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鈴蘭符、街をゆく②

想像してみてほしい。

あなたは今スタバでゆったりコーヒーを飲みながら優雅なひと時を過ごしている。仕事の事も他の雑多な悩みも遥か彼方。コーヒーに、そしておしゃな店の雰囲気にあなたは酔っている。

その時、あなたは店のドアが開く音がしたので、そんな酔い心地のまま何の気はなしにドアの方に目を向ける。
すると、そこにはハンチングを被り芋柄の蝶ネクタイをつけた蛙が神妙な面持ちで立っているのだ。

それを見たあなたは、「なんだ、蛙か」と思うか、えっ、と言葉を失うか。それともあまりの衝撃にコーヒーを吹き出すか。
さて、あなたはどれだろう。

話を戻そう。
周囲の人心に、そんなさざ波が立っているとは露知らず、鈴蘭符は神妙な面持ちのまま、慣れた感じで席を確保すると、まずはカウンターを一瞥した
「いない、いない、いない、いない・・・」
目を凝らして、もう一度確認してみる。
「いない、いない、いない、いない・・・」
誰がいないのか?
それは、鈴蘭符の推し(?)店員マツダさんのことだった。

なんだ、推し店員って。つまるところ蛙の恋煩いか。つまらん。
いやいやいやいやいやいや、待ちたまえ、君。『恋』と『推し』は全く違うのだよ。
何が違うのかって?では、どう違うのか、徹底的に説明してあげようではないか。
まずはだな、そもそも推しというのはだね、君。

・・ちょっと君、聞いているのかね!なんだその態度は。興味がない、違いがわからないって?だから、もう一度説明するとだね、え?何?結局一緒だろうって? だからだね、・・ちょっと君、まずはそのAirpodsを外したまえ。そもそも聞く気がないではないか!なんだその態度は!キーッ、バカにしおって!てやんでえ、とっとと表へ出やがれ!!


・・・ゴホンッ。失礼、時を戻そう。
何も鈴蘭符はマツダさんに会うためだけに、スタバに来たわけではない。

そもそも鈴蘭符は職業柄、流行には敏感であるべしの考えのもと、常にアンテナを張っており、もちろんスタバも知ってはいた。知ってはいたが、悲しいかな、鈴蘭符が住んでいるこの街にはずっとスタバがなく、想像の中でコーヒーをすするしかなかったのである。
それが何のきまぐれか、去年商店街の外れにスタバがオープンすることになったのだ。
もちろん自称流行ウォッチャー(新しい物好き)の鈴蘭符、オープン初日は開店前から近所のジジババと一緒に並んだことは言うまでもない。
そして開店と同時に店に一歩足を踏み入れたその日から鈴蘭符はスタバの虜になったのだった。
その日から、鈴蘭符は自身を虜にしたスタバに敬意を表し、店に来るときは正装することにしているだ。

いやはや、鈴蘭符とスタバの馴れ初めが長くなってしまったが、彼の今日の目当ては今日から始まった新メニュー「あずきイチゴ抹茶黒豆フラペチーノ」だ。
マツダさんがいないとわかった鈴蘭符は気を取り直して、新メニューを頼むべく、カウンターに向かおうとした。その時、

「あら、先生じゃないですか」

どこかで聞いた声が背後から聞こえた。

それはマネージャーの古代羅 加里だった。

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