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広島県教育長の平川理恵さんに中2で留学した娘の子育てについて聞きました。

 広島県教育長の平川理恵さん(53)は、就任4年目。リクルートなどで勤めた後、公募に応じて横浜市の公立中学校長に転身し、広島県教育長になった経歴を持つとともに、18歳の一人娘を育てる母親でもあります。娘さんも、14歳で自らマレーシアへの留学に旅立ったアクティブ派。早くからの自立につながった平川さん流の子育てについて聞きました。(赤江裕紀)

中2で留学。その理由は

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 娘さんは中学2年のときにマレーシアに留学したそうですね。本人が留学に興味を持ったのは、英語ができたからですか。

 英語の勉強は特にしていなかったんです。当時は東京都内の公立小、公立中に通っていましたから。留学のきっかけは、中学校に入る前の春休み、私の友人がマレーシアにいたので親子で訪ねたことでした。
 娘は友人の息子さんが行っているマレーシアの学校を見て「ママ、ここがいい」と。マレーシアは国籍や宗教などが多様で、学校も自由な雰囲気なのがいいと思ったのでしょうか。でも、いいって言ったって、私はマレーシアに行けないし、「英語できないのに何言っているの」と思って、受け流していました。

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 ただ、本人は真面目だったらしくて。中学校に入って何の部活動をするか聞いたら「私は留学するから、放課後にアメリカの人がやっている英語の学校に通いたい。私はそこに行って勉強する」と言い出しました。そして、中1で英検準1級を取りました。行きたいっていう気持ちがあるから、勉強をできるのかもしれません。
 娘は「ママはお金だけ送ってくれたらいいから」と。中学2年の夏からマレーシアに留学することを決めました。知り合いの知り合いのお宅に、ホームステイをすることにしました。向こうで過ごしたのは、中学2年から高校1年まで。月に1回ほど私が現地を訪ねたり、娘が帰ってきたり。今は日本で勉強しています。

「子育て5カ条」。まずは意見を言える子に

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  親元を離れて留学、というある種の自立を促せたのはどうしてですか。もともと、どんな子になってほしかったのですか。


 自分で考えて自分で決めていく子でないと、と思っていました。頭の中で考えていたことを、娘が小学校に上がる前、保育園児の時に「子育て5カ条」としてまとめてみました。5項目のアクションプランは、小学校に入る時。パソコンのワードにまとめ、パソコンの中に置いていました。

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 5カ条の中には「自分の意見を人に分かりやすく言える子」「自立していて世の中に貢献できる子」とあります。そのために、どんな育て方をしたんですか。

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 赤ちゃんの頃から、常に「どう思う?」と、答えられなくても問いかけていました。言葉を話せるようになると、答えが返ってくるようになる。例えば、車を運転していて「ガソリンスタンドつぶれたね~」と言うと、「あっちのガソリンスタンドは、ブーンっていう車を洗う機械がないから面白くなかったんじゃない」なんて。子どもなりに理由を考えてくれるんです。
 お誕生日会も娘に企画してもらっていました。まず、テーマを決めてもらう。5歳の時は「ゴールデントライアングル」。家の前の公園で遊び、2階のベランダでプール、1階でたこ焼きとかき氷。公園で遊んで、プールして、たこ焼きとかき氷を食べるというトライアングル。お友達とぐるぐるやっている間に、家の中がびちょびちょになりましたけどね。タイムテーブルも娘が決めました。1時に集合、4時頃にケーキ、5時にお迎え。親が迎えに来られなかった子は「延長版」。「延長版には夕ご飯出します? 何人ですか?」なんて、娘に聞いて、やりとりしました。

 お母さんが聞くことで、娘さんが意見を言うことに慣れたんですね。

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 その代わり、いろんな意見を言いますよ。例えば、保育園に行く前に急いでいて「この服とこの服を着なさい」って言ったら、「こんなかわいくない服、私、嫌」と。「自分で選んで」って促すと、黄色とピンクでド派手な格好。服選びのあるあるですが、「もういいや」って自分で選んだ服を着せていました。
 学校で先生とぶつかることもありました。小学3年の頃、学校に「置き勉」をして怒られて。「決まっているからだめ」と言われても、なぜ教科書を置いて帰っちゃいけないのか、納得できなかったようです。帰りの学活に出ずにトイレに隠れ、黙って帰ってきちゃったんです。

平川さんマグカップ

平川教育長のマグカップには、理恵のR

 娘に「面倒だけど、みんな置き勉してないよ」って言っても、やっぱり「嫌だ」と。先生には「重いランドセル持っても、脚力はついても学力はつきません!」って言い放ったそうです。後で母親としては謝りましたが…。


子育て時間のつくり方

 5カ条には、自然界を五感で感じられる子とあります。一緒に体験する時間を大切にしたそうですね。

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 自然から学ぶ物が多いと、直感的に思っていました。私は子どもの時「危ないわよ」と言われても気にせず、落ちてから「危なかったんだ」と気付くタイプでした。乳幼児期は体験からじゃないと学べない。本で読んだり、人から聞いたりしたこととは違います。

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 でも、東京にいると、なかなか自然と触れ合えません。だから、山梨の自然体験施設に行って、たき火でマシュマロを焼いたり、星を見て観察したり、霜柱をざくざく踏んだりしました。
 私は実は一人で子育てしているので、パパがいないんです。パパがやってくれそうなことは、保育園の友達とみんなで遊びに行って、人のパパに「ちょっと肩車して」とかお願いしていました。

 そんなふうに子どもと一緒に過ごす時間をどうやって確保しましたか。娘さんの幼児期は会社の経営に携わり、休日は日曜日だけだったんですよね。


 仕事から帰ってきて、必ず夜寝る前の30分~1時間は、ごっこ遊びや読み聞かせの時間にしていました。例えば娘がコーヒー屋さんになりきって、「ギフトセットいかがですか」「配送もできますよ」なんて言う。
 寝る前には、いろいろな話をしました。娘が「(保育園の)なんとか君が嫌だー」と言うと、私も「ママも仕事でこんなことあって嫌だー」とか。お互い、嫌なことや楽しかったことを話しながら一緒に寝ていました。

  休日の過ごし方は。


 2週間に1回、2、3時間、フィリピン人のお手伝いさんを雇って、おふろやキッチン、洗面台などの水回りや床掃除をお願いしていました。その分を日曜日、娘の時間に充てました。当時はじいじ、ばあばと娘との4人暮らし。家の中、特に水回りが汚れているとけんかの原因になります。月1、2万円くらいかかりましたけど、娘のための必要経費です。

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 動物園などいろいろな所に出掛けました。東京はどこも混むので、いつも朝イチで行動します。上野動物園は年間パスポートを買っていて。お弁当を作って8時半に家を出ると、9時には着く。「何を見る?」と聞くと、娘は「ヘビ」とか「ゾウ」とか言う。それを今日の重点項目にしてゆっくり見る。入園料を1回ごとに払うと、ヘビだけじゃくてパンダもキリンも見ようとなって、くたくたになる。帰りも混みます。年間パスポートで何回も行った方が、効率的にゆったり楽しめるんです。

 フロー体験、何かに没入する体験を促したそうですね。


 何かにチャレンジしていると、時間を忘れることがありますね。こうした体験を多くしている子は自己肯定感が強いし、他のことでも没入できると本で読みました。
 東京では小2になると塾に行き始める子が多く、遊ぶ人がいなくなって暇になるんです。そこで行かせたのがアトリエ。「お絵かき上手になるんだよー」って勧めたら、「行く行く~」ってなって。絵を描いたり、粘土や工作したりでのめり込んで。長く続いたのは、小1から中1までの子どもミュージカル。友人と自転車で行ってくれるのでよかった。私も衣装作りを頑張りました。

娘が描いたママの涙

 子育て5カ条の一番目には「自己肯定感、幸福感のある子」と書いてあります。そんな子に育てるにはどうしたらいいでしょう。


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 まず親が、自分が幸せだと思うことですね。楽しみを見つけてやっていくことです。「楽しいね~アハハハ」と。
 でも正直、実は、私も初めはそんなふうに思えなくて。私は1人で子どもを育てています。「なんでこんなことになっちゃったのかしら」と思って、こう見えても、けっこう暗かった時期があるんです。
 娘が3歳の頃、じいじ、ばあば、ママを絵に描いてくれたときに、私だけ泣いているのがぐさっと来て。
「ママいつも泣いてるよ」って言われたんです。子どもの前では悲しい顔は見せてないつもりだったのに。日記にネガティブなことばっかり書いている場合じゃないなって。
 いま、コロナ禍で、経済的にも精神的にも大変な親ごさんは少なくないと思います。暗い気持ちになっているかもしれない。でも、子どもは親の鏡だと思うんです。

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 心配なデータがあります。日本財団が2019年に実施した18歳の意識調査では、「自分は責任がある社会の一員だと思う」「自分で国や社会を変えられると思う」などの数字が、諸外国に比べてやたら低い。なぜこうなるかというと、大人もそう思っているからです。
 今年の全国学力・学習状況調査の結果でも、「自分には良いところがある」「学校に行くのは楽しい」「夢や目標を持っている」と答えた割合が減っている。大人がコロナのことを心配だって言ったら、子どもは2倍も3倍も心配なんですよ。

 でも、親も大変です。どうしたらいいのでしょう。

平川さんネームプレート


 もしコロナで気持ちが暗くなっている親が、自己肯定感のある子を育てようと思ったら、自分が変わるしかないです。難しいし、時間もかかることだけど、決意することからではないでしょうか。考える癖を変えないといけない。そこからだと思います。私は本をすごく読みました。国内外の心理学や哲学など、本が支えてくれました。
 コロナはしょうがない。その中で楽しみを見つけるしかない。どこにも行けないから、うちは毎晩1時間、川沿いを歩いています。そうすると、よくしゃべるんですよ。毎日歩いていると、癖になっちゃって。日々の生活の中でできることが、きっと何かあるんじゃないでしょうか。