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フランスでショコラトリー店員になる#10 全てを失った日

秋から始まるヴァンダンジュ(葡萄摘み)…その後始まるショコラトリーでの仕事に、私は意欲を燃やしていた。

ヴァンダンジュから戻ったら、すぐに仕事が始まるから、今のうちに商品知識を身に着けておかないと…

そう思い、予め準備をしたい旨を、ショコラトリーにメールした。

小さな、街のショコラトリー。

プライス等をメモしに行きたいところではあるが、狭い店内にいつまでもいると、他のお客様の迷惑になってしまう。

そこで、何時頃伺えば邪魔にならないかを聞きたくて、メールしたのだ。


部屋の契約を交わしたその夜…私は近所のマクドナルドでパソコンを開いた。すると、例のショコラトリーから、メールが届いていることに気付いた。


カチっ。


え?…え⁈


うそっ‼


私はそのメールを読むなり、頭から血の気が引いていくのを感じた。


そのメールの内容とは、


”マドモワゼル

残念ですが、今回の話はなかったことにして下さい。これからのあなたのご活躍をお祈りしています。  店主”


…なんというタイミングだ。

よりによって、やっと部屋の契約をした日の夜とは…!


翌朝、保証人になってくれた日本の方と契約の件で打ち合わせをすることになっていたので、事情を説明し謝罪した。

その後すぐに、保証人の方がアジャンス(不動産屋)に電話をしてくれたのだ。

本来であれば、契約してしまった後の解約はできないのだが、私達の必死さが伝わったのか、親切な不動産屋のお姉さんが、条件付きで許してくれた。解約する理由となる、証拠書類を持ってくることが条件だった。つまり、その断りのメールをプリントして持ってきてくれというのだ。


メールをプリントアウトするくらい、日本の自宅なら何ということはないのだが、ここはフランス。コンビニすらない。印刷できるのは図書館位だった。急いで図書館を調べるものの、リヨンの図書館は、週に3日しか開いておらず、この日は営業していなかった。


結局、ショコラトリーが近くにあるなら、直接行って、一筆書いてもらおう!ということに。


ショコラトリーの扉を開けると、マダムが出てきた。


「あぁ!メール受け取りましたか~?Ça va (元気)?」


明るく振る舞うマダムに、付き添ってくれた保証人のムッシュが


「なんでこんなことになったんですか?」


と言った。


「何言ってるんですか、ムッシュ!彼女はちゃんと理解してますよ。」


「でも急にこんなことするなんて…」


興奮したのか、段々声が大きくなるマダム。


「大体、契約書書いてませんから!もちろん、主人と話して、雇っても良いかなとは言いましたけど、一人で売り場に立たせるのに、見習いじゃ困りますし、立ち話で決めたことですから!!!」


…心が痛んだ。


向こうの言っていることが理解できるだけに、これ以上言うこともなく…虚しさだけが残り、2人寂しく店を出た。


昨日、契約書にサインした時、ちょっと心がざわついたのは、これだったのだ。


”マドモワゼル、職業は?”

”今は学生ですが、10月から働きます!”

”10月までは何もしないんですか?”

”いえ、9月はヴァンダンジュをします!”

”では、仕事の契約書はお持ちですか?”

”いいえ”

”持っていないんですか?では、口約束だけなのですね?”



…不動産屋の言葉が蘇る。


考えたことがなかった。

いつもショコラトリーに行く度に、明るく迎え入れてくれていたし、遅くとも10月15日には入って欲しいと言われていたので、すっかりその気になっていた。


まさか、そんなことがあるはずがない。


とサインをした矢先にこれだ。


書類を一筆書いてもらった私たちは、不動産屋に戻った。

よっぽど哀れに思ったのか、不動産屋のお姉さんは優しかった。

…こうして私は、内定していた全てのパティスリー・ショコラトリーでの話がなくなり…契約した部屋もなくなり…全てを失うことになったのだった。

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