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建築業界における「理論と感性」

こんにちは。安藤研吾です。

本日のブログでは、デザイン思考等を契機に経営分野においてもホットなテーマとなっている「理論と感性」について、その中でも建築業界における「理論と感性」について考えてみたいと思います。

数値や実績値を重視する理論と、好き嫌いや気持ちよさといった感性。サイエンス / アートや、左脳 / 右脳のような言い方もされており、多くの記事や論文において「イノベーションのためには理論と感性の統合が大事!」とまとめられているかと感じてます。

参考:一橋大学の延岡健太郎教授のSEDAモデルとかも代表例。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO13918680Q7A310C1KE8000/

確かに説得力を感じるのですが、、建築業界において理論と感性をどのように統合すれば良いのでしょうか?理論と感性は往々にして対立する中、どのようなバランスを取るべきなのでしょうか?基準がなければ、結局は立場が上の人の都合や好き嫌いに合わせて理論・感性を取捨選択するという恣意的な意思決定を助長することにつながりかねません。ザックリしたテーマで恐縮ですが、僕自身の経験から得た考えにお付き合い頂ければ嬉しいです!

今回のブログでは、僕なりに建築業界における「理論と感性」に関する仮説を提案しつつ、その仮説を前提に、理論と感性の統合とはどのように行われるべきなのか?、少しだけ議論を進めてみることにチャレンジしてみます。

【仮説】建築の事業規模が大きくなると理論の重要度が大きく、小さくなると感性の重要度が大きくなる

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まず、前提としている仮説を説明します。僕自身は、転職等を通して巨大開発から一室改修までの幅広い規模の実務を経験してきました。その経験から、概ね上図のように、建築の事業規模が大きくなると理論の配分が、小さくなると感性の配分が大きくなってくると感じました。この前提に立つことで、組織・アトリエ論において、議論が全く噛み合っていない状況も多少は説明可能となるのではないかと考えてます。例えば、感性の配分がそもそも高い小規模PJの感覚で、「大規模PJでも同じように感性を重視するべきだ」というアトリエ側の主張が、実際には実現性を持ち得ないことは特に大規模PJに従事されている組織の方であれば共感頂けるかと思います。つまり、イデオロギーの違いではなく、単に扱う規模の違いに起因していると考えてます。

かなり抽象的な話しになってしまいそうですので(汗)、、以下より、本ブログで想定している建築事業の大まかな規模の分類と「理論と感性」の分配に関する仮説を補強する考えについてまとめてみます。

事業規模別の説明

S / 小規模な改修、個人の住宅

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対象:小規模な改修、個人の住宅
階数・高さ:ー
延床面積:0~200㎡程度
事業規模:0~1 億円程度

大まかに商業的な用途と住居用途についてまとめます。

まずは商業的な用途から。

小規模な改修では、店舗であっても数百万円の範囲に収めることもでき、銀行からの融資(借金)に頼らない資金計画も可能となります。えてして、小規模なお店では「なんでこんな立地でこんな行列が??」という既存のマーケティング理論や不動産業界での実績値を、軽やかに超えてくる「名店」が多く存在します。こうしたお店は理論に基づくというよりも、その商品や空間・体験全体などにおいて、人を惹き付ける並外れたセンスが奏功していると言えるでしょう。桁違いのセンスがあれば、理論的な実績値を大幅に超えていけるのもS(小規模)の建築事業の特性です。

次に、住居用途について。

個人住宅では、もちろん個人の資産計画という理論的な側面もありますが、好きな色、好きな素材、好きな場所、好きなデザイナー、好きなライフルスタイルなどなど、住まい手の感性をふんだんに表現された建築となります。

以上のような側面から、S(小規模)の建築事業では、理論の割合は少なく、感性が非常に大きな割合を占めることが可能と言えると考えています。

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M / 中層のアパートや商業ビル、高層マンション

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対象:中層のアパートや商業ビル、高層マンション
階数・高さ:概ね10階・31m程度まで
延床面積:200~5,000㎡程度
事業規模:1 億円~50億円程度

どのような用途であれ、M(中規模)の建築からは個人の手持ちのお金だけで事業を進めることが困難となってきます。金融機関から融資(借金)を受けて事業を進めます。そうなると、金融機関は借金が返ってくる算段がなければリスクが高くてお金を貸すことができません。事業算段の説明において「感覚的にイケる!」というのでは当然納得してもらえず、理論武装された説明が必要となり、そうした点からも理論の割合が大きくなると考えます

また、事業用のアパートや高層マンション等においては地権者の税対策という側面も出てくるため、税対策の金額の試算など、益々理論の割合は増加します。個人がリスクを負う側面の多い「S」の建築と比べて、金融機関もリスクを負うことになりますので、個人の感性だけでは事業を進め難くなってきます。

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L / 大規模な複合ビル

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対象:大規模な複合ビル(事務所、店舗、共同住宅等)
階数・高さ:概ね10階・31m~100m程度
延床面積:5,000~100,000㎡程度
事業規模:50億円~1,000億円程度

「L」の大規模建築になってくると、関わってくる人々が更に増加していきます。行政だけでも、道路・環境・景観等と協議する部署が大幅に増加し、技術的にも構造計算や設備・避難の検証等で関わるエンジニアの数も種類も増加します。また、大規模建築となると地域住人や地域議会等のコンセンサスが要求され、政治的な人間関係の要素も組み込まれてきます。このように、関わる人の数と種類が増加し、関わる分野が増加するほど、感性的な説明でコンセンサスを形成することは困難となり、どのようなバックグラウンドの人々にとっても納得できるロジックや理論が必要となってきます

※もちろん、感覚的なビジュアルやコピーがコンセンサスにおいて良い影響を与える側面はありますが、感性だけでコンセンサスを形成することは非常に困難となります。

都心部の大型開発では、超一流のデザイナーが採用されますが、こうした大規模事業に関わった経験のある方ならご存知の通り、デザイナーに与えられる裁量の範囲は決して広いものではありません。その裁量の範囲も、上記のような事業条件から決まってくるのです。

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XL / 更に大規模な都市開発、プラント開発等

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対象:大規模都市開発やプラント開発等の特殊用途の開発
階数・高さ:100m超の超高層 (又は 大規模敷地の開発)
延床面積:100,000㎡以上 又は 敷地面積が10,000㎡以上
事業規模:1,000億円以上

大規模な都市開発やプラント開発等のような特殊用途の開発となると、更に関係者の数も種類も増加します。国(関連省庁)とも協議が必要となりますし、プラント等が特に顕著ですが外交として他国の政治家とも交渉が必要となったります。また、お金を貸してくれる金融機関も一社だけでなく複数となったり、海外の金融機関との関わりが出てくるのもこの「XL」の建築事業の特徴かと考えてます。

参考:エネルギー、黒木亮
https://www.amazon.co.jp/dp/B00JVDSW0C/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_h-krFbW0WGRKG

なお、事業リスクも大きな「XL」のプロジェクトには、ロジックの叡智が集められます。例えば、プロジェクト・マネジメントの理論(PMBOK等)やリスク分散のためにSPC等のヴィークルを設立するファイナンス・スキームといった理論が提案・実践されたのも「XL」のプロジェクトからです

以上のように、建築の事業規模が大きくなるほどに、関わる人の種類や分野、事業リスクの増加に伴い、多様な人のコンセンサスを得ながら事業の実現性を高める必要性が増加し、すなわち理論やロジックの割合が増えていくと考えています。

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ブログを書いてみての考察

①:規模による違いに理解を示さずに、愚痴や批判を言っても状況は変わらない

自分自身は都心開発に携わる中で、「開発をする人は金や消費の亡者であり、文化を破壊している(もっとデザインや感性を大事にするべき)」等のご指摘を度々受けてきました。特にデザイナー界隈から(苦笑)。私自身もそのように考えていた節もあり、その後の転職ではより小規模で感性を重視した建築事業を手掛けてきました。しかし、現在では大規模開発の事業主や設計者が単なる金の亡者という考えは抱いておりません。

上述した事業背景から、大規模開発においては金融・構造・環境・政治等の多分野にまたぐ膨大なコンセンサスを形成するため、小中規模の建築と同程度に感性を反映することは事業の構造上難しいのです。また、感性を追求することが、必ずしも事業の望ましい結果につながるとも言い切れません感性を重視して文化的な建築をつくれても、もし事業が赤字となってしまったら関係者全てが不幸になります。理論武装して事業の成功確率を高めなければならず、その責任の重さは相当なものです。

また、今なら「なぜ都市開発は儲け主義なのか!」とした主張にも少しは反論ができそうです。それは、大規模なプロジェクトでは、利益をある程度以上出すことが見込めないと大規模な資金調達ができないからです。文化的・感性的な側面だけで、稼ぐ算段が乏しいプロジェクトに数千億円の資金を集めることは至難の業です。金融機関は資金を提供することでリスクを負うのですが、デザイナーや文化人はリスクを追っていません。それぞれの立場の違いを理解・尊重した上での批判でなければ、世の中を動かすことはできません

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②:理論と感性の配分から読み解くチャンス

事業規模や関係者の種類や数等の増加によって、理論の求められる割合が増加するという考えの背景を記しました。その仮説が正しいとすると、大規模以上の建築において感性を重視するためには、その事業の構造自体(関係者や資金の出し手等)を変えない限りは、感性を重視し理論的でない提案は実現性がありません。しかし、理論と感性の配分の境界付近、通常の開発よりも少しずつ感性を乗せていくような取り組みは、実現性の高い提案になりうると考えています。実際、デベロッパーやゼネコン・組織設計事務所の取り組みの多くはそのフィールドであり、既に多く実現されています。デザイナーの立場として、もっと感性を重視するべきと主張するならば、今後議論するべきは、規模の違いに応じた感性の乗せ方の種類や、感性を乗せるための理論(事業成果への貢献など)の模索かと考えています。

また、個人的にはチャンスが大きいのはM(中規模)の建築だと感じてます。

この規模の建築、安普請のアパートや代り映えしない商業テナントビル、乱立する高層マンション等は、現状としては正に数字(理論)だけで設計されたような建築が多いグループだと感じています。他方、LやXLの建築と比べると関係者数は小さくなり、まだ感性的な意思決定をしやすい構造のはずです。下図は僕の感覚をベースに記しているのですが、M(中規模)の建築では、本来はまだまだ感性を取り込める余地がありながら、理論に寄りすぎており、ギャップがある状態なのではないか?という仮説を抱いています。数値だけで作られたような建物は飽和状態であり、相場の賃料を超えることは困難ですので、感性を取り込むことで事業成果・収益に結びつくことを示すことができれば、そのデザイナーにはチャンスが訪れそうです。

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③:自分や自社のポジションを検討

最後の考察です。僕は、下図のように建築や規模に応じて感性と理論の配分が変わってくるという仮説を抱いているのですが、そこから、「自分や自社にとって、どの規模が最も強みを発揮することができるのか?」とポジションを検討することも可能であると考えています。

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僕自身、最大は延床面積が約300,000㎡から最小は20㎡の店舗改修までの経験があるのですが、上記の分類で言うところのM(中規模)あたりが最も強みを発揮できると経験的に感じています。感性だけの勝負では勝てず、理論だけの勝負でも勝てず、、という消去法的な情けない事情もあるのですが、感覚的にデザインやニーズを提案し、それを理論的に事業企画にまとめて実現していくことに楽しさを感じるのです。

また、会社の成長に応じて必要な人材が変わることもこの図から説明ができそうです。扱う規模が増えるにつれて、会社自体もより理論にも対応できるよう成長していく必要が出てきます。

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感性・センスだけでは実際に世の中を動かしていくことは難しく、理論・ロジックだけでは新しいビジネスや空間・体験の価値を作り出していくことは難しい。感性を重視するクリエイター、理論を重視する各分野のプロフェッショナル、さらに個人個人でも感性と理論の割合は異なります。そうした感性と理論の割合の違いに対して、互いに見下し合うのでなく、各々の信じるものを尊重し合い、互いに高め合う関係を目指していきたいですね

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