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水軍遥かなり/加藤廣(文春文庫)

水軍遥かなり/加藤廣(文春文庫)

九鬼守隆を主人公に、幼少期から死までを描いた歴史小説。
現在の三重県尾鷲・鳥羽で戦国から江戸時代に水軍として名を馳せた九鬼嘉隆・守隆親子。
尾鷲フィールドワークの前にご当地の歴史を知りたくて読んだ加藤廣の作品。
加藤廣作品は4作目。本能寺三部作『信長の棺』『秀吉の枷』『明智左馬助の恋』の筆者で、金融公庫、山一証券、シンクタンク、コンサルと金融・経済界を渡り歩きながら晩年、75歳で歴史作家デビュー。勇気もらえる。
本能寺三部作はいずれも武将の家臣を主人公に、本能寺の変を巡る謎を独自の解釈で描く。
デビュー作『信長の棺』は、「信長公記」の著者太田牛一を主人公に信長の死の秘密を暴く。太田牛一のジャーナリスト根性がカッコいい。誰がなんと言おうと信長を愛し偉業を文章で残し、なお遺体を見つけようと奮闘する潔さがカッコよかった。
明智光秀の娘婿の明智左馬助を主人公に激動の悲劇を描いた『明智左馬助の恋』も明智ファンとして外せない。梯子外され裏切られていく純粋無垢な明智光秀を慕って滅びゆく明智軍に胸が痛い。そして美しい。
『秀吉の枷』は秀吉が憎らしくなるほどの家来の辛さ。
面白いのは、加藤廣自身は信長も秀吉も決して良いと思ってもいないし、嫌いにさせたいのかと思うほどに、嫌悪感を与える描写が上手いこと。加藤廣にとっては、信長も秀吉も残酷で哀れな暴君でしかない。
今回の『水軍遥かなり』で描かれる信長も秀吉もまた一緒で、聡明で世界を見通す九鬼守隆に比べて、信長も秀吉も何と傲慢で愚かに描かれていることか。ただ、家康については少し違う。家康を評価する一方で、家康が死んで(厳密には家康は隠居していたが)天下を譲られた秀忠の理解がいかに薄っぺらく、九鬼家が持っていた外洋航海のための造船技術や航海技術がいかに失われたか、家康亡き江戸幕府の失速を恨みつらみ交えて描くところはまさに経済界の重鎮的。あとがきで「家康をあと10年生かしておけたら」という言葉もその思想を表していて大変興味深い。九鬼の技術や守隆の才能を思うと、なんともったいないと共感するが。
感想としては、海の向こうに行きたがる幼い守隆のキラキラした眼差し、信長に才能を評価され「グロウブ」と呼ばれた地球儀や天動説への理解の聡明さへの期待でワクワクした。早々に石田三成側を見限り家康の天下取りを先読みするあたりや、諜報戦に強いところ、家康にも才能を見出され側に置かれるところには、快感を覚えた。
外洋への憧れも生涯忘れず、アユタヤに向かった若き山田長政に嫉妬しながらも、長政に会いたかったと相変わらず外洋に憧れながら弱っていく鳥羽の造船場の守隆がやはり最も哀れでならない。
その守隆の無念をしかと見届けるつもりで悲しさをこらえて読了した。この視点でもう一度、尾鷲、鳥羽を巡りたい。
加藤廣は、昨年2018年4月に87歳で亡くなったとのこと。作家人生12年はどんなだったのだろう。ご冥福をお祈りします。

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