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今、あなたは…或るプロ野球選手烈伝

ノンフィクション作家の海老沢泰久氏による1992年文藝春秋刊の『ヴェテラン』という著作を読了したのですが、1970年代後半から90年代にかけて活躍したプロ野球スター選手の中でも個性が際立つ6名を取り上げ、彼らの悲喜こもごもを描いたドキュメントになります。

彼らの全盛時は私自身が凡そ10代時分でしたので、当時の空気感を思い出させてくれる要素もあり、実際昨今の動画配信メディアにおけるプロスポーツ選手の新旧問わずの思い出交歓を視聴する機会も重なり、この本はある種の答え合わせの感もありました。

この本に登場する御本人たちは、現在概ね還暦を越えて、笑って当時を回顧されていますが『ヴェテラン』における記述はまだ現役最中のレポートでもあり、非常にシリアスな点で読み手としてはギャップを楽しむことができます。

海老沢氏の文体の特徴として、対象選手に寄り添いながらも彼らの心情を肯定する立場に居るスタンスは取らず、客観的指摘な捉え方、ときに厳しい視点も存在させている手法が面白く感じます。

例えば、西本聖。
巨人では最高のパフォーマンスに注力する余り、選手間の付き合いを拒み、己にストイックに向き合う姿勢が厳格過ぎるが故にひたすら孤独の道を選択せざるを得ない、性格という不器用さがまさに結果を生み出す執念に繋がるのだと解説。
いつからか西本聖は巨人の和を乱すと判断され、そうしたストイックさが災いして、中日ドラゴンズにトレードへ。移籍1年目に西本は20勝を上げて投手部門の賞をその年総ナメにします。
規律や格式に煩い巨人式で育った西本が自由と人情を感じる中日球団の雰囲気が新鮮かつ、自分のスタイルを受け止めてもらえる喜びがあったとのコメントがある一方で、対称的なのはその中日にいた中心選手の平野謙です。
苦労して獲得した一軍定着から不動のレギュラーとなり、実績を重なるにつれ、知らず識らずのうちに慢心とプライドの塊に。ターニングポイントはプロ入り10年目に監督一年目の星野監督との不和から自身も調子を崩し、翌年西武ライオンズにトレードに出されてしまいます。
西武では中日時代の個々の自由を尊重した練習スタイルや要領で済ませていたやり方は通用せず、勝つためのチームとしての、ベテランも関係なくひたすら厳しいメニューをこなしていかなければ、置いて行かれるという常勝チームの在り方を目の当たりにして、自分を変える事ができたとありました。結果、平野謙は常勝西武野球には欠かせないレギュラーで居続けられることに成功しました。

つまり、人間性とは何かを考えさせられるケースに私は感じるのです。
環境が人を作り、ある形に出来上がると生き残りをかけて新しいスタイルを自分の中に組み込んでいくことで幅を広げて、特性をさらに活かしていく智慧と言って言いと思います。
よく云われる20代、30代、40代、50代の生き方のイメージを若い頃に考える事ができるかということではないでしょうか。花を咲かせる為の雌伏の時期…その耐える時期を経る事を、合理的に時間の無駄と捉えるか必要な時間と捉えるか。
まさに本人の考え方一つです。

現在の年齢がいくつかで感覚も異なるとは思われますが、
「今、あなたは幸せですか」
この答えが自分自身だと私は解釈しています。

『ヴェテラン』海老沢泰久

帯に記載された6名の選手の名前を
見るだけでも興味惹かれる
プロ野球ファンは少なくないと思います。

よく‘取り返しのつかない’こと…という事案の多くは時間が押し流してくれるケースが殆どではないかと…
その意味で作品で描かれる高橋慶彦。
いつかカープに復帰してもらいたいと思わずにはおれなくなりました。



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