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RIIZE「Impossible」のMVを読み解いて、謎のAI生成映像を解読する

ここ1年ほどの間にデビューしたKPOPボーイズグループの中でも高い注目を浴びているRIIZE。彼らのボーカルやダンスのクオリティの高さは誰もが認めるところだろう。

そんな彼らは優秀なパフォーマーである一方で、プロデューサー気質はそれほどないように見える。アイドルなんだからそれはそうだろうと思うかもしれないが、KPOPアイドルは自分で曲を書いたりプロデュースに積極的に関わったりすることも少なくないのである意味これも一つの特徴だ。

そして、RIIZEは洗練されたコンセプトのもと、既存のKPOPの手法に留まらない新しい表現の可能性を提示してきたグループでもある。近年のアメリカのR&BやUSポップスではなく古典的なファンク要素を取り入れつつ現代らしい音に仕上げた「Get A Guitar」やゼロ年代の韓国ドラマの挿入歌「応急室」をサンプリングしつつオールドスクールなヒップホップと融合させた「Love119」、アメリカから打って変わってリスボンを背景に踊るハウスミュージック「Impossible」など、音楽、ダンス、映像どれをとっても目新しく充実した作品を発表している。

だが、優秀なプロデュース陣も時々乱心することがある。例えば、新曲「Impossible」のMVが公開された翌週にこんな映像が上がっていた。

見ての通り、生成AIを使ったバージョンの同曲のMVだ。クオリティは良いとも悪いともいえない微妙なもので、映像として破綻しかけているところも多い。しかし、AIを使ったことがある人ならわかるだろうが、今のレベルではこの映像を出力するのはそれなりの技術が必要だ。例えば、作中で踊っている人の振り付けは本人たちのパフォーマンスと同じものになっている。MVに使ったダンス映像を学習させたのだろうが、AIに振り付けの部分だけ学習してもらって背景はプロンプトの指示通りに出してほしいというのはおそらく一筋縄ではいかない。カット編集も多いので、かなり大量の短い映像を出力させて選別しているのだろう。2,3単語指示するだけで3分の動画が完成形で出てくる、とはいかないのだ。

だが、そのことはあまり重要ではない。なぜなら、RIIZEはあくまでアイドルだからだ。本人たちの顔もビジュアルもパフォーマンス技術も関係のない映像にファンは喜ぶのだろうか?コメント欄を見てみよう。

I love riize but wtf is this(RIIZEは大好きだけど、これは何?)

진짜 올해본거중에 제일 당황스러움(今年見た中で本当に一番困惑した)

이런거에돈낭비하지말아주새요(こんなことにお金を無駄にしないでください)

it's not too late to delete this(今からでも消すのは遅くない)

'Impossible' AI Generated Visualizer コメント欄より抜粋

ひどい言われようである。肯定的なコメントはゼロではないが、圧倒的に少数派だ。AIがクリエイターやアーティストの雇用を脅かすことへの懸念について述べたものも多い。再生回数でみてもMVは既に2100万を超えているのに、この映像は17万にとどまっている。

しかし、よく考えてみてほしい。H.O.T.やS.E.S.の時代からプロデュースをやってきた老舗であり、近年もNCT、aespaといった人気グループを輩出している韓国音楽産業最大手のSM Entertainmentがファンの需要を理解していないことがありえるだろうか?これまでのRIIZEのコンテンツの洗練度合いから考えても、たとえ今いい評価を得られなくとも表現する価値がある、とプロデュース陣が考えたからこの映像を制作したと考えるほうがおそらく妥当だ。

では、どのように読み解いていけばよいのだろうか。その答えには、「Impossible」をはじめとする楽曲群のコンセプトを考えることでたどり着くことができる。

「Impossible」とその周辺コンテンツは、90年代後半から2000年代の文化を参照して作られている。音楽面についていえば、「Impossible」自体は90年代のハウスミュージックがベースになっている。ハイハットの刻み方にどこかUK Garage/2 Step感もあるが、それも90年代の流行だ。「One Kiss」は打って変わって嵐のような雰囲気を感じさせる。作曲者の一人であるSimon Janlovは日本の楽曲にも関わっていて、嵐の「Tresure of life」やSixTone「セピア」などジャニーズの制作にも参加している。「9 Days」はOne Directionに似ているという指摘があり、実際作曲に参加しているAugust Rigは「Gotta Be You」の制作に関わっている。個人的にはこの類似性について疑問もあるが、確かにボーカルのミックスやハモり方は似ていなくもない。

ファッションの面でも、以前のアメリカンなストリートらしさとも制服っぽさとも異なる新たなスタイルになっている。これまではジャケットにしてもシャツにしてもオーバーサイズのものを着ていることがほとんどだったが、Impossibleでは露出が多く肌に貼り付くような薄くて小さいTシャツやタンクトップを着用している。ウォンビンの金髪やワイルドな男らしさを引き出すメイクを含め、どこかギャル男らしさを感じさせる。

様々な要素がひとつの時代感を共有していることが見えてきたところで、今回のAI映像が出た理由に関わってくるキーワードを提示したい。それは、「Gen X Soft Club」というスタイルだ。

「Gen X Soft Club」は、都市やコンピュータのような近未来的なイメージと結びついた様式だ。最近流行りのY2Kから派生したものなので、共通するところも多い。ファッションやビジュアルデザインの文脈で使われることが多いが、MVやジャケットを通して音楽との関連も深い。日本語はおろか英語でもあまりまとまった解説が存在しないので詳しい情報を得るのは難しいが、参考になりそうな動画とサイトをひとつずつ挙げておく。(これらをじっくり見なくても、関係する部分は後に説明するので問題はない)

そして、RIIZEがこれを参照しているのではないか、ということはカムバ時のコンセプト写真が出た時点で一部のファンによって指摘されていた。

ここからは、実際にMVを観ていこう。

映像の中で出てくる場所は「地下鉄」「廃墟」「屋外(街中と海)」の3つに分けられる。

「屋外」の部分については、アイドルとして映えるという意味合いが大きいだろう。残りの場所が屋内なので、明るい画があったほうが映像としてメリハリが出る、ということだ。メンバーがBMXに乗っているシーンや階段でダンスをするシーンは、これまで取り入れてきたオールドスクールなヒップホップとストリートで発展したカルチャーという点で共通しており、一貫したRIIZEらしさになっている。

「廃墟」は、レイヴカルチャーからの引用である。もともとは音楽をかけて踊る場所といえばナイトクラブやディスコであったが、80年代後半頃から若者達が倉庫や廃墟、郊外の広い土地などを利用して自分たちでレイヴと呼ばれるパーティーを開くようになった。運営が商業目的でないDIYなイベントで、内部ではドラッグが蔓延しているような非常にアンダーグラウンドな文化である。音楽的にも、アシッドハウスやテクノと結びつきが強く、Impossibleと共通している。MV終盤のエキストラに囲まれてメンバーが踊るシーンは、まさにこれをイメージしたものだろう。レイヴカルチャーの発祥はイギリスなので、撮影地もアメリカのLAからヨーロッパのリスボンへ場所を移したのだと考えられる。

そして最も印象的な舞台、「地下鉄」は「Gen X Soft Club」でよく用いられるモチーフだ。

YouTubeで「Gen X Soft Club」と検索すると、このスタイルの映像をまとめたプレイリストがヒットする。

プレイリストに入っている映像では、地下鉄やガラス張りのビル、橋のような巨大な構造物、コンクリート打ちっぱなしの建物、車の光が残像になった街が舞台になっていることが多い。例えばデンマークの音楽グループAquaの「Turn Back Time」のMVは全編が地下鉄施設で撮影されている。

そして、これらの映像は青みがかった加工を施されている。「Impossible」のMVでは全体としてオレンジを基調としているが、暖かみを感じる演出にはなっておらず、駅の構造物の無機質さを残している。また、車両の色やサビ前のガラスの前で踊るシーンはまさに青がメインになっている。

この色味と飾り気のない風景が合わさると無機質で無菌的な、人間の息遣いが感じられない冷たい都市にみえるが、それは寂しいものとしてではなく、むしろ近未来的なものとして概ね肯定的に描かれる。このことから、テクノロジーがもたらす未来に対する楽観主義的な態度が根幹にあることを見て取れる。

90年代後半から2000年代はデジタル技術が生活に浸透し始めた時代だ。Windows95の発売により家庭へのパソコンの普及が進み、音楽メディアはレコードからCDへ転換。DVDが登場するのもこの時期である。また、急速なグローバル化の進展とインターネットの利用拡大により国境を超えた物理的・電子的な移動が発達したことで、通信や飛行機、物流インフラの重要性が大きくなってきた。要するに、現代のデジタル化とグローバル化という潮流が目に見えて進んできた時期なのだ。それらに対する期待感が「Gen X Soft Club」には反映されている。

では、「Impossible」においてコンピュータやデジタル技術の要素はどのように表現されているのだろうか。

ウォンビンが電車に飛び込む直前の映像の乱れは、アナログでは起こらないデジタル的な処理によるものだ。もちろんミスではなく、意図してそのようなエフェクトをかけている。

また、このシーンでウォンビンはヘッドホンをつけている。「持ち運べる機器で音楽を聴く」ことの普及を加速させたのもまたデジタル技術だ。もちろんカセットテープを再生するウォークマンはそれ以前から存在したが、聴きたい曲だけ再生する、大量の曲を簡単に保存し管理するといった操作性の高さは音楽をデジタルデータで扱うようになったことで可能になり、後のiPod、スマートフォンを使った視聴へとつながっていく。

他にも駅の電光掲示板やオレンジ色に発光する文字と図形、シーンチェンジ時に使われるわざとらしいぼかしのエフェクトなど、いたるところに今となっては少し古臭い黎明期のデジタル技術の最先端をみることができる。

ここで話をAIに戻そう。今まで挙げた映像エフェクト、持ち運び可能な音楽再生機器、電光掲示板といった要素は当時の最先端であり、その後の社会の基盤としてなくてはならない存在となったデジタル技術の象徴である。そして、今その立ち位置にあるのはAIだ。きっと10年、20年と経ってから、AI黎明期の生成画像や映像をみて「あの頃はあの程度のクオリティが限界だったんだ」とか「あの時面白がって触っていたものがこんな形で生活を変えるとは」といった懐かしさを含む眼差しでこの2020年代を振り返るときがやってくるだろう。その頃には、インターネットが生活を支えながらもフェイクニュースや陰謀論、誹謗中傷の温床になったように、AIに依存した社会が巨大なメリットとデメリットの間で問題が噴出し、技術の目新しさに素朴に興奮できた時代の雰囲気を羨ましく思うようになっているかもしれない。そうなったときに、黎明期の生成AIを使った作品を検索したらこのMVが引っかかる。RIIZEは活動を続けて今よりもっと大きなグループになっており、「あのRIIZEがデビュー間もない時期にこんなに挑戦的な表現をしていたなんて!」とまた一つ評価が上がる。私にはプロデューサー陣がそういう野心を持っているように思えてならない。

そして、90年代から2000年代をテクノロジーの側面から捉えるということは、今までKPOPがやっていそうでやっていなかったことだ。例えばNewJeansもまたこの時期の再解釈を高いクオリティで行ったが、こちらは「Y2K」的なポップで華やかな色彩感や、日本のギャル文化、原宿系的な派手さのほうにフォーカスを当てている。ケータイ的な要素も登場はするが、それを用いて発展した文化が引用されているといったほうがいいだろう。これに対し、「Gen X Soft Club」は「Y2K」からの派生であるという点では共通しているものの、注目しているのはミニマルさや機能性といった反対の要素である。

この差を生み出している要因としてはRIIZEが男性グループであること無関係ではないと思われる。全く本質的ではないのだが、一般にファッションやメイクといったおしゃれやかわいいものは女性に、テクノロジーは男性に結び付けられやすく、参照元のカルチャーの時代はよりそれが自明だった。当時のカルチャーを引用して何かを作ろうと思った時、男性グループはビビッドな色使いの華やかさよりも都会的な洗練された姿のほうがわかりやすく映えやすいという事情は少なからず影響するだろう。

今のところ、男性グループの有名どころでで当時のリバイバルを本格的に取り組んでいるところはおそらくない。そのため、他の男性グループと差別化をはかりつつ、これまで女性グループが取り組んできたのとは違う形で90年代~2000年代の再評価を行い、目新しいがどこか親しみのあるコンセプトを提示することができているのだ。

まとめると、「Impossible」のAI生成映像は何の脈絡もなく公開されたのではなく、一連のカムバのコンセプトに合致した形で制作されている。それは、90年代から2000年代のカルチャーの中でもテクノロジーがもたらす未来への期待感が根底にあり、都会的な洗練されたミニマルさに注目した「Gen X Soft Club」的な世界観に基づいている。当時最先端だった未熟な情報技術は20年後の現在において社会になくてはならない存在になっており、私たちに懐かしさを感じさせるが、AI技術が発展したのちにこのMVを観て現在を振り返る時、この綺麗だが破綻した映像を同様に懐かしく思うのだと考えると、このAI生成映像は将来のリバイバルを予測して先出しした未来へ向けたコンテンツとして考えることができる。また、オリジナリティという面でいえば、KPOPにおいて男性グループがまだあまり取り組んでいないリバイバルに取り組むことで差別化をはかりつつ、女性グループがこれまで取り組んできた「Y2K」再評価とは別の視点を取り出すことで、最新のKPOPの流行に乗りながら独自性を出すという見事なバランス感覚を発揮しているのだ。

今回私が提示した解釈はすべて創作物から読み取ったもので、公式から説明があったものではない。だから、プロデュース陣は別の意図を持っていたり、そんなことは全く考えていないということもあり得る。だが、要素を分解してみていったことで、プロデューサーたちが近いことを考えていてもおかしくないと思ってもらえたのではないだろうか。このような読み解きの面白さに気づいたら、ぜひとも「推しのコンテンツはわたしが誰よりも理解してやるんだ」という気概をもって全力で解釈してみてほしい。そうすれば、一段と作品から受け取ることができる情報量が増える。そして、アイドル達の背後に見え隠れするプロデューサー達のエゴや情熱も愛せるようになるだろう。

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