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最近の記事

アイしたヒト

 空には青白い三日月が浮かび、道端の家々からは淡い光が零れている。  オレンジ色の街灯が点々と照らす道を、俺は急ぎ足で通り抜ける。初夏の生暖かい空気が、ワイシャツに纏わりついて嫌になる。俺は乱暴にネクタイを緩めた。やがて代わり映えのしない家並みの風景が途切れると、数多の窓明かりを抱え込んだ黒い要塞が見えてきた。この巨大なマンションは、築10年、駅から徒歩15分の、「我が城」である。  まるで昼間のように明るいエントランスを走り抜け、エレベーターのボタンを押す。しかしエレベ

    • 大人の原稿パック(The Ryokan TOKYO YUGAWARA)体験レポ

      とにかく時間がない。 仕事や家事に追われ、その合間に創作をし、あっという間に一日が終わる。 転職しようか迷い、結婚を考えていた彼氏とは別れ、自分が本当にしたいことが分からなくなっていた。 もっと自分と向き合わなくちゃ。 しかし日常生活は誘惑も多く、家では集中できない。 そんな切羽詰った想いから、湯河原にあるThe Ryokan TOKYO YUGAWARAという宿泊施設が行っている「大人の原稿パック」というプランを予約した。 (もちろん大人の原稿パックというくらいだから、

        アイしたヒト

          海の神様

          「甘ったれ」  普段は温厚で声を荒らげることすらない兄のカケルが、顔を真っ赤にしてマサキをそう罵倒した。マサキはショックのあまり、泣くことも忘れて兄の顔を見上げた。  カケルは目に涙を浮かべている。そして鼻をすすりながら、マサキに背を向けた。マサキは何が兄の逆鱗に触れたのか、まるで見当がつかなかった。マサキは何も我儘を言った訳ではない。ただ母が恋しいと泣いていただけ。  母が亡くなって3か月が経とうとしていたが、マサキは未だにその事実を受け入れることができていなかった。  

          「不良品につき返却します」

            男は至極めんどくさがりだった。  「やれ」と言われたことはやったが、言われなければ何もしなかった。 両親に言われるままに何となく進路を選び、高校を卒業した。そして両親から「就職しろ」と言われたから、就職活動をした。ところが、上手くいかなかった。それもそのはず。仕事の大部分は「AI」が担うようになり、この国はかつてないほどの就職難だった。男は運が悪かったのだ。段々と就職活動もしなくなり、何もせずに日々を過ごすことが多くなった。男の両親もいつの間にか何も言わなくなった。  し

          「不良品につき返却します」

          今夜、星降る丘で

          「起動しました。」 「おお、目が開いた。」 私が目を覚ますと、1人の男が興味深そうにこちらを覗いていた。推定年齢60歳のアジア人だ。彼の話す言語は日本語。位置情報は日本の首都トウキョウである。 「俺の手にかかればこんなもんよ。」  男の隣にもう1人、ニンゲンがいた。こちらは推定年齢20歳、男と同じアジア人だ。大きな目を細め、ニコニコと笑っている。 「ほんとにありがとう、“ハル”。」  男の発言から、若い方のニンゲンの名前は“ハル”と認識。 「しかしあんたも物好きだねぇ。こんな

          今夜、星降る丘で

          戦争孤児だった祖母の話

          私が幼かった頃、祖母の家の食器棚に、卵の形をした桃色の文鎮がありました。私はその文鎮が何故か気に入り、よく光を透かして遊んでいました。そんな私の様子を見兼ねたのか、ある日、祖母が言いました。 「これは、空襲で焼け崩れた家に残っていたものなんだよ。もしばあちゃんが死んだら、あげるからね。それまではばあちゃんが持ってるね。」 私はその時、「空襲」が何なのかよく分かりませんでした。しかしよくよく見ると、確かにその文鎮には黒く焦げたような跡があったのです。 それから月日は流れ、去年

          戦争孤児だった祖母の話