【北欧旅行記】バルト三国の最北・雪の降りしきるエストニアに上陸
こんにちは。
ドイツ・ミュンヘンに留学中の大学生、桜です。
北欧旅行記最終章、エストニア・タリン編です。
前回までの記事はこちらから↓
バルト海を縦断
今回三度目のフェリー移動はフィンランド→エストニアのバルト海縦断ルート。
船尾ではためくのは青・黒・白のトリコロール。
このスタイリッシュな三色旗、青は空や海、湖など美しい自然環境を、黒はエストニア人の精神的な強さをや誇りを、白は希望や誠実さ、そして冬の氷雪を表しているそう。
バルト海を見るのはこの旅で三度目。
ヘルシンキからエストニアの首都タリンまでは、案外近くて驚きました。
広大な北欧と言えど、大都市はすべて海沿いに発展するので移動は思ったよりずいぶん楽でした。
2時間ほどであっという間に到着。
南に行くにつれだんだん雨が激しくなっていたのですが、
陸に上がると急に雪に変わり、タリンの町は猛吹雪…
町の中心へと歩いていくと、タリン市内を見下ろすことのできる聖オラフ教会が見えました。
これは書くか本当に悩んだのですが、
教会の近くの日本食料理店で食べたラーメンが独特な味で、少なくとも私にはすごく不味かった。。
お店の名前は忘れましたが、
日本人がやっていない日本食料理店には警戒しないといけないと思いなおしました(笑)
タリン旧市街をまちあるき
市内中心部へ。
ヴィル門
タリンを訪れたら絶対に見逃せないスポットの一つ、ヴィル門。
タリンの中心部である旧市街は城壁で守られていて、この中に入る重要な通行路となっているのが、14世紀に完成したこの門です。
門をくぐると一気に、中世を思わせる雰囲気の旧市街が。
奥の塔へ向かいます。
市庁舎
こちらが、13世紀から15世紀にかけて建造された市庁舎。
バルト三国の商業の中心だった、中世のタリンの繁栄を表すこの建物は、尖塔アーチが特徴的なゴシック様式。
実はタリン、13世紀~16世紀にかけて北ヨーロッパの商業都市リューベックやハンブルクなどによって結成されたハンザ同盟にも参加していた、商業の発展が顕著な都市。
第一次大戦以降独立したエストニアですが、そこに至るまで
デンマーク→ドイツ騎士団→スウェーデン→ロシア
と、支配国が目まぐるしく変わる激動の歴史を歩んでいます。
だからなのか、街のそこらじゅうでタリン国旗の主張が激しいように思いました。
旧市街が見渡せる展望台へ向かいます。
アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
途中で見つけたのは、ドームや尖塔がモスクワを思わせるロシア正教会の大聖堂、アレクサンドル・ネフスキー大聖堂。
その名の通り、ロシア皇帝アレクサンドル・ネフスキーに捧げられました。
コフトウッツァ展望台
さらに歩いて到着したのが、コフトウッツァ展望台。
手前のほうには赤い屋根が特徴的なタリン旧市街が、奥のほうには高いビルが立ち並ぶ市内中心部が見えました。
ウミネコがいたのですが、この距離で写真を撮っても何ら動じない様子。
観光客慣れしてますね(笑)
近くのコンビニにの入り口横には牧が大量に積まれていて、
北国に来たのを感じます。
最高のシュニッツェル
今晩のご飯はとある飲み屋に。
「Viru Lokaal」という名前のお店は、夕方から観光客で繁盛していました。
私たちは今回ビールとシュニッツェルをいただくことに。
これがもう美味しくて美味しくて・・・
シュニッツェルの本場南ドイツのミュンヘンで食べたどのシュニッツェルよりうまかった!
夜の旧市街はライトアップされてとてもきれい。
翌朝。
なんと向かうのは、、、
昨日のレストラン。
シュニッツェルが美味しすぎて、朝から食べに来てしまいました…
朝から空いているのもポイント高。
皆さんもタリンを訪れた際はぜひ行ってみてください。
ついにドイツへ
旅も終盤、心身ともに疲労がたまっていて、今日はこのまま空港へ向かいます。
エストニア→ドイツはシェンゲン協定内の移動なのでパスポートチェックや出国審査はなし。
タリンの小さな空港でフライトを待ちます。
今回はワルシャワ経由で帰りました。
雪で滑走路は大丈夫かなと心配していましたが、無事飛行機は
離陸。
ミュンヘンに帰ってくると、11月下旬の初雪を見ることができました。
長らく続いた北欧旅行記もここまで!
ご覧いただいてありがとうございました。
北欧の国々の有名なスポットから地元の飲食店、自然の綺麗な景色などたくさんを堪能できた旅でした。
昼が長い夏にもまた行きたいな、と思わされる魅力的な国々ばっかりで、すごく幸せな約一週間でした。
最後に、帰ってきた日に始まったミュンヘン空港のクリスマスマーケットの様子を載せておきます。
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