【掌編小説】彼女の選んだ未来
1.未来が見える人
アメリカ合衆国初の女性大統領になったアリサ・マックウェルは、幼い頃から未来が見えていた。
日本人の母とアメリカ人の父のもとに生まれ、ボストンで育ったアリサは、よくフリーズしたように立ち止まって、ブラウンの瞳でどこか遠くをじっと見つめる少女だった。
親も周りの人たちも、彼女がなぜそうするのか不思議だったが、アリサは自分の予知力について誰にも話さなかった。親に打ち明けようとしたことはあったが、話そうとした途端、知らない大人たちの施設に監禁される未来が浮かんだから止めた。
しかし未来が見えるといっても、大体は二年先、遠くて三年先までだった。未来が予め全部決まっているわけでもなかった。
彼女がある選択をして行動に移し始めると、それによって開かれる未来の様子が彼女の視覚の中で鮮明に浮かび上がり、それを止め、別の選択をすると、それまでの未来のイメージが薄まり、入れ替わるように、別の未来の様子が鮮明に浮かび上がるという感じであった。
それに、テストの問題文のような細かいことは見えず、浮かぶのは、もっと大まかなイメージだけ。だから、良い成績を取りたければ、他の人達と同じく、やはりちゃんと勉強しなければならない。
だがそれにも関わらず、アリサの予知力は、彼女を圧倒的に有利にした。
世の中、多大な努力が徒労に終わるのはよくあることだが、彼女は無駄な努力を回避し、最良の結果につながる選択ができたからである。
例えば、ある勉強法を試し始めたら、受験で落ちる映像が目の前に浮かんだ。そこで別の勉強法を試すと、受かる様子が浮かび上がる。だから彼女は自分にとって最良の勉強法を前々から選ぶことができた。人付き合いに関しても同じで、彼女は自分にプラスになる人、悪い結果をもたらす人を事前に見分けられた。
そのおかげで、アリサはとんとん拍子に成功の階段を上ることになる。
まず名門大学に入っては、トップのロースクールに進学し、弁護士になると、社会的弱者を救済する人権派弁護士として巨大企業を相手に何度も勝訴し、世間を賑わせた。庶民の味方というイメージで知名度を上げていくと、三十五歳で政治の道へ転身、選挙で圧勝し、下院議員となる。そこで、同じく下院議員だったチャールズと意気投合し、結婚。二人の息子をもうけ、子育てをしながらも精力的に仕事をこなす。そして州知事選に立候補し、また当選。州知事として数年間手腕を発揮したのち、ついに大統領選挙で党の候補者として指名を受けるに至った。
2.最後の選択
アリサは選挙で勝利した。初の女性、かつ、東洋人ハーフの米大統領誕生に、世界中が沸いた。
だが、喜びも束の間。
ホワイトハウスに入ったアリサは、突然見え始めた三年後の未来に驚愕した。
軍事的に対立しているあの国との争いが、両国の過激派のせいで徐々にエスカレートし、全世界を巻き込んだ核戦争に至る未来が見えたのだった。人類の約九割が死亡する未来だった。
アリサはどうにかそれを回避しようと、前政権から引き継いだ対外政策を方向転換したり、利権を譲歩したり、自国の過激派を抑え込んだりと、あらゆることを試した。しかし、何をやっても、やはり人類の九割が消える未来しか見えない。
手立てがないまま時間が過ぎ、敵国との関係はみるみるうちに悪化していった。
そしてついに状況は、取り返しのつかない直前の段階まで来ていた。
明日になればもう、手遅れになる。
絶望したアリサは、はじめて大統領を辞任することを考えた。今まで頑張ってきたけど、自分が辞めれば、事態が収まるのではないか、という考えが頭をよぎった。
その時だった。
鮮明に見えていた絶望的な未来が、それはまだ必ず起きるといえる鮮明さではあったが、ほんの少しだけ薄くなったのに彼女は気づいた。
もしかしたら、私がいなくなれば、戦争を回避できるんじゃないだろうか?
アリサはそう思いつき、大統領執務室に駆け込んで、デスクに隠してある拳銃を取り出し、弾薬を装填して、銃口を額に当ててみた。
戦争の起きない未来が見えた。
自分が突然命を絶った後、政府と国民は大パニックに陥るが、そのためアメリカは対外戦争を起こせる態勢ではなくなる。敵国の方も、その状況を見て対策を立て直すうちに冷静になっていく様子が見て取れた。
彼女は瞬時に、自分の運命と選ぶべき道を理解した。
・・・私は自分の望み通りに未来を変えて来たけど、もしかしたらそれは、避けがたい戦争を回避させるために神様が私に授けた能力なのかもしれない。私じゃなかったら、こういう選択をする大統領なんていないだろうから・・・
目からポロっと、涙がこぼれた。
そして二人の息子、夫、両親、友人たち、仕事仲間たちの顔が思い浮かんだ。世界中の子供たちの笑顔も思い浮かんだ。
皆を守らなくちゃ。人々の幸せを、未来を守らなくちゃ。そのためなら、私が犠牲になるしかない。リーダーなんだから。
彼女は、溢れ出る涙を片手で拭いた。
皆、ごめんね、理由の説明も残せなくて。もう時間がないの。
きっと無責任な大統領だったと歴史に残るね。
でもみんな愛してる。すごく愛してる・・・
アリサはそう呟くと、震える手を必死に抑えながら、銃の角度を定めた。
そして深く息を吸うと、最後の力を振り絞り、引き金を引いた。
<完>
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