帝殺しの陰陽師~前奏
序〜あらすじ〜
古より呪詛を生業とする者あり、
穢れを払う事もあれば
人を呪い、陥れ、
或いは命を奪うことも躊躇わず行う者・・・
陰陽師の中でも禁忌とされる呪詛や蟲毒の扱いに長けているごく限られた者に与えられる称号が『呪詛師』である。
散楽師がよく着ている派手な装束姿に痣のような手脚の肌模様。
顔は竜骨の面を頭から目深に被り表情は見ることができず。
ただ、面の下から見える口元は妖艶で、
女達はその少し上がった口角に魅了されるという
帝すら配流の末に呪い殺し呪詛師の称号を剝奪された、と噂されるこの男・・・
人はこの男を「帝殺しの陰陽師」と呼ぶ
呪い返し
この国を統べる帝がおわす都~帝都
都の中央を南北に分ける大通りには、今日も多くの出店が立ち並んでいる。
その日の朝収穫した新鮮な野菜を売る農家、生活のために家財品を並べる者、何もなくただ座って施しを求める者・・・
品物に足を止める者がいれば気にもせず、あるいは見下すような視線を投げる者
富める者、貧しい者、様々な人々が同じ世界で暮らしているこの街の一角、大層豪奢な造りの門を構えた屋敷に男は招かれていた。
贅沢に手を尽くされた庭園、それを眺めるように建てられた屋敷には幾つも橋がかけられ、何人かの女官たちが橋の上からある男を見ている。
明らかに下賎な者を見る好奇の目・・・あるいは邪な考えをもって男を見つめる艶やかな瞳・・・
そのような扱いは男は慣れており気にも留めてはいなかった。
「なぁ、師匠・・・アタイの言ったとおりになったじゃない」
「うむ、童の言ったとおりであったな」
「童!仕方ないよ。僕たち路銀を掏られちゃって困ってたんだから・・・」
「うるさい!アンタは黙ってて!どうすんのよこのままじゃアタイ達全員あの世行きだよ?」
「まぁなんとかなるでしょう。ふたりともその時の備えは大丈夫かな」
「はい」
「大丈夫かなぁ」
「お前たち黙らんか!」
屋敷の主らしき男の声が屋敷の奥から聞こえる。
男たちは館の前で砂利の上に跪かされていた。
男は浅葱色の狩衣、薄紫の頭巾を被ったその顔は竜骨の面で表情が見えない。
童と呼ばれていた少女、禿のように前を切りそろえた短い髪、橙色の衣を纏っているが傷や汚れの目立つ顔は一見少年のようにも見える。
そして後ろで髪を束ねた少年は童と同じくらいの背格好。男に不満を漏らしている童より落ち着いているように見える。
彼らは主に使える者たちによって逃げられないように捕らわれ拘束されていた。
奥方であろうか、主の後ろに気位の高そうな女性が口元を扇で隠して立っている。
その目は明らかに侮蔑を男達に送っている。
女官たちの側には主の子供達も見える。
これから己らが人を斬るところでも幼き者に見せようというのか・・・
「人の皮を被ったなんとやらだな・・・」男は深く溜息をついて顔を上げた。
主と目が合う
男は自分を見下ろす主に向かって口を開いた
「これはこれは・・・私共に頭を下げて頼みごとをなされた時とは比べ物にならない扱いでございますな」
「西の宰相が病で身を引かれる事となった。お前のおかげで私は手を汚すことなく宰相の位を与えられる事となろう」
「それは喜ばしい限り」
主は男の言葉を気にすることもなく
「そう言えば、病の呪詛をかけるようお前に申し付けた事はここにいるものしか知らぬ。そうだな?」
「左様でございますなぁ・・・」
「ここで一つ問題がある」
主は一歩前に出た。
「呪詛などという穢れに私が触れたと言うことは決して知られてはならぬのだよ」
「ほら!言わんこっちゃない。このおっさん最初からアタイ達に金を払うつもりなかったんだってば!」
「童だって『これで贅沢できる~!』って喜んでたじゃないか」
「なにそれ?記憶にないんだけど」
「童ぇ~」
「まぁお前たち、少し黙っていようか…」
男は微笑みかけると二人は固まったように口を閉ざしてしまった。
なにか術にかかったかのように動かない。
「さて、主様はいつぞやに交わした咎のことをお忘れになられましたか」
男は主の裏切りに動揺することなく話を続けた。
「私を謀ったときには・・・飲みほした咎があなたに返ってくると申し上げましたが」
「咎か・・・問題ない」
そう言って主は口から何かを吐き出した。袋に入った『液体』らしき物を笑いながら男に見せつけた。
「飲んでもない咎は意味がなかろう?」
男は飽きれたように深いため息をつき
そして笑いながら
「吐き出されましたか・・・大凡どこぞの似非術師にでも入れ知恵されたのでしょうが、そのような子供騙しは私には通用しませんぞ!」
言うが早いか、主が持っていた袋は弾けて液体は主に飛散した。
「『咎を飲む』とは形式的なものでございます。
主様が私を謀るであろうことは送り込んだ者の知らせにて承知の事、既にこの屋敷には皆々様にお楽しみいただける様々な仕掛けを施させていただいております。さぁお命が尽きるその刻迄、一座の饗宴をごゆるりと照覧あれ!」
男の目が妖しく光り、足元には幾重に紋章が広がる。
突然、男を捉えていた従者たちが黒い影に覆われ苦悶の表情を浮かべた。従者たちの体が発火し、動く事も出来ずに焼け炭となっていく姿を晒していく。
「まずは私の呪術をお目にかけさせて頂きました。
縛られたまま手を触れることもなく人が業火に包まれました。あな恐ろしや・・・」
「なんと・・・!」
「次なるはこちら『河の童』が周りの皆様から宝玉を取り出します。さぁ童、ご挨拶を!」
「待ってました!さっさとこの縄を解いて頂戴!」
自分たちの縛を解き、自由になった男が軽く手印を切る。
「呼ばれたからには名乗りましょう!西国浪花河の郷、河の童とお呼びください。どこにあるやら尻子玉、どうぞアタイにくださいなッ!と」
童が従者たちの後ろに回り込み全員を倒していく。
「はいはいおとなしくしてなって・・・せっかくの尻子玉が台無しになっちゃうじゃないかよ、アタイが全部頂くからおとなしくしてなよッ!」
童は従者たちの背後に掌を押し当てると、光る玉を体から取り出した。
尻子玉とも言われる宝玉である。
宝玉を抜かれた従者たちはそのまま倒れ込み二度と動くことはなかった。
「さて、そちらの女官たち、我らを獣であるかのように見ておりましたな。いまより皆様のお命、喰らいに参ります。
犬神、女官たちは任せた!」
呆然と見ていた女官たちはようやく身の危険を感じて橋の上を逃げ惑う、地面に描かれた犬の紋章から現れた白と黒の袴姿の少女『犬神』が女官たちの前に立ちふさがる。
「あらあら、これからが見物ですのにもうお帰りになられるのですかぁ?もったいない事でございますぅ!
口上をご覧になられないとは残念ですがそれもご縁でございます。せめてお見送りさせてくださいませ。無事にあちらに着かれますようお祈りさせていただきます」
柔らかくなびく白く長い髪と赤い瞳が女官たちを捉える。
犬神は従えている犬たちに命令する。
「さぁ、犬蠱達、お食事の時間ですよ、残さず食べてお仕舞いなさい!」
女官たちは宙から襲ってくる犬蠱に首を噛まれ、声を立てることなく絶命していく。
主は逃げようにも足が重く一歩も逃げることができない。ただその阿鼻叫喚の様を瞬きすることもできずに見ているだけであった
「童、みんなの命を取っちゃうの?」
「仕方ないよ・・・アイツらの後ろをよく見てみな」
少年は童に言われる通り従者や女官たちに目をやった。
彼らの背後に見える黒く漂う影・・・
「あれは・・・」
主だけではなく屋敷で勤める全ての者たちに咎が跳ね返ったのだ。
「呪返しは末代まで呪う・・・主の報いは屋敷の人達みんなが受けなければならない。
アタイ達だって師匠と一蓮托生、報いを受けて死ぬ時はみんな一緒。
ここで命を絶って人として送ってやるか、見逃して魂まで穢されて行く当てもなくこの世とあの世の狭間を漂うか・・・アンタも修練で見てきたでしょ?」
「でも・・・あの子たちは・・・」
「咎はあの子たちも見逃してはくれない。覚悟がないならアタイの後ろに下がってて」
突き放すような言い方をしながらも、童は少年をかばうように前に出て男や犬神たちの支援に回った。
奥方は男にさとられないように少しづつ後ろに下がっていた。
(自分は関係ない、全て主の企てた事-)
「なんてこと考えてたんじゃないの?」
「ひっ!」
奥方の退路を断つように構えている三人目の少女。
「奥様、ひどい事言うのね、私知ってるんだ、主を焚き付けたのはあなた・・・」
「そ・・・そんなことはしておりません!」
「そう?枕元であなたの主様が私に教えてくださったんだけど、」
奥方はキッ!と主を睨みつける。
(こんな若い娘まで寝所に連れ込むのか!)
「主様私の身体がよほど気に入ったのか・・・何でも教えてくれたわ、
聴きたい?お前の主様が何度も何度も私の中で果てたときの声を・・・欲望の塊が私の中に入っていく時の淫らな声を・・・」
「黙れ!穢らわしい小娘!」
叫び声が終わるか否か、
奥方の身体は背後から現れた大きなガマガエルに呑み込まれていた。
「如何でした?私が紡ぐ御伽話。全ては私の夢話。ご安心なさい、誰があんな醜い男と媾うものですか・・・
愚かな夫を疑ったままあの世に逝きなさい」
「ま・・・まて、助けてくれ・・・約束の報酬は払う・・・せめて私だけでも・・・」
主は泣きながら男に懇願する。
この男は子供達の身を先に気遣いしないのか、
子供達に目をやると恐怖に怯えて震えている。
そしてすでに呪いは子供たちにまで・・・
・・・救えぬとは哀れなことだ、
「私が助けてくれと頼んだら・・・あなた様は助けてくださいましたか?今までに一度でも命乞いをする者を助けたことがお有りだったでしょうか?」
「・・・」
「ひとつお伝えいたします。
西の宰相様におかれましては病に伏せられていたところ、なんと無事快癒されたとの事でございます」
「どういうことだ?」
「主様に仕えておりました蝦蟇蠱から此度の謀を聞かせていただいておりましたので、西の宰相様には少しの間おまじないにてお眠り願いまして、先ほどお目が覚められた由にございます」
「!」
「お約束違うこと無かりせばお望みどおり呪い奉らせて頂くところでございましたが、
やはりやはり主様は宰相の器にあらず、かくも残念な次第にございまする」
男は恭しく頭を垂れる。
その後ろには童、少年、犬神、蝦蟇蠱が従っていた。
「お前たち、ただの呪詛使いではないな」
男はニヤリと笑いながらわざとらしく頭を垂れて、
「主様は私めを買い被っておられる。
わたくしはどこにでもいるただの散楽師。
ただ、人よりも呪詛などを少々嗜む陰陽師でございます。」
「・・・子どもたちはどうなる」
薬師はまた溜息をついて
「ようやくお子様の事を気に掛けられましたか、
哀れな子達よ、かくもあざとき父の謀の為に幼い命を失うことになろうとは・・・
残念ながらお子様のお命、既に手遅れかと・・・」
「!」
主は子どもたちがいた方へ目をやった
そこには二人の幼い子・・・であったものが立っていた。
呪詛師は契約を違われたときの為に「呪返し」という術式を施している。
殆どの場合はかける呪詛を契約の主に返すのだが、今回は主の子どもたちに施していた。
主が最も苦しむ形で
腹中蟲を子供達に植え付けていたのである。
主人が裏切ることさえなければ発動はしなかったのだが。
目の前で腐っていく子どもたち。
失禁し、恐怖に怯える表情を父親に向けてか細い声で
「タスケテ・・・」
と懇願する。
「チハヤ、送ってあげなさい」
少年の体の周りに1匹の蛇がまとわり付いている。
チハヤと呼ばれた蟲毒の少年、蛇蟲は子どもたちの脇に立っていた。
が、微動だにしない。
震えている。
「なぁチハヤ、わかってるんだろ!もう呪いが体に入っちまってるんだ。その子たちはもう助からないんだよ!だったら・・・」
「でも・・・」
「チハヤ、アンタはアタイの子分だもの。できるよね?アンタの手で見送ってあげるんだよ」
「童・・・」
童は黙ってチハヤに向かって頷く。
「師匠、もう大丈夫だよ、チハヤがちゃんとあの子たちを送るから」
「うむ」
チハヤは子どもたちの顔に手をかざして、目を閉じさせた。
「ごめんな・・・すぐ楽になるから」
しばらくして動かなくなった子どもたちを包むように蛇が大きく口を開けて飲み込む。
子供達は蛇の体内で消化され、小さな命が消えていく。
一人残された屋敷の主は狂ったように嗚咽し男に懇願する。
「た・・・助けて・・・くれ!金はいくらでも払う!私、私だけでもっ!」
「お師匠様ァ・・・もういいよねェ?このおじさんのお喋りが無様すぎてボク聴きたくないよォ」
主の後ろから新たに現れた瑪蝗蠱の声が聞こえる
断末魔の叫びを上げながら主の体中の穴という穴から蟲達が這い出て来る。
蟲は主の身体を食い破り、皮膚、筋肉、臓物を食いつくし、やがて骨だけの姿になっていった。
体中に小さい髑髏を飾り、骨となった主の姿を愛おしく見つめる病んだ瑪蝗蠱の瞳が。
「瑪蝗蠱、ご苦労様」
「えヘヘ、またお師匠様に褒められちゃった!」
蝦蟇蠱は男に頭を撫でられて喜んでいた。
屋敷の者たちはみな送られていった。
何事もなかったかのように静まり返る屋敷の中、
蛇蠱は子どもたちのいた場所に座っていた。
自分と同じくらいの子供の命を奪うことには抵抗がある。
「やっぱり、頭では分かってても、体が動かないんだね」
「?!」
童がチハヤの側に座っていた。
「あの子達は親に殺されたようなもんだ、アタイ達を甘く見てた。
でもアンタは違う。師匠が守ってくれる。そしてアタイ・・・アタイ達がいる!だから・・・強くなれ!」
そう言って童は照れくさそうにその場を離れた。
亡くなった者たちを弔い、そして屋敷を出る。
この屋敷の金品を約束の報酬分だけ戴き、あとは張っていた結界が解けると、この屋敷と共に消えることになるだろう。
散楽師たちは後ろを向くことなく都の喧騒の中に消えていった。
前奏~呪返し、了
◆ 次の話へ
各話索引
前奏
第一帖〜蛇
巻之壱 「蛇払い」
巻之弍 「禁足の地」
巻之参 「記憶」
巻之肆 「祠の奥」
巻之伍 「天羽々斬」
巻之陸 「童の闘い、千早丸の闘い」
大詰め
幕間狂言 壱
第弐帖~刀骸
巻ノ壱 「旧き疵」
改訂
※2024/5/23 蛇蟲に名前が与えられましたのでチハヤに統一しました。
#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門
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