見出し画像

映画「君の名は。」と日本酒に関する一考察

3年前の記録に少し書き足してnoteに放り出します。改めて読み返してみたら、「君の名は。」の名を借りたただの日本酒コラムでした。

宮水と日本酒

2016年12月、連休を使って神戸に行ってきました。道中で訪れたのは、日本酒の三大聖地の一つ「宮水」の発祥の地です。残り2箇所は京都の松尾大社(日本酒の神様を祭祀)、奈良の正暦寺(日本酒発祥の地)。後者にはまだ行ったことがないんだよなあというか、そもそもこの三大聖地はぼくの勝手な定義です。でも何となくそんな感じです。

「宮水」は兵庫県西宮市近郊で得られる良質のお水のことで、灘五郷が江戸時代に日本酒で栄えた理由の1つとされています。六甲山の伏流でミネラル価が高まり、鉄分が少なく、硬度の高い水が育まれます。灘のお酒が辛口って言われるのはこの硬水仕込みによる面が強いとのこと。とは言っても欧州と比べれば圧倒的軟水です。ゲロルシュタイナーがダイヤモンドだとすればヴィッテルは鉄、宮水なんて豆腐です。それは言い過ぎです。

話変わって日本酒のルーツは縄文時代にまで遡り、巫女が口の中で噛んだお米を容器に入れて保存、発酵させた「口噛み酒」が原型です。酔っ払った姿が神様と交信している状態だと思われたのか、お酒は聖なる飲み物でした。西欧で赤ワインがキリストの血だと崇められてるのと似てます。

余談ですが、古今東西お酒を発展させたのは、禁欲的に断酒をしては自らその掟を破った聖職者・僧尼たちです。リキュールのルーツが教会の薬草酒なのもそれです。酔っ払いの聖なるクズたちに敬意を払わねばなりません。

君の名は酒税法

ようやく本題。この神戸旅行に先立つこと1か月前、「君の名は。」の映画を観ました。ヒロインの名前は「宮水」三葉で、彼女は巫女として口噛み酒を作る。これを観た瞬間「おっ」と思ったわけですが、三葉が妹の四葉に向かって「酒税法違反!」と口にする場面もあったので、もはや勝手に日本酒ファンだと断定しました。映画は一度しか観てないので、この他にも日本酒を彷彿とさせるシーン・台詞はあったかもしれません。

酒税法上、日本酒には「米、米麹、水を原料とし、濾したもの」という定義があります。なので、濾していない口噛み酒を日本酒として売るとするのはNG。しかも後述のとおりそもそも日本では自家醸造が禁止されているので、三葉の発言は正しいわけです。

酒税法といえば、当時話題になった第3のビールと発泡酒の税率改定も同法によるもので、税制によって国の酒造業界が翻弄される良い例です。税対策は強いインセンティブとして働くので、第3のビールの開発等を奨励したというプラスの側面もあり、一概には評価できません。今年の10月にもまた酒税法が改正されるみたいです。

ここでまた余談。先日、酒税法の税率を巡るサッポロビールと国税庁の争いが最高裁に上告されました。「サッポロ 極ZERO」は果たして第3のビールなのかどうなのか。ここまできたらもう和解せず判決までいってほしい。

純米を巡る議論

海外に目をやると、フランスにはワインの酒造法(AOC)があり、ドイツには中世から続くビール純粋令(Reinheitsgebot)があります。どちらも、国酒として守るべき文化を法令で規律している代表例です。この点、日本には酒税法という法律しかなく、お酒が税制の一環としてしか捉えられていないようで、少し寂しい気がするのは否めません。

アルコール添加した日本酒は多く出回っていますが、これらは全て海外でリキュール扱いです。お米と水だけで作った日本酒を「純米酒」と呼びますが、これ以外はすべてリキュール扱いとされてしまい、ワインと比べて格が落ちてしまうのは残念です。添加されるアルコールの原料はサトウキビが主流で、日本酒がお米の酒だと思われている以上、仕方ない気もします。

一方良い話もあって、近年増える日本酒の海外輸出を受けて、輸出向け限定ですが、国内酒造免許の新規発行が認められるよう酒税法の改正が見込まれています。日本酒の輸出が増え、世界中でファンが増えるのは嬉しいです。

この状況は、150年ほど前、当時のパリ万国博覧会を機に海外で浮世絵が評価されるようになったこと(ジャポニズム)を受け、日本国内で浮世絵の価値を見直す機運が起きたのと重なって見えます。海外の評価を待たずに、もっともっと国内でのプレゼンスが高まっていくと良いなと思います。ぼくは一介の飲み手であり、既に国内でそういう取組みを進めている人たちを傍から応援しているだけですが、ひそかにそんなことを思っていたりします。

なお、ここまで書いておきながら別にぼくは純米原理主義者ではなく、本醸造酒や普通酒も楽しみます。最近は敢えて美味しい普通酒を作ろうという蔵元もいますし、飲み手としては何よりその心意気も含めて楽しむことができます。

グローバル市場でワインなどと戦うには純米という要素が不可欠かもしれませんが、最近は日本酒を他の飲み物で割って飲むカクテルスタイルも流行っています。美味しいものを美味しく飲めたらそれでいいのではという気持ちが正直なところです。

日本酒と幸福追求権

日本酒関連の法律与太話をもう1つすると、日本では自家醸造が法律で禁止されています。酒造免許が無いとお酒は作れない、すなわち密造になってしまいます。

これは明治時代に酒税が重要な国家歳入源であったことから、税金の取りっぱぐれを避けるために国が作った法律と言われてますが、それがまだ残ってるんだそうです。日露戦争の直前、20世紀初頭は国家歳入の40%程度を酒税が占めていたというのだから、全国各地で連日日本酒祭りだったとしか思えません。

ちなみに法令解釈通達で「個人で楽しむ分なら仕方ねえな許してやるよ」とされているので、庭の梅を焼酎に漬けて梅酒を作るのはセーフ。でもそれをお隣さんにあげるのはグレーゾーン。知人に売ったりしたら問答無用の違反だそうです。ぼくの実家は、庭の梅を漬けた梅酒を家庭内でささやかに楽しんでいるだけなので、国税庁からお咎めは食らわないはずです。

海外では見られないこの「自家醸造の禁止」に対しては、過去に異議を申し立てた果敢な先人がいます。憲法13条の幸福追求権を盾に国税庁と争った通称「どぶろく裁判」。いやいや幸福追求権てマジかよと。日本酒愛がとどまるところを知らない。気になる方はぜひ下記の判例をご覧になってみてください。判旨だけ抜粋しておきます。

酒税法の右各規定は、自己消費を目的とする酒類製造であっても、これを放任するときは酒税収入の減少など酒税の徴収確保に支障を生じる事態が予想されるところから、国の重要な財政収入である酒税の徴収を確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとしたものであり、これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるとはいえず、憲法31条、13条に違反するものでない

以上のとおり「君の名は。」の話はほとんどしてないわけですが、もう一度映画を観たら新たな発見があるかも…と思いつつ、今回はこの辺で。聖地巡礼ではないですが、岐阜県の飛騨古川の街はいつか訪れてみたいと思っています。

この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?