ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
期末を迎えたサラリーマンともなると、連日夜遅くまで仕事をすることもあるのである。で、そんな時に限って、慌てて駅に走ったのに終電に乗り遅れたりするのである。へろへろになって、べろべろに混じって、タクシー待ちの列に並ぶのである。やれやれ。
その夜、タクシーに乗ってすぐ、運転手がテキトーに走り始めているのに気がついた。僕は「目黒通りから山手通りを入って、田道の交差点までお願いします。」と告げたのだが、運転手さんは、山手通りは知っているのでルートの確定申告もせず走り始めたらしい。
「お客さん、あの、目黒通りですよね。」
「はい、目黒通りに行ってください。」
「その、目黒通りがちょっと…。」
えーっ。しかし、目黒通りを知らないって、プロのタクシードライバーとしてアリなのか? 目黒通りとは、大阪で言えば淀川通り、名古屋で言えば、博多で言えばの、メジャーな通りではないのか。
日付変更線をとっくに越えて、もう深夜の一時を過ぎてるのに。仕事疲れに上塗りするかの様に、残業模様の虚無感がじわじわ広がった。
「僕が運転しましょうか?」
もはや皮肉でもなんでもなく、まっすぐに正直な気持ちを伝えた。
「それはちょっと(笑)」
ウケた。ウケたぞ、運転手さんに。
というか、あんた笑う余裕あるのか、目黒通りも知らないのに。目黒通りを知らないでよく東京のタクシーやってるな、もう。
しかし、目黒通りをどうやって説明しようか。桜田通りにつながっていて…、いいや目黒通りを知らないのに桜田通りを知るはずがないか。思えば、246や1号線や20号の様に数字がついてるわけでもないな。う~ん。
「そうだ、目黒駅に行ってください。そこに目黒通りがあります。」
俺、あったまイイ~。
「ああ、目黒駅ですね。はいはい。」
ふぅ。タクシーはすいすいと走り始めた。運転手は得意気に運転している。なんかこっちの説明がまどろっこしかったみたいなリアクションだな。それにキミ、これ第一京浜だから。遠回りだから。まあもういいです、寝たいです。
すると、信号でもたもたしている前のクルマにクラクションを鳴らすではないか。オマエ、目黒通りは知らないのに、前の車を急かすのか。そんなことはするのか。
運転手のたるんだ横顔をじっと見てると、無性に哀しくなってきた。
彼が目黒通りを知らないことが悪いのではない。
彼がオッサンであることが悪いのだ。
もしも運転手が若い男性ドライバーだったとしたら、タクシー運転手は成り立てが大変だな、東京の道を全部覚えるなんて可能なのかな、と少しは思いやったに違いない。もしも妙齢の女性ドライバーだったなら、むしろ目黒通りを知らないことを話の種に会話を膨らませたに違いない。横に座ってナビしましょうか、いや、これはセクハラですね、失敬。くらいは言えただろう。もしも運転手がおばさんドライバーだったとしても、権之助坂って江戸時代に権之助さんが作ったけど、それが幕府に咎められて死刑になったという話もあるんですよ、と少ないトリビアも披露しただろう。
オッサンだから、すべてが悪い方向に向かうのだ。
オッサンって、なんて哀しい生き物なのだ。
オッサン…。
誰かに見られたような気がしてドキッとしたら、窓ガラスに映った自分だった。
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この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。
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