映画系譜にある映画
『漁港口の映画館 シネマポスト』では先日10日の金曜日迄、濱口竜介監督最新作『悪は存在しない』を上映しました。これまでの最多動員記録を更新し、多くのお客様にご鑑賞いただきました。
まずは心より感謝申し上げます。
改めて作品の訴求力を解析するに、様々な理由が幾つも挙がりますが、私はこの点のみに注目したいと思います。
原初的な方法論で世界観を構築していることです。
・森・自然を題材に置きながらもドローンを使っていない。
・寓話的側面を垣間見せるにCGを使っていない。
・テレビで知られる有名俳優を使っていない。
カメラは三脚、据え置きのフィックス(留め画)を中心に一部手持ちとドリー(手押し撮影機材)による移動ショットのみです。
そしてバーチャル映像も西島秀俊も出ることなく、印象深い奥行きのある映画を作り上げています。
過去作『ハッピーアワー』がそうした趣きでロカルノ国際映画祭でグランプリを受賞しているキャリアも、本作品への反映と考えます。
本作品を商業映画と見るならば、大手配給会社がパートナーになる事を従来指すものであり、加えて製作委員会方式の採用を指すとしたならば、それも該当していません。
所謂、濱口監督の名前だけでこの映画は訴求力を生み出しているのです。ゆえに意味深なタイトルとメインヴィジュアルが期待感を生み出すことにも成功しています。結果、大きな資本をかけずに十分商業映画として大手の映画会社が製作する作品よりも遥かに質の高い作品が出来上がっているのです。
但し映画にはトーンというものがあります。このトーンの好みの差は観る人によって評価の違いはあるかもしれません。
ここで考えたいのは、例えば1950年代の映画黄金期についてです。多分にスター主義によるプログラムピクチャーが一つの宣伝効果になっているとは言え、メディアミックスを促すテレビが一般化する以前の時代の良さである、純粋に作品で勝負する姿勢が素晴らしかったと思うのです。
勿論ドローンもCGもありません。
濱口監督はその当時に製作された映画が70年近く経っても今だに人の心を揺さぶるのは何故かを追求している映画作家と言えます。
そこにリスペクトやオマージュを堪えず感じながら映画製作に向き合っている稀有な存在と私は認識しています。
安易な選択をせず、作品に応じて適材適所で考えることを基礎とし、自分の知らない所でパッケージ感てんこ盛りにされることは好まない、プロデュース能力にも優れた映画監督であることは間違いないと思います。
心の機微といった普遍性は映像機材やコンピューターから必ずしも生まれるものではなく、脚本とカメラとキャストとそれらを包み込むロケーションについて拘り抜く意思、それはとりも直さず1950年代と同じスタイルで何らやれなくないことへの証明であったと感じるのです。
大手映画会社、配給会社はこの事をぜひ敏感に捉えていただきたいと願います。
『悪は存在しない』
シネマポストが5月3日と4日の全国ミニシアター一斉公開の一つに加えていただいた事は本年、最も嬉しい出来事の一つに数えられると考えます。既に感慨深いものがあります。
【漁港口の映画館 シネマポスト 次回上映作品(5.18〜5.24迄)のご紹介】
『水平線』
(2023年製作/119分/G/日本)
監督・小林且弥
出演:ピエール瀧
栗林藍希 足立智充 内田慈 押田岳
円井わん 高橋良輔 清水優 遊屋慎太郎 大方斐紗子 渡辺哲
配給:マジックアワー
主演のピエール瀧と『凶悪』で共演した小林且弥監督が、再びタッグを組んだ社会派ヒューマンドラマ。
散骨業を営む男性が、殺人犯の散骨依頼をきっかけに、震災で亡くなった妻をめぐって語らずにいた本音を打ち明ける。
すれ違う親子の思い、彼をとりまく周囲、様々な感情は何処に向かうのか…
どうぞお楽しみに!
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