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ミュンヘンジュエリーウィークをアーティスト目線で振り返る〜CJ市場の現状〜

 皆さんは「ミュンヘンジュエリーウィーク(MJW)」を知っていますか?
※ご存じの方は後半の「今回の参加アーティストとして振り返ってみる」からお読みください。

 簡単に説明すると、ミュンヘンで開催される「IHM(国際手工芸フェア)」を中心としたイベントです。コンテンポラリージュエリー分野では最も重要視されているイベントであり、その理由は1959年から始まった公募展「SCHMUCK(ドイツ語でジュエリーの意味)」の受賞者発表とセレモニーがあるという点です。他にもいくつかの公募展や国際的なギャラリーの出展、そして市内約90ヶ所での展示やパフォーマンスなども見所です。また市内には「Pinakothek der Moderne(ピナコテーク・デア・モデルネ)」という美術館があり、世界屈指のCJ作品の常設展示やMJWに合わせた企画展示もこのイベントが世界で注目されている要素の一つだと思います(例年だと3月開催ですが今年はコロナの影響で7月に延期)。

 私は留学をきっかけに2013年以降のMJWを現地で体験しており、2016年から2022年は出展する側として参加しています。今回は私の体験談から「MJWと作り手」というテーマでリアルな現場を紹介したいと思います。前回までは買い手(コレクター)について投稿しているので、そちらと合わせて読んでいただけると面白いかもしれません。

MJWで作品を発表するには


 まずMJWでは大きく分けて2ヶ所での展示があります。①はメッセ会場内、②はミュンヘン市内です。

 ①メッセ会場は市内の中央駅から20分程度離れた場所にあり、建物内にはCJ以外にも家具や調理器具、衣服、肉屋パン屋なども分野ごとに会場が分かれて出展しています。
CJコーナーでは
・SCHMUCK、TALENTE、BKV Preisの公募展ブース
・Galerie Marzee、Galerie Rosemarie Jäger、PLATINA、Galerie Noel Guyomarc’hといったいくつかの国際的CJギャラリーブース
・Hochschule Trier - Campus Idar-Oberstein、Goldschmiedeschule mit Uhrmacherschule Pforzheim - Berufskolleg für Design - Schmuck & Gerätと言ったジュエリー科のある学校ブース
・個人や企業のブランドやショップのブース
に分かれています。
 作り手がメッセで展示する方法としては上記3つのいずれかの公募に入選して公募展ブースに入るか、CJギャラリーブースに出展しているギャラリーの取り扱いになるか、が一般的だと思います。CJ関係者の殆どはメッセに行くので、作品が売れる可能性も大いにあります(特に有力なギャラリーブースでは多くの作品が売れています)。

 ②ミュンヘン市内の展示では美術館周辺をメインに、数十ヶ所で様々なイベントが企画されています。個展、グループ展、パフォーマンス、レクチャーなど内容は様々です。参加者は自分自身で会場となる場所を見つけることが主流であり、ギャラリースペースは勿論のこと、本屋、服屋、廃屋、工房、アパートの一室、ボーリング場、プール、移動展示など新しい展示会場/方法に挑戦していることが市内展示の特徴だと言えます。
 メッセ会場と異なる点は、自由に展示を企画、そして参加できるという点です。メッセ会場でもブース使用料を支払えば個人でも参加可能だと思いますが、広さや展示方法の制限、資金面のハードルの高さなども考えてみても市内で場所を探す方が一般的です。MJW中は毎日どこかしらでオープニングが企画されており、ウォークラリーのように訪問者たちは地図を片手に市内を散策して楽しんでいます。

グループ展『Of Course I Still Love You』会場内


今回の参加アーティストとして振り返ってみる


 私は今回、自身の企画した市内のグループ展『Of Course I Still Love You』にて新作を8点と旧作を3点、メッセ内の国際ギャラリーブースGalerie Rosemarie Jägerにて旧作を2点、作品を見せていました。他にも市内美術館のPinakothek der Moderneでは2012〜2022年に新規コレクションしたジュエリー作品を集めた企画展示があり、そこにも旧作5点が紹介されました。なんだかんだ自分の場合は毎回2〜3ヶ所で作品を見せる機会をいただいています(周囲の作家も同じように複数箇所で作品を見せている様に感じます)。

 今回はコロナ延期の関係で初めての7月開催となり、訪問者がどれくらいいるのか心配されていましたが、私たちのグループ展には想像より多くの方が来てくださいました。感覚的にはトータル500人くらいかなと(通常年なら1000人くらい)。
 アーティストや学生の訪問者が多い中で、私たち作り手の重要なターゲットはコレクターです。キュレーターやギャラリストが展示をオーガナイズする場合を除けば、作り手は訪問者と直接販売のやり取りをします。アメリカ、オランダ、ドイツを筆頭に、多くのコレクターはこの機会に作品を購入しており、特にアメリカのコレクターはMJWツアーを組んでグループで訪問してきます。今回は大勢とはいきませんでしたが、ある程度の人数のコレクターがアメリカから来てくれました。他にも今回は韓国人コレクターも作品を購入しに来ていました。

 ここからが本題ですが、どのようなジュエリー作品が評価されているのか?

 結論から言うと、デザイン性の高い作品>芸術性の高い作品です。前回の投稿でアーティスト/デザイナーの違いを書きましたが、今回の展示でリアルな体験したので皆さんに紹介したいと思います。

 私は今回グループ展を開催しました。私たちの展示には全体のテーマがあり、それに合わせたタイトルと展示方法をセットに考えています(その空間でジュエリーアーティストがなぜ展示するのか等)。さらにその中で個々の作品に集中できるように工夫しており、今回は私たちのイメージ通りに準備することができました。ここまでは作り手がコントロール出来る範囲です。しかし、展示が始まって仕舞えば、その先の鑑賞者/鑑賞方法については私たちにはコントロール出来ません。そして今回の展示では顕著にそのことが現れました。

 とあるコレクターたちは展示全体の成り立ち、展示方法、個々の作り手に対して興味を持ち、実作品以外からの情報をインプットしながら鑑賞していました。鑑賞者自身が感じた第一印象との差にも興味を持っており、作り手と話すことを大事にしている印象を受けました。(アーティスト/ジュエリー作品として購入)
 一方、他のコレクターたちは気になる作品をとにかく試着/吟味し、重さやサイズなど違和感がないか確認していました。それぞれ好きな方向性がはっきりしており、こちらから作品の説明をしようとすると遮られるくらい作品を評価する基準が明確な印象でした。(デザイナー/ジュエリー商品として購入)

 作り手目線からすると前者の方が良いと思われるかもしれません。しかし、今回のコレクターの割合で言うと圧倒的に後者の方が多いと感じました。皆さん大きなブローチやネックレスを着用していることも特徴的で、デザインやマテリアルの好き嫌いがとてもはっきりしています。視覚的に強いジュエリー、そして着用性がしっかりしているジュエリーが全体的に好まれていました。
 ですがどちらのコレクターにせよ、自分の気に入った作品はちゃんと購入するという点は共通していると言えるのではないでしょうか。同じ市場内で流通しているにも関わらず、作品の評価方法(CJについての捉え方、楽しみ方、考え方)は大きく異なっており、つまり、作り手は「アーティスト思考であろうがデザイナー思考であろうが、どちらでも評価してもらえる可能性がある」ということです。
 これは他の分野でも共通すると思いますが、例えばアート市場で言うと、純粋にアートが好きで購入するコレクター、資産として価値が上がることを期待して購入するコレクター、特定のアーティストを応援するために購入するコレクターなど、動機はなんであれ購入するという点で市場が構成されています。

 しかし、オープンで作品を発表しているということは良い意味でも悪い意味でも双方のコレクターにランダムに見てもらうことになります。もし作品が売れないで悩んでいる、どこで売ればいいか悩んでいる作り手がいたら、自分はどちらのコレクターと相性がいいのか考えてみてもいいかもしれません。私も初めの頃は作品が評価されず悩んでいましたが、どのタイプの人たちにはハマらないのかが理解できて少し気持ちが楽になりました。そして相性がいいコレクターの方にアプローチをしていったところ、少しずつ販売に繋がったことが実際にありました。
 CJ作品/市場は芸術性からデザイン性まで振り幅が大きい分野だと思います。作り手は自身の作品を客観視し、さらにどのような買い手をイメージするかによってセルフプロデュースの方法が変わってくるのではないでしょうか。


最後に


 個人的には現状のこの振り幅に関して何も魅力を感じていません。60年代以降のコンセプチュアルジュエリーが始まった頃に盛んだった芸術性の高いジュエリーのムーブメントが、時代を経るにつれて少しずつデザイン性の高いジュエリーへと移行していきました。これはある意味行き過ぎた芸術性への反発であり、元来の着用目的に回帰する自然な流れなのかもしれません。しかし、全ての作り手そして買い手がその方向を向く必要はないと考えています。歴史は繰り返すものであり、今度は行き過ぎたデザイン性へ反発するムーブメントが求められているのではないでしょうか。
 ※ジュエリー史で繰り返された例を挙げると、男性中心のジュエリー⇄女性中心のジュエリーやトップヒエラルキー発信⇄ボトムヒエラルキー発信などがあります。
 閉鎖的で常識的なジュエリーの枠に捉われない為にも、作り手、買い手ともにジュエリー表現について各々の革新性を追求していかなければならない、と私は考えています。

市内美術館のPinakothek der Moderne /企画展示2022


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