「炎上する君」
僕の小学校は神奈川県で一番敷地面積が広い小学校だった。
グラウンドも上の校庭、下の校庭と2面あった。
上の校庭と下の校庭を結ぶ30メートルくらいはあるジャンボ滑り台という子供を夢中にさせる遊具もあった。他にもどんぐり山や、梅林、杉林などもあり、自然との触れ合う機会が学校の中に多かった。
そんな広大な敷地の学校だったので、普通の公立学校なのだが、校則などに縛られない自由な学校であった。
ランドセルを使うかどうかを個人の自由に任され、僕はランドセルが嫌いだったのでリュックサックで学校に通っていた。
担任の先生によるのだが、教室にはレゴブロックがあった。
雨の日はレゴブロックを使って遊んでいいというクラスでのルールだった。
雨が降った日は学校行くのが楽しみだったのでいつもよりも早く学校に行っていた。
僕が小学生の時は、これが当たり前だと思っていたので、さして自由だと感じはしなかった。だが、大きくなって他の人と昔話をした時に自分たちの学校の自由度の高さに驚く。
母校の自由さ加減で一番、驚かれるのが、僕の小学校は自分たちの所有物であればなんでも持っていってよかった事だ。
カードゲームでも、漫画でも、僕たちの世代で流行っていたハイパーヨーヨーや、ましてやゲームボーイとかも学校に持っていって遊んでよかった。
授業中に出すと先生に没収され壊されるのだが、休み時間であれば出して遊んでもよかった。
この自由と言うのは不思議な力がある。
学校や大人が野放しで、子供たちでやりたい放題自由に遊んでやろうと言う感覚にはならないのだ。
実際、小学校の時に何でも持ち込みオーケーで、自由にしていいと言われると、ゲームボーイやハイパーヨーヨーで遊ぶことは「ダサい」って思いになるのだ。
大人が与えてくれた環境にそのまま乗っかっては違うだろうというちょっとした抵抗を見せたくなる。
そこで悪さに走るとかではなく、僕たちの学校では自らで「遊び」を作ってどれだけ盛り上がるかに凝りだしたのだ。
各クラスで一人くらいはカードゲームを作るのが上手い人がいた。
僕のクラスでは友人が「もののけ村カードゲーム」というものを開発し、折り紙3枚で1パック買え、みんなで「もののけ村カード」での強さを競った。
他にもハイパーヨーヨーが空前のブームだった時期に僕たちはヨーヨーをするのでなく、スーパーボールを流行らせた。
バウンドさせて一回転してキャッチするのは「アラウンドザワールド」など技を作って遊んだ。
なんでも自由と言う空間の中にいる子供達は、既存の遊びを超えて自分たちで遊びを考え始めるのだ。
僕たちが様々な遊びを創りあげた。
「ライアンのバーカゲーム」「Hくんをどれだけ笑わせられるかコンテスト」「ポケモン飛ばし」・・・
飽きたら新作の遊びを創り、おかげで子供のうちに創造力を遺憾無く発揮できたと思う。
その中でメガトン級にヒットした遊びが「シザーマンファイヤー」という遊びだ。
「シザーマン」と言うのは当時プレイステーションのゲームで「クロックタワー」と言うホラーゲームがあった。
シザーマンはそのゲームの中での敵で、体ほどあるハサミを持って主人公を追いかけてくる。
シザーマンファイヤーという遊びはこの「クロックタワー」を模したクロックタワーごっこという感じだ。なんでファイヤーがついたのかは「シザーマンごっこ」だったらかっこ悪いという事でファイヤーがついた。ファイヤーに特に意味はない。
シザーマンファイヤーの鬼役のシザーマンは事前に公園の中だったら公園の中と、決められた範囲内で宝物を隠す。宝物の他に、その宝物を探すヒントとなる紙を10枚くらい隠す。シザーマンから逃げながらヒントを見つけ、宝物を探してくのだ。
このシザーマンファイヤーのルールの特徴的なところが、逃げる人は走ってもいいのだが、シザーマンが走って追いかけてはいけない事だ。
それだと歩くしかできず、シザーマンいじめのような遊びに聞こえるが、これがミソなのだ。
走れないということで捕まえるためには物陰に隠れて急に飛び出すしかないのだ。
こうなると宝物を探す方も物陰にシザーマンがいないかとビクビクしながら探し、スリル満点の遊びになる。 そして走らなくてもいいという事で、足が遅い人でもみんなで参加できるようになった。
「今日学校帰ったらシザーマンファイヤーやろうぜ!」
友達みんなで盛り上がった。休日の日には、みんなで弁当を持ってきて、午前の部午後の部に分けて、シザーマンファイヤーのダブルヘッターで遊んだりもした。
ある日、隣のクラスで学級でのレクリエーションが、クラスみんなの投票で「シザーマンファイヤー」をすることになったらしい。
僕たちが作った遊びが学級のレクで採用されるまでに人気がでた。
自分が遊んで楽しむ以上に、自分が作ったものを周囲の人が遊んでくれることほど誇らしいものはない。
だがそのレクリエーションで問題は起こった。
シザーマンファイヤーが盛り上がりすぎたため、シザーマン役に本当に徹しようと思って友人が、工作用の小さいハサミを取り出し「チョキチョキ」言いながら追いかけたのだ。
さすがに規則も何もない小学校ではあったが、ハサミで「チョキチョキ」言いながら廊下をうろついている生徒が現れて大問題になった。
学校の先生たちにより「シザーマンファイヤー」禁止令が出てしまったのだ。
あれだけ僕たちを興奮させたシザーマンファイヤーが遊べなくなった。
友人は「シザーマンサンダーにすればまた遊べるんじゃね?!」そんな事を言っていた。
だが、一度先生たちにお灸を吸えられたシザーマンファイヤーの熱狂が戻ることはなかった。
禁止されてみて思ったのだ。
僕たちはあの時、炎上するほど「シザーマンファヤー」にのめり込んでいた。
「炎上する君」は西加奈子さんの天才的独創性から書かれた短編小説集。小説って規則があるものでなく自由!書きたいこと好きに書いて、感じたこと全て自由!そんな小説として本来持つべき事を思い出させてくれます。
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