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「幸運の女神には前髪しかない」
という例えがあるように、チャンスと気付いた時には既に遅しと、それが世の常です。
平生往生、日頃からの修練や姿勢が来たるべき奇跡を落ち着いて受け容れられる自分自身で有るか否かなのだと思います。
その意味では、経験を踏めるには縁が織り成す選択があり、是か非か判断は当人次第です。

ここまでは様々な理論書で伝えられた普遍的な考え方として、その先を少し考察してみます。

「ストーリー」
これが描けるかに鍵があると私は考えます。例えば3年後或いは5年後、さらには10年後の自分の理想像から逆算して今は下積みの基礎を作る時期、時間なのだと、辛さも何も自分を磨くために必要な事だから、技術を身につけるまで…こうした気持ちを維持していくことで、いつしか様々な人的な交流が生まれ広がり、自分の未来への資産に知らず識らずになっていくものです。

ほぼ私の実体験をお伝えしていますが、最近目にする現代的処世術の殆どは、まず鬱にならない為の工夫という、‘社会は精神的に抑圧を強いる場所だから、故に自分の体を守るにはどうしたらいいか’という、あまりにも消極的な思想に基づく、ある意味で引きこもりのススメのような論調に溢れている事に憂いを覚えざるを得ません。

ある教育評論家はこう言いました。
‘今の子どもに夢を語ってはいけない、夢をもたせるような幻想が却って子どもたちにプレッシャーを与え、現実とのギャップに苦しむことになる。昭和の時代とは違うのだ’

こうした現状をどのように考えるべきでしょうか。
社会という生活への営みに関する適応能力の有るか無しかのみで、人の価値決定が為される構造、その仕組みを知る必要があります。

「努力は必ず報われる」
私はこのテーゼが刷り込まれたあらゆる媒体、場面で使われてきた教育の視点の見直しが問われるのではないかと感じています。
実用的にくだくと、‘いい点数を取れば千円のご褒美をあげる’これが人工的なモチベーションの設定に加え、努力は報われないといけないとする即物的な思想を生み出してきた、これまでのかなり汎用性の高い教育メソッドだったのではないかと、思える節があります。

つまり現在、機能しなくなったメソッドの代替案が、実は‘人並みの生活の送り方のマニュアル共有’なのかもしれないと、ますます収縮していく人間社会が予見される方向性が示唆されていると感じます。

私は以下に思います。

「努力は必ずしも目に見える形で報われるものではなく、努力をした行為が尊く、人格形成のスキルに昇華する」
敢えて、要領を得た努力の仕方を私は推奨するつもりはありません。
目に見える形とはタイミングや運命的な要素も無視できないと思うからです。

ある経営者の‘モチベーションと言っている間は本気ではない’という言葉があります。

本気で人が事を為すとき、凡そ努力というより信念が支えとなります。この信念を自分の中にどのように培い、醸成することができるのかそれが肝要です。
信念に辿り着くためには、個人の興味の深堀作業、多くの人との出会いからの触発、さらに理想の自分像といった、何かしらのロマンティシズム無しに行動はできないのではないでしょうか。

世の中に私は夢を語れる大人がやはり多くいて欲しいと思います。

映画『リング・ワンダリング』尾道公開開始。
初日監督舞台挨拶、応援に駆けつけました。
5/7から2週間に渡って上映となります。
会場外での金子雅和監督による
パンフレット購入の方へのサイン風景。
また伺いたくなるシネマ尾道です。

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