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『人のセックスを笑うな』

ファーストキスはレモン味。 

どこが発祥でこの話が生まれたのだろうか。 

きっとファーストキスは誰にしも酸っぱくて、けして甘くとろけるようなものではないのだろう。 


唇が触れ合う単純な行為であるのだが、人間はキスに愛情という意味を付け加えた。

動物はセックスはしたとしてもキスはしない。 


人間にだけ愛という意味を授けられたキス。 

そんなキスを初めてするときは、レモンのような水気たっぷりの酸っぱい味が広がる。

少し刺激的で、大人の味がする。 



僕のファーストキスは学校の先生だった。 

生徒と先生の禁断の恋…みたいな学園ドラマのようなものなら、その後の人生でもキスをするたびに思い出すような生涯心に刻まれるものになっていたのだろう。 

だが、残念ながらも私のファーストキスはそんな映画のような美しいものでなかった。 



小学校2年生の時の担任はI先生という女性の先生だった。 

当時8歳だった僕の記憶は、もうI先生の顔まで思い出すことができない。 

だけど、細身で茶色の長い髪をソバージュにして、咲き誇った花のような中年の美しさの印象は今の僕にも残っている。 

もう25年も前の話なので、今、I先生は還暦をとうに超えているだろう。

 

I先生とこのクラスの生徒たちには1つのルールがあった。 

それは忘れ物をした場合のペナルティーとして、I先生が忘れ物をした生徒にキスをするということだ。 


1個忘れ物をすると、頰へキスをする。 

2個忘れ物をすると、両方の頰へのキス。 

3個忘れると、両方の頰へのキスに、さらにオデコ。 

4個忘れてしまうと、口へのキス。 


黒板の右脇には、赤いキスマークが形どられた画用紙が4つ貼られており、「1」「2」「3」「4」と、忘れ物をした数を記録を残すために書かれている。 

忘れ物をすると、そのキスマークの下に名前が書かれ、1日が終わった最後の帰りの会の時に先生のキスの時間が始まるのだ。 

I先生もキスをする前は唇を整えるために、

「キス用」と書かれたスタンプを押す時に使う朱肉を取り出し、口紅がわりに朱肉を唇にべったり付け、唇を水含んだような艶やかな朱色にする。 


この帰りの会でのキスの儀式は男子でも女子でも容赦なかった。 

忘れ物をして、黒板に名前が書かれると「今日はキスの日だぁ」とクラスの生徒たちがざわめき立つのである。 

なので、クラスのみんなは、忘れ物をしないように、忘れ物をしないように、、、と何度も学校の持ち物を確認したのだ。 



これだけの話しをすると、もし現在だったらI先生はメディアに血祭りにあげられ、教員の人生を失うどころか、人生ずっと「セクハラ変態」として生きていかないといけないだろう。 

間違いないように言っておくが、I先生が忘れ物のペナルティーとしてキスをするのは1990年代、25年もの昔の話だ。 

その後の先生の行方というのは分からないのだが、きっと時代に合わせた指導に切り替えているのだと僕は信じている。 


そして炎上しないような予防線の言葉になってしまうかもしれないが、 

四半世紀昔の話しだとしても罰としてキスをすることが正しい事かと言われると僕も甚だ疑問だ。 

たとえ自分が当時教師だとしても僕は絶対にやらないだろう。

当時のクラスメイトがもし、I先生のキスで今でもトラウマに思っている人がいるかもしれない可能性を考えると僕までも申し訳ないと思う。 


・・・だけどだ。キスをする先生に対して肯定もできないけれど、時代の違いと言うことを鑑みた場合に、罰としてキスをする先生を否定もできないとも感じているのだ。 

I先生を弁明するつもりでもないが、今になってI先生がペナルティーとしてキスを選んでいた理由も何となく分かるような気もするのだ。 

当時25年前は、教育界の中でも体罰は頻繁にあった。 

廊下に立つなんてのは日常茶飯事で、悪いことをした生徒を殴ることによって、矯正させる正義もあったのだ。 

「子供を殴ることは正義」という大義名分を掲げて、先生たちが自分の憂さ晴らしにしていた部分もあっただろう。 

子供がまだ多い時代だったからこそ、恐怖で教室を支配し、できない子供たちを振り落とすような教育があった。 

元から規律正しい子はそのような教育でもしっかりと成長すると思うが 

萎縮し怯えながら、規律よく矯正された子供達が増えても機械のように動く人が増えるだけ。心が育つことではない。 



きっとI先生はそのような暴力的な支配での教室でなく、愛をてっぺんに振りかざした教室を作りたかったのだと思う。 

現に小学校2年生、I先生の僕たちのクラスは仲が良かった覚えがある。 

8歳の自分であるのだが、小学校2年生になって、僕自身もクラスで友達が増え、学校で褒められる機会も増えた。

 

そして、帰りの会のキスのペナルティーも、クラス中がI先生のキスに怯えている感じではなかったのだ。 

もちろんキスをされるということで嫌な気持ちはあるのだが、忘れ物をして殴られたり怒鳴られたりするよりは、キスされた方が嬉しかった。 


忘れ物を一個することはよくあっても、一日のうちで四個忘れ、口へのキスのペナルティーを受ける生徒は中々いなかった。 

だけど、クラスで一番のひょうきん者だったKくんが4つ忘れ物をして、初めて口へのキスのペナルティーを受けることになった。 

クラス中で「今日は口へのキスだ!」と騒めいたが、当のKくんは「今日は口だ、緊張する」と言いながらも、顔はハニカミ、口をゆすいでキスをする態勢を万全に整えていた。 

普段から忘れ物が多いK君だった。

頰にキスをされるときは、K君には特別に唇のあとがタコの吸盤のように残る熱い口づけをされることもあったのだが、 口へのキスはちょっと触れるだけで、さらっとしたキスだった。 


僕も忘れ物をした。 

いよいよI先生からキスをされる時がきた。 

このI先生が担任をする1年間の中で、忘れ物をしたのは1回だけだ。 

その日は5、6人忘れ物をした生徒がいたので、帰りの会はいつもよりも多く生徒たちが並んだ。 

僕は一番端で最後の順番だった。 

先生が順々に作業のようにキスをする。 

そして最後の僕の順番になったら 

「古屋くんにキスをするのは初めてね」 

そう言って、キス用と書かれた朱肉を取り出し、改めてべったりと唇を真っ赤にしキスをしようとする。 


子供と大人の身長差の関係で僕は若干上を向いて頰を突き出す形になった。 

 I先生は顔を下に向いて、僕に唇を近づける。 

キスをするときにI先生が顔を下向きにしたので、ソバージュをかけた茶色い髪が僕の顔全体をなびいた。 

唇が頰に触れる感触よりも、そのソバージュのかかった髪の柔らかさが顔の神経を触れ、その髪から伝わるI先生の温かい感触を覚えている。 



大人になって、自分の髪型を気にし始めた。 

元から癖っ毛だというのもあって、パーマをかけるようになった。 

「女性の髪型だと何が好き?」と聞かれたら 

「ソバージュがかかったような、くしゅくしゅとなった髪型が好き」と答えている。

 I先生のことを思い出して答えているわけではないのだけど、こう答えたくなるのだ。 

​「人のセックスを笑うな」は美大の学生とその美大の講師が恋をする物語。
過激なタイトルと著者の山崎ナオコーラと言う名前に、圧倒されそうな感じもするのだが、内容はゆらゆらと人の気持ちが、平易な文章で書かれている。




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