絵本作家ヨシタケシンスケ流「物の見方」。ファンと本人に聞いてみた
作品に描かれるのは、クスッと笑える人のしぐさや自由な空想の世界…。絵本作家ヨシタケシンスケさんの初の大規模な展覧会が、広島市中区のひろしま美術館で開かれています。訪れたU35世代からは「とにかく視点がすごい」との声が多数。それってどういうこと? 詳しく教えてください! というわけで、ヨシタケさんご本人にもお話をうかがって(‼)、ヨシタケ流「物の見方」、深掘りしてみました。
(文・福田彩乃、写真・田中慎二、大川万優)
ネガティブをユーモアで包み、自分を支える「松葉杖」に
展覧会「ヨシタケシンスケ展かもしれない」の壁一面に、小さなスケッチ帳のページがびっちりと並んでいます。その数、なんと約2千枚。近づいて見てみると、ちっちゃなイラストとたくさんの言葉がメモしてあります。「泣くときゃ泣きます。大人ですから」「いいアイデアは数に限りがございます」「人間一生研修期間」…。
これ、ヨシタケさんがいつも持ち歩いてる手帳の中身の、原寸大の複製なんです。縦8センチ、横13センチくらいの紙に、ぎゅっと描き留めたアイデアの数々。あれもこれも気になって、長時間立ち止まる人が続出です。
「名言が多いですね」。大学3年の今中遥菜さん(20)=東広島市=も、スケッチをじっくり見た一人です。特に響いたのは、ぽつんと座る男性の絵に「ムリして元気を出そうとしない。ほどよくしょんぼりする時間もあっていいと思います」という文字が添えられた一枚でした。「暗い気持ちとか弱さとか、肯定してくれるのがいい」と今中さんは言います。
確かに、ヨシタケさんの絵本はネガティブなテーマも多いんです。イライラした気分に向き合う「ころべばいいのに」(2019年)、大人のいいかげんさに切り込む「ふまんがあります」(2015年)などなど。姉妹で訪れた看護師の高田めぐみさん(26)=広島市中区=は「イヤな気持ちも全部かわいく、面白く表現されていて。そこが好き」と教えてくれました。
なるほど。ネガティブをユーモアで包むイメージでしょうか。ヨシタケさんご本人は、どんなふうに考えているんでしょう。
実は展覧会が始まる前日、ヨシタケさんに直接、お話をうかがいました。会場のチェックのために広島にいらっしゃったんです。絵本の原画はもちろん、アトリエから持ってきた本やおもちゃも並ぶ、今回の展覧会。体験型のコーナーもあります。盛りだくさんな展示室を真剣な表情で巡り、ふせんに直筆コメントを書いて、あちこちに貼っていくヨシタケさん。お、お忙しいところ恐縮です。ちょっと、お時間いただけませんか…。
するとヨシタケさん、柔らかい笑顔でにっこり。「すみません、お待たせして」なんて、ぺこっと頭を下げてくださいました。いえ、そんな、こちらこそ。あのう、どうしてネガティブなことを絵本のテーマにするんですか。
「僕、自分を救うことで精いっぱいなんです。絵本は自分用の松葉杖。自分が生きやすくなるために、必要なものなんですよ」。ヨシタケさんはまた、やさしく笑ってそうおっしゃいました。えっ。自分用、なんですか?
人間の弱いところやダメなところを描くのは、ヨシタケさん自身が「小さなことですぐつまずいてしまうから」。落ち込んだ気持ちを持ち直し、自分を楽しませるために、しんどいときこそスケッチを描く。自分だったらこう言ってほしい、こう言ってもらえたら楽になる―。そんな自分用の杖が大勢に共感されているんですね。「(もともと自分用だから)お使いいただいて、合わない場合はただちにご使用をおやめください…っていう、感じです」とヨシタケさんは控えめに笑っておられました。
二択じゃなくても良い、グレーな選択肢
「物事のいろんな見方に、気付かせてくれるところも良い」。会場を訪れた多くのヨシタケファンから、そうも聞きました。長男と長女の手を引いて、会場を巡っていた会社員橋本加奈子さん(41)=倉敷市=は「凝り固まった考えの中で生きてきたなって、はっとさせられるんです」と話します。
橋本さんが大切にしている一冊が「それしか ないわけ ないでしょう」(2018年)。女の子がおばあちゃんと話しながら、自分の未来をあれこれ考えるお話です。橋本さんが気になったのが、作中の「すらい」という言葉。「好き」と「嫌い」のどちらでもないことを指す不思議な言葉です。「二択の価値判断に縛られるんじゃなく、曖昧なままでもいいって思える。すごくほっとします」
思えば、最近の私たちの生活って二択を迫られる場面が多いかも。好きか嫌いか、良いか悪いか、敵か味方か…。でも「はっきり分けられないグレーなものって、実はたくさんあるんですよ」とヨシタケさんは力を込めます。「名前は付けられないけど確かにある気持ちとか、世間ではなかったことになってるけど存在するものとか。そういうふわふわしたものを大事に取り上げたい」。AでもBでもない、見方次第で見えてくる何か。「選択肢を増やすことが、大人の役割の一つだと思います」
どうでもいいことを抱きしめて
記録に残らず消えてしまうものや見えにくいものに興味があるというヨシタケさん。細やかなまなざしは、見過ごされがちな日常のひとこまにも向けられています。
広島市西区の会社員栗田智恵子さん(29)が熱心に見ていたのは、「もう ぬげない」(2015年)の原画やイメージ映像を集めたコーナーです。脱ごうとした服が頭に引っかかり、途方に暮れる男の子の物語。栗田さんは「普段は気にも留めないけれど、誰もが共感できるシチュエーション。絶妙です」と笑っていました。
来場した子どもたちからは「寝ぼけてる顔が面白いの」「変な顔も描いてあるんだよ!」という意見が。笑顔でも怒り顔でも泣き顔でもない、微妙な顔が描いてある絵本って、新鮮なのかもしれません。
そういえば、デビュー作の「りんごかもしれない」(2013年)も、男の子のりんごを巡る空想が延々と続くお話でした。会場にいた大学生(21)は「正直、ちょっとしょうもない…。でもやっぱり面白い。肩の力が抜けるんです」と教えてくれました。
ヨシタケさん自身も「僕はどうでもいいことが好きなんです」とにっこり。見れば見るほど、細かいところが気になってしまう。けれど「人生って、どうでもいいことが99%で、大事なことは1%くらい。でも、どうでもいいことが、その人らしさや人間らしさになっていくと思っています」。ふむふむ、確かに…。
でも、ヨシタケさん。ヨシタケさんみたいに、いろんな角度で細かく、ユーモアたっぷりに物事を見るのって、なんだか難しそうです。まねしたいけれど、ちょっと自信ないかも。「そう、すぐできるものじゃないです。日々やって、できるもの。だから僕は絵本を通じて、一緒に練習しようって呼びかけているのかもしれません」