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愛しのマリー 〜【夏ピリカ応募】ショートショート〜

蚤の市で目に留まったのは、少し燻んだ銀の手鏡だった。 
銀食器の横に並べられたそれは、20cm位の縦長で周りと柄が、全部手彫りで細かく豊かな自然が溢れていた。

あまりに見事な装飾に見惚れていると
「フランスの1700年代位かね、ここまで豪華なものはなかなかないよ。」
店主の年配の男性が、直々に現地の市場で見つけたと言う。


持ってみると、しっくり馴染む。
なぜか、手にピッタリと吸いついて使いやすそう。
ちょっとお高めだったが、連れて帰らなければいけない気がして購入した。


掘り出し物はそれだけで高揚するが、一目惚れは初めてだ。
家に帰って、そっと取り出す。
夕刻の陽が傾きかけた光を、驚くほど取り入れて全体が明るく息を吹き返したみたいだった。
クルクルとあちこちに向け細部まで堪能した。

良い買い物をした。

たまたま柄を真上に鏡を逆さまにしたときだった。
「ひゃあ!」
驚いて、手を離してしまった。

私ではない、誰かがこちらを見ていた。

斜めに机に落ちたそこには、誰もいない。
端に私の強張った顔が映る。

見間違いか。

再び、そっと鏡を逆さまにしてみた。
ヒッと声が漏れてしまった。
どう見ても、西洋の貴族風な装いの女性が映っていた。

「ちょっと待ちなさい!あなた、私が見えるのね⁈」
今度は手を離す間も無く、前のめりに話しかけられた。
もう、思考回路は停止して、頷く。
怖い。幽霊?
「私は、マリー・アントワネット。これは私の手鏡なのよ。」
「え?あなたは処刑された、あのフランスの?」
頭の中から世界史の記憶を辿る。
とはいえ、あまりに有名人だ。
「王妃よ。処刑されたとはいえ。私を知ってるでしょう?」
「はあ、でも諸説ありますねぇ。気の強いお方だとか…」
皆まで言わせてはくれなかった。
「あなたの時代は?」
「西暦2022年ですけど…」
「あぁ!知ってるわ!自由を持つ権利がある時代ね。」
何で知っているのだろう。恐怖より疑問がわく。

「食べ物も美味しいわよね。私の名前のついた、パンがないかしら。丸くて平らな…。」
小首を傾げて考えている。
パン?いや、もしかして…
「マリーってビスケットならありますね。あ、ちょうど確か。」

いつか、友達が置いて行ったものが偶然あった。
偶然。

「それよ、それ!一つちょうだい。」
伸ばしてきた手に近付けると、ビスケットがマリーの手に吸い込まれていた。

「パンがなければ、お菓子を食べればいいって言いました?」
ふと口にした私を、マリーはチラッと見た。
「私じゃないわ。」
低い声だった。ゾクっとした。
「もう一枚、早く!」
慌てて鏡面に出したビスケットをマリーは、私の手ごと掴んだ。

グイッ

視界が歪んだ。
私は暗い塔の中にいた。
「マリー⁈」

見慣れた私の部屋に、笑みを浮かべたマリー・アントワネットが立っていた。
「あぁ、このステキな名のおかげで、また新しい世界を楽しめるわ。」
そう言って、ビスケットにキスした。
「待って‼︎ 私はどうすれ…」

鏡は、裏返された。


【1199文字】

史実的なことは、一応調べましたが、間違っていたら申し訳ありません。名前を拝借したレベルだと思っていただければ。よろしくお願い致します。

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