「なんの話?」
「土手から陸上部が練習してること見てるやん」
「見てへんし」
「いやっ、見てるやん」
「あの、宇佐美君」佐々野さんがスマホを耳にあてながら言った。「大野先輩からなんですけど、正門のとこに来るように、って言ってます」
 本当にもうすぐ柴崎君が着くみたいだ。それとも、もう来ているのか。
 小野村さんは目を伏せて黙っている。
「飛鳥ちゃん、来てくれませんか?」 


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