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✩ 文学夜話 ✩ 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』から学ぶ小説技法


今夜は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』についてお話ししたいと思います(著作権切れしているので青空文庫などで無料で読めます)。

この小説では、主人公ジョバンニが現実世界(日常)から幻想的な世界(銀河鉄道の旅)へ入っていくのですが、その過程がスムーズで、あまり不自然さを感じさせないところがあります(人によって感じ方が違うと思いますが、私はそう感じました)。

それは大事なことだと思うんですね。読者はフィクションだと分かって読んでいても、いかにも嘘っぽい感じで書かれているよりはリアリティーのある方が世界観に入りやすくなり、楽しめると思います(その過程をあえて端折る「転生系」の物語を否定するわけではありません。それはそれで別のメリットがあります)。私は書き手としてその理由が気になりました。

ですからこの記事では『銀河鉄道の夜』の中で描かれている現実世界から幻想世界への移行になぜ違和感がないのかを考察してみます(ネタバレはありません)。私の観察では三つの理由があるのですが、まず一つ目から説明しましょう。


理由1.幻想世界に入る前に、それに似た現実世界の風景を描写している。

私が思った一つ目の理由は、主人公が銀河鉄道の旅に出る前の日常生活の中で、銀河の話が何度も登場することです。例えば、物語は次の文から始まります。

「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか」先生は、黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。(中略)「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。(中略)」

このように、学校の先生が天の川について教える場面から物語は始まります。そしてその後、幻想世界に入る前に、また天体の話が出ます。

 ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯や木の枝で、すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って、星のようにゆっくり循ったり、また向こう側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中にまるい黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。
 ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。
 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが、その日と時間に合わせて盤をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになっており、やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になって、その下の方ではかすかに爆発して湯げでもあげているように見えるのでした。

引用が長くなるので省略しますが、その後もまた天体の描写があります。そして、現実の夜空が描写される中でそれと入れ替わるにように幻想の夜空の描写が増え、気が付けば主人公が銀河鉄道の列車に乗っていたという流れになります。

このように、幻想世界に入る前に現実世界の銀河を随所に描写しておくことで、幻想世界の銀河の描写が突拍子もないという印象を回避しているのではないかと思います。

では次に、二つ目の理由です。

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