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TOKYO五輪検証 -5人制男子バスケの大一番-

1年の延期を経て開催された東京五輪に乗り込んだ”史上最強”バスケットボール男子代表。世界の先鋭12カ国が凌ぎを削る舞台で、結果男子代表は1勝もあげることなく、残念ながら予選敗退に終わりました。

それでも僕自身”史上最強“の触れ込みは一切間違っていないと今でも思っています。NBAにおいて正規の契約をもらえる450人のうち、約1/4はアメリカ国外出身選手。その中でアジアからは八村、渡邊以外にこの”正規契約”の選手はいないことを鑑みても何の疑いもないはずです。

実際、選手たちの個々の能力やゲームの局面、局面を見る限り”歴史的な1勝“は遠い夢ではなかったと思うのです。2019年のW杯を終えて僕のnoteに

W杯では”やってダメだったこと“よりも”やらずに終わったこと“の方が圧倒的に多かったというのが、僕の所感です。

と記しました。現代バスケには欠かせないスペーシングの概念や、3ポイントの試投数などがその代表例でしたが、この五輪ではどう変わったのか、僕は注視していました。

今回、日本代表はスペーシングとも関わりの深い3ポイントショットの試投数、そして確率をW杯5試合と比較して大幅に増やすことに成功した戦いを見せました。

W杯5試合平均
5.4/18.8本 成功率 28.7% (0PP 3PA 30.6本 成功率 39.2%)
五輪 3試合平均
9.7/28本 成功率 34.5% (OPP 3PA 34.3本成功率35.9%)

これは日本代表が攻撃において4out 1in、5outなどの選手の陣形からディフェンスを引き伸ばした状態でピック&ロール(以下P&R)を代表とするボールスクリーンを使い、ペイントアタックから数的優位づくりを狙うことでテコ入れ出来た部分です。対戦相手との試投数の差が12本近くあった2019年から6本ほどに縮められたことも戦術的な前進の断片でしょう。

3ポイントショットの中でも数的優位=守備との”ズレ“を作ることで放つことができるキャッチ&シュート(C&S)の機会や確率が注目すべきデータとなります。この成功率では日本が31.7%に対し対戦3カ国は41.3%とショットを決めきる力の差は改めて浮き彫りになった一方、全体のFGAに占めるC&S 3PA割では、日本は27.4%、対戦3カ国32.8%とその差を徐々に埋めつつあることが伺えます。

また、これもW杯終了時に提言しましたが、守備では全てのポジションが入れ替わって相手の数的優位作りの効力を奪うオールスイッチに近い戦術をスロベニア戦では行うなど、世界のトレンドやスタンダートと呼べる戦術はしっかりと踏襲した戦いを見せていたのは大変喜ばしいことでした。

しかし、ここから考えていくのは”歴史的な1勝をあげる本気度”について。
厳しい評価かもしれませんが、この五輪で見られた戦術的な前進はグローバルな情報化社会にあってBリーグのリーグ戦でも十分見られてきた変化の傾向に過ぎません。
そればかりか、必要な取り組みとはいえトレンドをなぞったにすぎない戦い方は、日本代表に備わった資質や能力を度外視しているようにすら見える時がありました。結果として、このトレンドを作り上げ、10年、15年と代表を強化してきた強豪各国との『経験と体格』の差がより顕著に覆いかぶさってきたと感じました。“タレント比べ”の戦い方では平均37分近い出場時間に終わった八村、そして36分近い渡邊に負担が集中したのは当然ともいえます。

このように男子日本代表の前進を喜ぶと共に、立ち止まって考えるとどうしても”歴史的な1勝“に対する貪欲さの欠如が悔やまれます。持てるもの全てを投げ打って取り組んだ結果世界の高い壁に跳ね返されたと言うよりは、内なる高い壁に挑戦すること自体が阻まれた気がしてしまうのです。

当然日本代表の現在地や対戦相手の強度を考えれば、3連敗は予想できる展開でした。それくらい2004年頃から世界を牽引してきたスペインやアルゼンチンが持つ文化の厚みは簡単には超えられません。千里の道も一歩からです。
大事なことは3連敗に終わっても五輪のステージで明確な収穫を得ることでしたが、『国際舞台での経験』を隠れ蓑にして、それ以外に明確な目標設定が曖昧にされてしまったという懸念が払拭できません。収穫も最小限に終わったのではないでしょうか。

『日本はまだまだこれから…』、『次があるじゃないか』。いつなん時も選手をサポートしてくれるファンの存在はとても貴重です。これからも全力応援を続けて欲しいと切に願っています。しかし、僕の目には代表チームが一枚岩には見えませんでした。世界を知り、世界との距離を埋めることができる知恵を与えられるはずだった指揮官から土俵に上がる準備をしてもらったかもしれませんが、勝利への明確な武器は与えられず『これで良いのかなぁ』と半信半疑でプレーしてしまう。本気度が伝わってくる女子代表との一番の違いは信じる、または信じ切る気持ちの差にも感じました。

また、次の機会が簡単にくるほどスポーツの世界は甘くはない。絶対にあって欲しくないことですが、次のW杯までに日本の主力に選手生命を脅かされるような怪我も起こりうる。いつも今、この瞬間こそが最大のチャンスというのが僕自身の考えです。

実際世界ランキング2位のスペインは世代交代の最中にあり、ベスト8敗退後にはガソル兄弟が揃って代表引退を表明。同ランキング4位のアルゼンチンは五輪前の調整が遅れ予選ラウンドの初戦スロベニア戦はひどく錆びついて見えました。やはり5大会にまたがり活躍した英雄ルイス・スコラはスタンディングオベーションと共に送り出されました。ひとつの過渡期にあった2カ国との対戦は視点を変えれば日本代表に有利に働いていた要素でもありました。逆にスロベニア代表は国際大会としてはW杯以上の激戦とも言えるユーロ選手権で2017年にスペインを退け優勝、ルカ・ドンチッチ筆頭にOQTで強豪リトアニアを破って五輪に乗り込んできた世界バスケ界の昇り竜。五輪終了後の総括会見で『スロベニアがこれほど良いチームとは知らなかった』と言ったラマスHCのコメントは衝撃的でもありました。

なぜ僕が『1勝』に執着しているのか…

ここで仮に、W杯の悔しさを胸に足掛け2年、練り上げた策の全てを繰り出し、3試合のうち1試合でも勝利をしていたとしましょう。ラグビー日本代表が南アフリカに勝利した時と同じように大手メディアがこぞって報道。すると必然的にバスケ熱は急上昇。全国各地Bリーグのスクールやユースクラブは大盛況。未来のNBA候補となる絶対数が格段に上がる。Bリーグは全国各地で満員御礼。5シーズン目にしてリピーターによる入場に支えられ、次なる成長をどこに模索するかが問われ始めていたBリーグに開幕に続く2段目のロケットブースト。BリーグやNBAが毎週末どこかのチャンネルで地上波放送され、元々スポーツとしてのエンターテイメント性の高さや得点が多く入ることでハイライトも見せやすい性質から人気を博し、いよいよ日本における市民権を確立。日本各地の公園にリングが続々設置される。子供達が普段からバスケに興じる、そして男子も女子も世界バスケ強豪の仲間入りを果たす….
これは希望的観測であり、ただのバスケ狂の戯言かも知れません。それでもこれまでの日本における報道やスポーツのトレンドを見る限りあながち間違っていないとも思うのです。

このようなパラレルワールドもあり得た中、本気で一発KOを狙う一振りを浴びせに行っただろうか。外側からは3連敗しても『健闘したね』と、深く追求される心配もさほどない状況下(対戦相手は全て格上)という現実にあぐらをかいていた部分はないだろうか。

僕自身、五輪で戦う予選の相手を世界バスケの”横綱“と比喩的に表現してきましたが、男子代表はようやく幕内に入れたばかり。その中にあって1勝でもするためには、かつて常識に囚われない取り組みで人気を博した舞の海関のような戦いが必要になるとしばしば解説してきました。しかし、日本が戦かった3試合での決まり手は寄り切り、押し出し、寄り切り。スロベニア戦は改めて分析してみると組み合うこともなく敗れてしまったと言って良い内容。選手たち個人は相手から一定の敬意を得ることは出来ても、チーム全体として相手を翻弄する時間は3試合合計120分間の中でほんの一握りもあったでしょうか。

日本はW杯に出場し、自国開催の五輪に出場することが出来ました。この五輪での先発メンバーの平均身長は201cmと世界にも引けをとりません。この4年間、経験と体格差を埋める作業と同時に、なぜ日本が世界と戦う独自のスタイルの模索が進まないのだろうか。同じ問いを2年前W杯終了直後noteに記しました。

そして今回改めて、男子バスケ日本代表を大きく分けて6つの観点から客観的に分析することで、希望と共に新たな未来への一歩をみなさんと踏み出していきたいと思います。

課題はオフェンスにあったのか、ディフェンスにあったのか?

五輪に臨むにあたって歴史的1勝ないしアップセットなるものを達成するには、これまでの日本代表の傾向からも『守備は及第点、オフェンスで突破口を開く』のが最も確率が高まると個人的には感じていました。取られても取り返す、そんな強い気持ちも格上相手には欠かせない要素で、常に先手必勝、1Qを取り、前半終わってリードすればなお良し。今回対戦した3カ国に対しては日本が2分でも無得点に終わればあっという間に相手は12-0など攻勢をかけられるだけの力があり、ビハインドはあっという間に広がる。

そんな中、最重要と感じていた初戦のスペイン戦。結果は知っての通り前半終わって20点差。最終スコアは77-88でしたが11点以上の力の差を最終的に感じる内容でした。仮に11点差で敗れたとしても、前半一桁で食らいつきながらも後半に引き離されるのと、前半に一度ノックダウンを取られてから反撃しようとするのではチームの機運は全く異なってしまいます。2戦目のスロベニア戦を見ても3Q 2:32のタイムアウトでは八村が円陣をしっかりと組むことなくコートに戻る姿を見せており、選手たちは16点差を跳ね返すためにすがれる『信じるもの』を与えられていなかったと言わざるを得ません。選手たちをつなぎとめるマネジメントの役割は果たされていなかったように見えました。

下の表は予選ラウンド終了時、各国3度試合を行った後で比較する100回の攻撃権(ポゼッション)あたりの得点効率(オフェンシブレーティング)、失点率(ディフェンシブレーティング)、そしてペース(40分あたりの攻撃回数)です。3試合という少ない試合数では統計的にノイズが発生しますし、対戦相手の強度にも左右されるところではありますが、まず押さえておきたいのは各国のオフェンシブレーティングの平均が108であること。

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