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『Nalujuk Night』

夜を駆ける仮面


日本の祖父母の家で過ごした幼少時代、家での娯楽といえば映画を見たり、庭で草花を摘んだりと静かなものが多かったが、季節の行事があるときだけは一転して賑やかだった。特に騒がしかったのは節分で、祖父はいつも昼間から窓を全開にして、細身の体からは想像もつかない大声で咆えながら豆を撒いた。おそらく町中に聞こえていただろう。彼はイワシの頭を下げた戸口からヒョイと顔を出しては、まじめにやらないと鬼がくる、もうそこまで来ているぞ、と私や近所の子供たちを脅したものだった。

2022年度のIndigenous Advocate Awardを始め、数々の名誉に輝いてきた写真家Jennie Williams(ジェニー・ウィリアムズ)は、故郷のラブラドール地方にて、イヌイット族の生活文化を記録することに努めている。地元の教育機関を通してイヌイットの伝統文化を学んだ後、25歳のときに初めて専用のカメラを購入、以来ラブラドール地方独自の暮らしに目を向けてきた。
特に『Nalujuk Night』と題されたシリーズ、イヌクティトゥット語で「我々の美しい土地」という意味を持つ自治体ヌナツィアブトで撮影された作品群は、古くから伝わる伝統行事を捉えたテーマだけでなく、コントラストの利いた映像美で見る者を惹きつけた。そして国立映画庁の協力を得て映画化した『Nalujuk Night』は、雪と夜の美しさを閉じ込めたような白黒映像と、幻想的な伝統音楽に圧倒される作品となっている。

「Nalujuk Night」とはヌナツィアブトに伝わる新年の行事。毎年1月6日になると凍った海からやってくるNalujukは、毛皮と、アザラシの皮で作られた仮面を身につけている。それらは家々に上がり込み、子供たちが歌を歌ってきかせてあげることを条件に、プレゼントを置いていく。住人からは想像の産物としてではなく実在する存在として扱われているのだという。確かに映画の中で、歌を交えながら歓迎されている様子は、まさにサンタクロースのようだ。しかし、その実態は心温まるものではない。夜も更けた頃、大きな武器を担いだ本当のNalujukが現れ、子供たちを追いかけ回しては悪いことをした者を叩いていくのだ。雪の上を全力疾走する姿には大人でも震え上がる気迫があり、どこか不気味な仮面のせいもあって、日本でいう「なまはげ」に似ていると思った。

ウィリアムズ自身、親から子へとNalujukの伝統を伝えていくことは「効果的」なのだと語る。恐ろしいものは、子供たちが一年を通して良い人間であろうとするモチベーションになるのだと。日々の美しさを凝縮した彼女の作品は、どんな世界にも次世代を導き守る存在がいること、そして町中に睨みを効かせる者の有難さを、私に思い出させてくれる。

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