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ロシアのウクライナ侵攻 広島から考える

 2月24日に隣国ウクライナに侵攻したロシアに、世界中から強い非難が集まっています。核兵器の使用をちらつかせ、原発を砲撃の対象としたプーチン大統領に、被爆地広島でも、被爆者やウクライナ出身の人たちが抗議の声を上げています。中国新聞の記事を基に、ウクライナ侵攻を広島から考えました。(構成・高田果歩)

■ロシアのウクライナ侵攻とは

 ロシアは2月24日、「自衛目的」としてウクライナに侵攻しました。プーチン大統領は、米英主導の軍事同盟NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大などについて強く反発しており、今回の軍事作戦は「ウクライナの非軍事化が目的」としています。親欧米派のゼレンスキー政権を打倒し、親ロ政権樹立を狙っているとの見方もあります。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は、あくまで首都にとどまり、ロシア軍と戦い続けるとしています。


 ロシアは、これまでウクライナ政府軍とウクライナ国内の親ロシア派の紛争が続いていた東部地域だけでなく、首都キエフや第2の都市ハリコフなど全土に攻撃を繰り返しています。民間人を含めた犠牲者も後を絶ちません。プーチン大統領は核兵器使用の可能性に繰り返し言及しています。2月25日にチェルノブイリ原発を支配したと発表し、3月4日には欧州最大級のザポロジエ原発を砲撃し制圧しました。
 ロシアとウクライナは停戦交渉を続けていますが難航しています。

■原発砲撃に被爆者ら怒り「広島の惨状を再び起こしてたまるか」

 かつてウクライナを訪れた被爆者は、交流した市民を心配し心を痛めています。森下弘さん(91)=広島市佐伯区=は2004年、原爆被害などを伝える「広島世界平和ミッション」でハリコフなどを訪ねて大学生たちに被爆証言をしました。チェルノブイリ原発事故の被災者とは同じ「ヒバクシャ」として苦しみを分かち合いました。

ウクライナを訪問した際の写真を見ながら思いを語る森下弘さん

 恐怖にさらされる市民の現状を伝える報道に気をもみ続けています。「核は長期にわたり人体や経済に影響を与え、生活を狂わせる。広島の惨状を再び起こしてたまるか。もうやめてくれ」。柔和な顔に怒りをにじませ、一刻も早い停戦を求めています。
 李鍾根(イジョングン)さん(93)=広島市安佐南区=は、「計り知れない苦しみをもたらす被ばくの実態を分かっていない。私たち被爆者の長年の訴えが届いていないのか」と、怒りと悔しさがない交ぜになった心境を明かします。
 非政府組織(NGO)ピースボート(東京)の船旅で2012年に同国を訪れ、チェルノブイリ原発や周辺の立ち入り制限区域を視察。事故から26年を経ても住民の生活や健康を脅かす実態を目の当たりにしてきました。「なぜウクライナを苦しめるのか」と問い掛けています。
 原発が立地する地域では、反対する住民団体のメンバーが改めて不安を募らせています。中国電力島根原発2号機(松江市)の運転差し止めを求める訴訟の原告団長の芦原康江さん(69)は「国際紛争に巻き込まれたら、原発のある場所は計り知れないリスクを負うことになると再認識した」と懸念しています。

【中国新聞デジタル】ヒロシマ、怒りと懸念「絶対に許されない」 露が原発に砲撃

■広島在住のウクライナ出身者 家族案じ涙

 ロシア軍がウクライナに対する軍事作戦を開始した2月24日、広島県在住のウクライナ出身者やゆかりの人は悲痛な声を上げました。
 「家族が心配。祈るしかできない自分が情けなくて…」。広島市安佐南区の音楽講師ナターリヤ・ホンチャリックさん(47)は涙をこぼしました。この日、母国ウクライナ東部に住むいとこのボイスメッセージが届いたそうです。現地では早朝、砲弾のような音が繰り返し聞こえ、声に緊張がにじんでいたといいます。

自宅で母国のウクライナ国旗を手に家族の無事を祈るホンチャリックさん

 ロシアによるクリミア半島の強制編入以来、親ロ派とウクライナ政府軍とは交戦状態にあります。「私たちは愛国心が強い。志願兵になり、命を落とした友人もいる」とホンチャリックさん。西部の街には高齢の両親が暮らしています。「どれだけ犠牲が出るか…」と声を震わせ、こう訴えます。「身勝手な強国の行為を許せば世界の秩序は壊れる。国際社会の力で止めて」

【中国新聞デジタル】ウクライナ侵攻、戦火どこまで 広島在住の出身者や被爆者たち「祈るしか」

■広島でロシアへの抗議活動次々

 広島でもロシアへの抗議活動や平和を祈る集会が相次いでいます。
 「ウクライナと共にある」「戦争をやめろ」―。ロシアのウクライナ侵攻を受け広島市中区の原爆ドーム前では3月5日、広島在住のウクライナ人の呼び掛けで抗議集会が開かれました。隣国ベラルーシや日本人たちを含め約120人が参加。故郷の現状や、残してきた家族の安否を気に掛けるウクライナ出身者たちが、国旗を模した青と黄のプラカードを手に、停戦と母国への支援を懸命に訴えました。

原爆ドーム前にキャンドルを並べ、英語とロシア語で表した「戦争・核兵器は要らない」の文字(3月8日)

 ウクライナからは連日、ロシア軍の都市攻撃や、隣国に逃れる人たちの様子が伝わってきます。呼び掛け人の一人、広島市のホーチナ・アナスタシヤさん(38)は「何百万の人が生活を奪われ、命を脅かされている。病院にもけが人がたくさんいる。一日でも早く戦争が終わってほしい」と訴えました。
 家族連れの参加者もおり、ウクライナ出身者の子どもが「平和になってほしい」「戦争が終わったら親戚やおばあちゃんに会いに行きたい」と話し、涙を流す場面もありました。参加者たちは今後、広島在住の出身者コミュニティーづくりを進め、現地支援にも取り組む予定です。

■抗議に参加したウクライナ出身者たちの声

立ち止まらず声を上げる ナターリヤ・ホンチャリックさん(47)=ウクライナ出身

「ウクライナで起きていることは、必ず他の国にも影響を与える。今は立ち止まって見ているときではない。声を上げないといけない」

戦争止めるため力貸して 錦織タチアナさん(56)=ウクライナ出身

「故郷の町も侵攻され、親戚の家でも食料や水が尽きそう。多くの人が苦しみ、亡くなっている。戦争を止めるため力を貸してほしい」

絶対に核を使ったら駄目 ナジェーヤ・ムツキフさん(41)=ベラルーシ出身

「チェルノブイリ原発事故を体験し、友人の家族ががんになるなどの影響を見て育った。戦争反対。絶対に核兵器を使ってはならない」

流血 一刻も早く収まって 平石大志さん(16)=母親がウクライナ出身で、親族はロシアにもゆかりがある

「両国の人々が血を流している現状は心苦しい。一刻も早く収まってほしい。唯一の被爆国から声を上げ続けていきたい」

■広島の企業への影響は 自動車、カキ、お好み焼きにも

 ロシアによるウクライナ侵攻を受け、中国地方の企業も懸念を強めています。両国への製品輸出や原材料の仕入れなど、企業活動への支障を警戒しています。
 3月2日には、マツダがロシアの合弁工場向けの部品輸出を停止する方向と判明しました。国内外の自動車メーカーなどが事業の一時撤退を決めており、継続が難しいと判断したそうです。マツダはロシア極東のウラジオストク市で、ロシアの自動車メーカーソラーズと折半出資の工場を運営しています。主要部品を輸出して現地で組み立てる方式で、スポーツタイプ多目的車(SUV)のCX―5とCX―9、中型車マツダ6を造っています。

 カキ養殖のファームスズキ(広島県大崎上島町)は、ロシアへの生食用カキの注文が2月24日の輸出分を最後に止まりました。売り上げの7割が輸出で、その半分程度をロシア向けが占めているそうです。鈴木隆社長は「影響は大きい。行き場のなくなったカキの販路を見つけないといけない」と気をもんでいます。
 ロシアとウクライナは小麦の輸出もしており、軍事衝突のために小麦などの先物価格が上昇しています。お好み焼き店23店が入る広島市中区のお好み村の豊田典正理事長は「国内の小麦の流通価格もいずれ上がるだろう」と心配します。「コロナ禍で客も減っているのにダブルパンチになる。一日も早く平和が戻ってほしい」と願っています。

【中国新聞デジタル】
マツダ、ロシアへの部品輸出停止へ ウクライナ侵攻受け
生食用カキの輸出ストップ/お好み焼き「小麦値上げ」 ウクライナ侵攻、地場企業警戒

■被爆地からの見方 「核放棄は得策でない」という誤った認識を招きかねず、見過ごせない

 ロシアによるウクライナ侵攻は、被爆地と切り離せない問題をはらんでいます。ウクライナは冷戦後、領内に残った核兵器を放棄しています。ロシアは代わりに主権を約束したはずでした。今回の裏切り行為は「核放棄は得策でない」との誤った認識を招きかねず、見過ごせません。
 ウクライナは1991年、崩壊寸前の旧ソ連から独立しました。領土には、世界第3位の規模に当たる数千発の核兵器が残っていました。ウクライナはその全てを手放し、代わりに自国が攻撃・侵略されないよう「安全保障」を要求しました。米国、英国、そしてロシアが合意し、1994年に覚書を交わしています。

ロシアのウクライナ侵攻や原発砲撃を伝える中国新聞

 ところがロシアは2014年、ウクライナ南部のクリミアを強制編入しました。さらに今回の侵攻に踏み切りました。専門家は、この背信が世界の核軍縮・不拡散に負の影響を与えるとみています。
 長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA、長崎市)の中村桂子准教授は「『核放棄がこの侵略を招いた』との誤った認識は危険。北朝鮮などが核への依存度を高める引き金になる」と案じています。

【中国新聞デジタル】核で威嚇、露の背信 軍縮・不拡散の妨げに ウクライナ侵攻