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あなたを忘れない

誕生日を迎えるたび、思い出す患者さんがいる。
今年、私はついに彼女の年齢を超えた。

Kさんに初めて会った時、彼女は胃がんの化学療法中だった。
抗がん剤治療は外来で行うことが多くなっているので、若い患者さんはめったに入院してこないのだが、主治医の方針で彼女はいつも入院して治療を受けていた。抗がん剤の効きがいまひとつだったり、副作用が出たりして、薬剤の変更を重ねてきて数年、だんだんと打つ手がなくなってきていた。

Kさんは、50代の独身女性。20代の看護師が多い中、私とは年齢も近い方だったのでなんとなく気が合った。がんの進行は緩やかで、薬の副作用も強くはなかったが、何しろ胃がんなので食欲はあまりないし、入院も長くなれば楽しみもあまりない。変わり映えのない毎日。治療効果もぱっとしない。入退院を繰り返し、1ヶ月も入院していると話しのネタに困ってくる。

体調も気分もスッキリしないKさんに、上っ面だけ励ましても見透かされそうな気がするので、若手の看護師はKさんのところに行くのが気が重かったようだ。おまけに、Kさんには身寄りが少なかった。両親が若くして亡くなり、たったひとりの弟さんは東京にいた。お見舞いに来る人も少ない。

あの夏は、猛暑で病棟の空調が効かず、Kさんはとてもしんどそうだった。何ヶ月も前から緩和ケアチームが介入していて、いつでも快適な緩和ケア病棟に移れる準備はできていたけれど、Kさんはなかなか行こうとしなかった。倦怠感が強かったのだろう。スマホをいじったり読書したりする気力もなく、Kさんはただじっと天井を見つめていた。

緩和ケア病棟に移るということは、もうがんの治療をしないということになる。痛みや倦怠感などの苦痛を和らげ、残された日々をその人らしく過ごしていただくことが主体となる。若い患者さんにとっては、諦めきれないものがあっただろう。

日々の重苦しい空気の中、私がKさんのベッドに行くと、
彼女は「あら、うれしい。あなたの顔を見ると便が出るのよ」と言って喜んでいた。便秘に悩む患者さんの間で、私が受け持ちになると便が出るというジンクスが生まれていたらしい。そんな些細なことでも患者さんの笑顔が見れて、私もまたうれしかった。

爆笑したことも何度かある。
点滴の針を固定するテープでかぶれたり、テープが汗で剥がれてしまったりする患者さんがよくいる。Kさんもテープがすぐ剥がれてくるので、困っていた。
ある日、私がおもむろに「テープが剥がれなくなる方法を試します」と言うと、
Kさん「え?どうやって?」びっくりしたように言う。
わたし「こうやって」
と言ってKさんの鎖骨下に貼られたテープを手のひらで数秒間押さえた。
「え?それだけ?」Kさん爆笑。
私は、真面目にテープののりを体温で溶かして密着させる方法を行っただけなのだが、Kさんはどんなすごいテクニックが出てくるのか?と期待して、拍子抜けしたんだと思う。
私は別に冗談を言ったわけではないのだが、そんな他愛のないことでも、腹を抱えて笑っているKさんをみて私も嬉しくなった。

ある日、いつものようにエアコンが効かない暑苦しい病室に行くと、
Kさんは、
「私にも、結婚の約束をした人がいたのよ。」
と、ぽつりと言った。
「でも、私にがんが見つかって、別れたの。あれから一度も会ってない。でも、いい人生だったと思う。悔いはない。」
そんな話をベッドサイドでしてくれた。

患者さんの精神面を支え、療養生活を支援するために、患者さんが自分の病気や現在の状況をどのように受け止めているのか知ることも看護師の仕事の一つだ。Kさんのがんの治療はもうできない。残された時間は限られている。そういう状況で、本人の思いを聞くことはなかなか難しい。
私はKさんに、
「あなたの人生はどうでしたか?」
などとはとても聞けなかった。
彼女はそれを見透かしたように、自分から話してくれたのだ。

彼女は、ペットのうさぎを我が子のようにかわいがっていた。
「うさぎの世話はいとこに頼んだの。」
Kさんはいつのまにか準備を整えていた。

それから、程なくしてKさんは緩和ケア病棟に移っていった。
私はKさんの車椅子を押して、クーラーの効いた真新しい病室へ行き、申し送りををした。

荷物を運び終え、静まり返った個室で私と二人きりになると、Kさんはポツリと、
「私ね、今だから言うけど、緩和ケア看護師のSさん、苦手なのよねー」
と暴露した。
「えーーーーーー!」
そして、爆笑。
そうだったのか・・・
S看護師は緩和ケアの専門看護師で、信頼のおける人だけど、まあ、言ってることはわかるよ(苦笑)。Kさんの最後の日々を最善のものにするために、いつもKさんの真意を聞こうとして遠回しに探りを入れていたからな。

やっぱり、見抜かれてたか。最後の最後まで、笑わせてくれた。

Kさんが亡くなったのは、そのわずか2日後だった。

もっと早く快適な緩和ケア病棟に移れば良かったのに・・・
と思ったけれど、Kさんは暑苦しくて騒がしい大部屋で「生」を感じていたかったんだろうとも思う。

「人は死んだら無になる」と、科学的な私は信じているけれど、亡くなった人は他の人の心のなかにずっと生き続けている。
現に、私はKさんとのエピソードを思い出すことができる。私がKさんとの思い出を懐かしく振り返っている時、彼女はまるで私の一部であるかのようだ。

人間総有機体説とでもいうのだろうか。
本当はすべての人間は繋がっていて、時間も空間も超えた一つの大きな存在なのではないか。
だから、この世には生も死も存在しない。
なんだかそんな気がするのだ。

Kさんに言えなかったことがある。

私はあなたのこと、ずっと覚えているから。
あなたの存在は永遠だから、どうか安心して旅立って欲しい。

また、身近な人との別れが近づいている。
めそめそしてしまう私のすぐそばにKさんがいるような気がする。
Kさん、来てくれてありがとう。


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