【超短編小説07】素数のプラネタリウム
僕はいま、プラネタリウムにいる。暗闇のなかで背もたれが少し傾いた椅子に座って、頭上の天球を眺めている。
天球に見えているのは星ではない。
数字だ。
北極点の位置に 1 があり、そこから螺旋状に 2 3 4 5 6 7 … と外側に向かって広がっている。
たくさんの自然数だ。
自然数は微かな光を放ち、まさに無数の星々のように天球全体に広がっている。
いくつまで続いているのだろう。自然数は無限にあるけれど、プラネタリウムはもちろん有限な大きさを持つから、最後の自然数はどこかにあるはずだ。でもおそらく、それを見つけることに意味はない。とにかくたくさんの自然数が天球に輝いている。
忽然とすべての自然数の光が消えた。
天球には自然数たちの残像がぼんやりと見える。そして、だんだんとその残像が薄れていく。残像がほとんど消えかけたそのとき、いくつかの自然数が、さっきよりも強く、そして青く輝いた。
2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 …
素数だ!
それら素数の輝きは、北極点付近では密度が高く、外側に向かっていくほど密度が低くなっているようだ。でも、素数の並びに規則性を見つけることはできない。外側の方でも密集しているところがある。僕はなにも考えずにただ素数の輝きを眺める。
すると、すべての素数が消えた。
さっきと同じように、ぼんやりとした残像が徐々に消えていく。そして残像がほとんど消えかけたそのとき、いくつかの自然数が強く、こんどはオレンジ色に輝いた。さっきの素数よりも数が少ない。
3 5 7 11 13 17 19 29 31 41 43 59 61 …
双子素数だ!
[3 5][5 7][11 13]…[59 61]…
隣り合った奇数がともに素数であるとき、その素数の組を「双子素数」と呼ぶ。
かつて、幾多の数学者が素数に魅せられた。ユークリッド、ガウス、オイラー、フェルマー…
僕はいま、プラネタリウムで素数を見つめている。だんだんと天球全体の闇が薄れ、白くなってきた。素数が見えなくなっていく。どうして?もっと素数が見たいのに…
◇◆◇◆◇◆◇
僕は目を覚ます。
素数の本を読んでいたら、いつしか眠ってしまったようだ。素数のプラネタリウム。本当に存在したら素敵だろうな。
窓の外にはオレンジ色の夕闇が見える。あと1時間もすれば、すっかり暗くなり、星々が見えてくるだろう。
今夜はいくつの素数が見えるかな。
(完)
■参考文献
講談社ブルーバックス
『素数が奏でる物語』
西来路文朗・清水健一
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