【公演レビュー】2023年5月20日/井上道義指揮、京都市交響楽団

《プログラム》

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」組曲第2番
ドビュッシー:夜想曲(京響コーラス〔女声〕)
~休憩~
武満徹:地平線のドーリア
ドビュッシー:交響詩「海」

怨讐の彼方に熟成の共演

筆者がクラシック音楽を聴き始めたのは1995年秋。
約2年後に我が家はケーブルテレビと契約。それまでNHK-BSすら未加入だったのに突如多チャンネル化した。海外ドラマ、ドキュメンタリー、スポーツなど好きなジャンルの視野が大きく拡がる。
クラシック音楽だとNHK教育「N響アワー」、日本テレビ系「深夜の音楽会」、テレビ朝日系「題名のない音楽会」くらいしか見(られ)る番組がなかったのにNHK-BSはもちろん、例えば関西のCS局スカイAも当時平日の朝と週末の晩にクラシック音楽番組を組んでおり、ほぼ欠かさず録画視聴した。まだCS放送の発展段階で自前のコンテンツが少ないなか、プログラム充実の必要性からクラシック音楽の映像を購入もしくは借用していたのだろう。

スカイAの場合はABC系ゆえ、関西圏収録のコンサート映像が流れるのが面白く、コンビ成立50周年目前の朝比奈隆:大阪フィルに加え、井上道義:京都市交響楽団がよく登場した。
ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」は番組の井上道義の演奏で初めて聴いたし、ときには「プロムス・ラスト・ナイト」風のコンサートも流れた。アンコールのエルガーの「威風堂々」第1番では歌詞カードを配り、指揮の井上道義が聴衆に歌うよう促し、客席は半ば戸惑いながら口を動かしていた。 BBC Proms JAPAN開催に先立つこと四半世紀余り前の話である。

1990年4月に京都市交響楽団の第9代常任指揮者に就いた井上道義は、計画性のあるアグレッシブなプログラミングと演奏水準の高さで関西のクラシック音楽ファンの支持を集めた。
当時の新聞紙上のレイティングは楽団内のゴタゴタやマンネリ化が指摘されていた朝比奈隆:大阪フィルを上回る評価で、井上道義:京都市交響楽団のコンビは関西楽壇の第一席に挙げられた。
懸案だった本拠地として京都コンサートホールが1995年10月に開場、合唱団(現在の京響コーラス)も発足して更なる躍進と目されたが、井上道義と楽団事務局の間がしっくりいかなくなり始める。
結局楽団側は1998年4月からウーヴェ・ムントを常任指揮者に据えると表明、反発した井上道義は「音楽の友」誌のインタビューで痛烈な言葉を発し、名コンビになりかけた両者の最後は泥沼離婚に終わった。

幸い井上道義:京都市交響楽団は永遠の別離とならず、21世紀に入ると再び共演が実現。着実に演奏機会を重ね、ライヴ録音が行われるなどかつてとはひと味違う充実の時間を迎えている。

練り上げられた明晰なフランス音楽

プレトークで井上道義は「このオーケストラにフレンチプログラムは合うと思った。京都はポール・クローデルの関わった日仏学館の歴史があり、フランス人の好む都市だから。と思って始めたら、全然やってなかったみたい」と語った。

相当厳しくリハーサルしたのだろう、「ダフニスとクロエ」組曲第2番の「夜明け」の瞬間から、響きにおける各パートの位置づけが聴き手にはっきり見える。「ニュアンス」「エスプリ」といったありがちな曖昧さは一掃され、スコアの論理を緻密に音化して動かすことでリズムや色彩の妙が導かれる。これはドビュッシーも同じでとりわけ「夜想曲」は成功していた。

京都コンサートホールはウィーンのムジークフェラインと同じくシューボックス型。オルガンは若干右側にオフセットされ、左側に箱型のスペースがある。
井上道義いわく「ホールを設計した磯崎新に質したら《正面にオルガンを置くのは教会からきている。日本は一神教ではなく八百万の神の国。だからオルガンをセンターからずらした。従ってあそこに空間ができましたが何かに使いますか》と言われて困った」そうだ。
「夜想曲」の女声合唱をそのスペースに配置した上で薄青色の照明を当てる演出があった。「ちょっと暗くします。ここは明るすぎるよ」とは井上道義の弁。

プログラム掉尾を飾るドビュッシーの交響詩「海」は、第1楽章のチェロが4部に分かれる箇所でヴィオラの半分を重ねた以外、目立つ「味付け」はなく、やはりスコアを入念に解きほぐすスタイルが貫かれる。
第3楽章コーダ前(第237小節目から第244小節目)のトランペット・ホルンの付加(井上道義の師匠格のチェリビダッケはホルンのみあてた)もなし。透明感のある粘液性で弦のフレーズを波立たせた。

この日のチェロのトップは、客演首席のルドヴィート・カンタ。
オーケストラ・アンサンブル金沢のチェロ奏者時代に幾度も聴いた懐かしい名手の健在ぶりが嬉しかった。

プレトークで井上道義は「このオーケストラの音楽監督になった時、KBSに定期演奏会を放送してもらった。いつの間にかなくなったが、若い新しいのが常任になったんだから、また始めたらいい。いまは簡単に4Kで撮れる」と話した。
確かに指揮者交代の時期は政権と同じで新しいこと、リスタート両方の好機。テレビが難しければYouTubeで無料有料組み合わせてやるなど工夫の余地はたくさんある。
外国人に広く知られる都市のオーケストラの実力を広報して少なくともマイナスの影響はない。新たな収入源の可能性を探る意味でも取り組むことだ。

※文中敬称略※

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