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『Steel Blues』

鋼のブルース


トリニティ・ベルウッズ公園の木々が葉を落として黄色や茶色のカーペットを作る季節。年末の足音を聞きつけて、周囲の店頭には鮮やかな菓子類が並び、色とりどりの花が飾られている。ガラス越しでも甘い匂いが伝わってくるようだ。浮足立った街の様子を見るうちに、私はいつのまにか頭の中で家族や友人のために用意するクリスマスプレゼントを数え始めていた。

主人公は大きな赤い袋を抱え、寒空の下を歩く。しかし、袋の中身はプレゼントではない。製鉄所内のオフィスに着くと、書類を携えた職員がいくつか形式的な質問をする。主人公が妻と子供は故郷のチリに残っていると答えると、職員はしばらく別室に行ってスーツを着た男性と話し込んだ後、書類上では未婚にしておく、とそっけなく伝える。そう言えば、彼の家族が存在しなくなるかのように。主人公が赤い袋から取り出した作業靴と手袋は即座に却下され、代わりを手渡される。それだけで、主人公に工場での労働経験がないことは明らかだ。

1975年に制作された映画『Steel Blues』は冒頭から労働の冷淡さを見せつける。新しい職場であるモントリオールの製鉄所へとやってきたチリ人男性が限られた英語を使い、右も左も分からない工場内で勤務に励む。鉄を扱う手元や、辺りを見渡す視線には落ち着きがない。休憩時間には一人でサンドイッチを食べ、使い方を知らない自販機のコーヒーを飲もうとする。隣にいた労働者の手助けでなんとかコーヒーは飲むことができたが、フランス語を話す彼が何を言っているのかは分からない。映画は細かな描写を積み重ねては孤独を描き出していく。赤いチェック柄の服を着ている他の労働者と違い、職場で借りた青い服を着ていることもまた、主人公の疎外感を一目瞭然なものにしている要素だ。

監督のJorge Fajardo(ホルヘ・ファハルド)は1944年、チリに生まれた。土木工学を学びながら1970年には最初の短編映画を発表。チリのクーデター後、カナダに移住して映画撮影を続けた。1975年、チリ出身の映画監督によるアンソロジー作品『Il n’y a pas d’oubli』に参加。『Steel Blues』はその一部として制作された。また、現存するファハルドの作品の中で一般公開されている唯一の作品でもある。

製鉄所の騒音が響く中、次々と運ばれてくる鉄のように、労働者の苦しみにも終わりはない。カナダにおいて労働とは予想しない変化や妥協、家族との離別を伴う。幸運にも家族と共に移民することができた私自身でさえも、主人公が抱える孤独感は理解できた。このクリスマス気分に酔いしれる街中に同じ苦しみを経験した人々がどれだけ歩いているのだろう。甘い落葉に包まれた公園に立ってみれば、きっと誰かのブルースが聴こえてくる。


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