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途中下車、サイレントヒル

ユニオン駅からナイアガラ方面に2時間弱。まだ午前中とはいえ、辿り着いたブラントフォード駅は突き刺すような陽射しに焼かれていた。さっきまで観光客で溢れていた電車内から一転、駅構内はしんと静まり返っている。

それとも、私だけ別の世界に降り立ってしまったのだろうか。何しろ、この町には恐怖に満ちた裏世界への入り口が存在するのだから。

2005年、大規模な開発を間近に控えたブラントフォードの中心街は映画『サイレントヒル』のロケ地として使用された。ゴシック風デザインの建物や狭い路地といった外観は、映画の基となった同名ゲームシリーズの恐ろしくも美しい雰囲気を再現するためにぴったりの場所だった。

シリーズに共通するテーマは「記憶」の探索。主人公達は表と裏に分かれた二つの世界を行き来しながら、失くした記憶を探す。その記憶は裏世界において廃墟や怪物といった姿で具現化され、真実を見つけるまで主人公とプレイヤーを苦しめ続ける。

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立派な時計が目印の市役所を通り過ぎて、Colborne Streetへと向かう。現在ではすっかり開発が進んでいたものの、通りには確かに映画でも見た光景が残っていた。残っていたというよりは、町の記憶が映像を蘇らせたといった方が正しいだろうか。背の高い街頭、無人となった店先、人のいない道路。新しい建物が建ち並んでいるのにも関わらず、どこか寂れた空気を感じた。

今ではもうホラー映画の中でしか見ることのできない古い町並みが、ガラス張りの建物の下で微かに息をしているように思えて、物悲しい気分にさえなってくる。きっとトロントでも議論される開発の問題点――湖が見えなくなるほど乱立するコンドミニアムや、簡単な歴史を記した銘版だけ残して解体される建造物のことを考えてしまうからだろう。

大きな噴水のある集合住宅に行くと、ようやく人の声がした。住民が集まるカフェに入り、コーヒーとサンドイッチを注文する。家族で経営しているらしく、端正な少年が食べ物を席まで運んできてくれた。ふと自分も子供の頃は夏休みになると親の仕事場まで手伝いに通ったことを思い出し、時代を超えて変わらないものがあることに少し安心した。のんびりと流れる時間と、美味しい食べ物は私を映画から現実へと連れ戻してくれる。

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映画では使用されていないが、周囲には州の保護下にある史跡Victoria Park Squareが広がっており、ヴィクトリアン様式の教会や銀行を見学することもできた。また、高低差のある土地は見晴らしが良く、整然とした公共図書館のある高台に立ってみると、心地良い涼風が耳元を通り抜けていく。

夏の間は、GOが販売する一日パスを活用すれば10ドル程でトロントとブラントフォード間を往来できる。人気の観光名所を巡るのが夏の醍醐味だが、その途中で小さな記憶を増やしてみるのも面白いものだ。

全ての映画はいつか忘れ去ってしまうものの断片でできている。けれど一度忘れたものならば、また思い出せることもあるかもしれない。ブラントフォードの町に潜む歴史が映画を通して私のもとに届いたように、どの町にも思い出す価値のある記憶がひっそりと息衝いている。


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