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【自己肯定感日記】制限やブロックを感じるということ。〜HSPは「反応」では?

先日から自己肯定感ってどうやったら高まるのか、いろいろ試してみて、とにかくささいなことでも自分を褒める日記を書いてみました。
すると、好転反応的に、制限やブロックを感じることが微増。でもそれは、許可しやすいものはどんどん許可を出していい、という気持ちになったからで、逆に許可しづらいものには「これはちょっと…」と引っかかるようになったのかなって。拒否反応のあるものが浮かび上がるというか。。

たとえば、
・お酒を飲むことにあまりお金を使いたくない→昔酔っ払って失敗した&それなら貯金したい→でも、いまを楽しむことも大切?→ここで、葛藤が起きて「ブロック」「制限」になる。

・汗をあまりかきたくないが、代謝が悪く、太る→以前、脱水症状による命の危険の恐れがあった。結果、汗腺があまり開かない→でもブロックがいきすぎている?汗腺を開けてもいいかも?→ここで葛藤が起きていて、制限しているのでは?

ブロックは自分のために禁止して、制限になってたのか…!と気づきがあったし、制限を外したい、やってみたい気持ちと拮抗すると、葛藤するんだな、と気づきました。

自分の可能性を広げるために、制限を外してみるのも良いかもと。そのあとで行き過ぎていたら、また変えてみる。こうやって、自分なりの中庸やバランス感覚がついていくのでは、と思いました。

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最近よく目にするHSPの記事も、自分はその要素に当てはまりつつも、そういう性格だったかな?と違和感を感じるように。たしかに過敏で繊細なところがあるけど、外部刺激に対して、HSP的な反応をしてるというだけかも、と…。
そう思ったのは、過敏な状態をやめて、いろんなことをバランスよく受け取りたい、と、ゴール設定を徐々に意識し始めたからかもしれない。
自然と、HSPにとって大切と言われている「境界線を引く」ということも、後述のように考察するようになった。

ブロックができたもう一つの理由に、社会にいる「困ったちゃん」や、漫画などに出てくる困った人を見て、普通ならば毅然と「自分とあの人は違う」と線引きできるところを、自身が自己肯定感が低く、他者の目が気になるところから、羞恥心が湧いて、「あの子のようにならないようにしよう」とか、自身が注意されてからそうならないようにしよう、周りに迷惑をかけたくない、というのもあったと思う。
でも、うまく境界線が引けない。なぜなら、「困ったちゃん」になりたくない、が、出発であり、ゴールだから…。これも、他人軸なんだなと。

「困ったちゃん」が、なぜ困った人かというと、「気づけない」子なんじゃないかな、と。今まで気づけないから、大人になっても行動が同じ人。
困った人のだいたいは「自分が自分を好きではないが、他人には好かれたいから(他人に期待し、承認欲求を求めてくる)」では?

それを逆に極度に敏感にした状態がHSP。
「自分は困ったちゃんになりたくない。周りに嫌われたくない(→でも好かれる好かれないは他人軸)」

それは、「他人に好かれたい/嫌われたくない」という意味では、困ったちゃんと過剰反応は紙一重なんだ、と。他人の反応に期待する、という意味では、似ていると。。その経験が重なったり深くなると、極度な恐れになり、過剰反応となる。自信がないと、彼らと線引きできなくなる。

でもどうして困ったちゃんになりたくないか、本来の素直な気持ちを探っていくと、答えはおそらく、「自分が自分を好きでいたいから」。「自分や仲間を好きでいたいから」。
自己肯定感が上がって、自分でそうゴールを決めて、私とは課題が変わったんだ、と思えたら、自然とそういう人たちと、線を引けることに気づき、気にならなくなりました。今は「私に気づかせてくれた人」なんだな、と思います。

もう少し考察していきたいと思います。
すてきな一日を。


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