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帝殺しの陰陽師〜第壱帖 蛇〜 巻之弍「禁足の地」


とが

「マキビ、大変なことになったわ!」
蝦蟇蠱が屋敷に戻って来た。
「どうした?峠の道が崩れでもしていたか?」
「あ、そうなんだけど・・・もしかしてわかってたとか?」
「まぁ、そうだろうなと」

 マキビの想定通りであった。先の地震なゐふるで崩れたのであろう。
そらからの出入りはどうだった?」
「無理ね、飛んでは見たけどこの屋敷辺りを中心に強い『負の結界』が形成されてる。マキビでもすぐに解除できるかどうか・・・」
「負の結界か・・・どうやら私たちは『禁足の地』に誘い込まれたのかもしれない」
「禁足って、まさかこの村は・・・?」
「見てご覧」

 マキビは先の硝子玉を蝦蟇蠱に見せた。
童が楽しそうに話をしている。
おそらく部屋の中で披露できる芸を見せているのだろう。
童は時折少年の両親とも話をしているように見えるが、

「おかしい・・・」
「どこが?」
「いま、あの部屋に童たちを含めて何人いるの?」
「四人の筈だ」
蝦蟇蠱の顔色が曇る。
「いないの・・・童しかいない!・・・千早丸とか言っていた子も両親も映っていないの!」
「わかるな、ここの民は・・・」
「じゃぁ、童があぶないっ!」
「待ちなさい!」

 部屋に入ろうとした蝦蟇蠱の腕をマキビは掴んで引き留めた。
「どうして?童が殺されるかもしれないのに?」
「あの者たちは童の命を狙うことはない。童の能力ちからを信じるんだ!」
「なゐふるの時に庇おうとしたから?それも仕組まれた事だったら?」
「彼は私が術式を使えるとは知らなかったはずだ。それでもあの行動に出た、と言うことは」
「守ろうとしている・・・なぜ?」
「蛇は水神の使いだからな、河の民である童に惹かれてもおかしくはないが・・・」
「でも、あの子の痣は水神というより凄く禍々しいものだったわ、マキビが押さえこむまでは」
「あの子の身体に残っていた蛇のような痣・・・大蛇おろちよって穿たれたとがだ・・・」
「大蛇って・・・八岐のナントカみたいな?」
「頭はひとつだろうがな、大蛇と呼ばれる類の怪異で間違いないだろう」
「大蛇がこの村を乗っ取ったの?・・・」

 マキビはその問いかけには答えずに硝子玉を見ていた。

 咎・・・術師が呪詛をかけることで穿たれる印、もしくは呪いそのものを指す。異能をもつ高度なあやかし達の中にも呪う相手に咎を穿つことが出来る者がいる。

「蝦蟇蠱、私は主の部屋に行く。お前はあの子の両親を呼んできてくれ。童の側から離れるな」
「姿が見えないってことはない?」
「いや、さっきと同じように目には見えるはずだ。そして・・・」
 マキビは蝦蟇蠱の耳元で小さな声である指示を出した。そして、
「何かあったら『早耳はやみみ』で教えてくれ」
「承知・・・」
そう言ってマキビは主の部屋へ向かった。

「さて、うまく芝居できるかしら。私、踊ることにしか興味がないのだけれど・・・」

ふたり

「それっ!よっと!」
「うわぁ!すごい!」

 童は千早丸の側で芸を披露していた。
いつもは日銭を稼ぐために芸を見せているのだが今は一人のために。
それでも童は千早丸が目を輝かせてながら見てくれることがとてもうれしい事であった。
 部屋の中なので飛んだり跳ねたりの大立ち回りは出来ないが、それでも鞠や扇を使って芸を見せると千早丸は大層喜んでくれた。
 千早丸の両親も楽しんでくれているようだ。

「千早丸が元気になったら外でもっと派手な出し物を見せてあげるよ」
「うん、早く見たいな!」
「童さん、本当にありがとうございます。この子が無事でいるのもあなたとあなたのお師匠様のおかげですね」
「あ、アタイはこんなことしかできないと言うか・・・ただ賑やかしてるだけだから」
「そうね、病み上がりの子に見せるにしてはいつもより張り切っているようじゃない?」
「蝦蟇蠱!」
 蝦蟇蠱は部屋に入る前に少しだけけわいをしていた。
先より妖艶さが引き立っている。
 蝦蟇蟲は童の隣、布団から起き上がっている千早丸に目を向けた。
硝子玉を通してみた時と違い、彼女の眼には確かにこの少年の姿が映っている。
「先ほどはこの童の遊戯をお愉しみ頂き、ありがとうございます。この子は幼きころから私共一座と寝食を共にし、芸を磨いてまいりました。まだまだ拙いところはございますが・・・」
「うるっさいな!」
「フッ・・・同じ年頃のお子と語らうのも初めての事、この子にとっても楽しい時を過ごすことが出来たのでしょう・・・ね、童?」
「ま・・・まぁね」
 童は蝦蟇蟲が明らかに自分を揶揄っていることが分かったので不機嫌そうに答えた。

 蝦蟇蟲は両親の前に座り深く頭を下げる。
「これよりは私の演舞をしばしお楽しみくださいませ・・・」
「でも蝦蟇蟲、わたし楽器が使えないけど・・・」
「歌っておくれ。そうだね、大陸の昔話でも・・・『白蛇の妖恋』がいいかしらね」

 母親は「蛇?」と狼狽えたようで手に持っていた茶碗を床に落としてしまった。
「どうされました?」と蝦蟇蟲が問う。
「いえ・・・お気になさらず・・・」
「では」

 蝦蟇蟲はスッと立ち上がり、童の唄に合わせて舞い始めた。
蝦蟇蟲の透き通った肌、時として妖艶に舞う姿を童の透き通った歌声が柔らかく絡み合う。

 『白蛇の妖恋』、大陸に昔から伝わる人間の男性と女性に化けた白蛇の妖怪の悲恋の物語。散楽では貴族や朝廷への風刺が演じられるため二人の仲を裂こうと法力を持った禅師が悪役となり、白蛇と禅師の格闘を演舞で表現し、二人はめでたく結ばれる演出が多いのだが・・・
 蝦蟇蟲は数多ある解釈の中から禅師の姿をした白蛇使い、白蛇が化けた男、人間の女を演じ分け、異能使いと男が禅師を倒す物語を舞で演じた。

 千早丸は蝦蟇蟲の舞と童の唄に見惚れ、自分が物語の中に入っているかのような感覚で見入っていた。
 少年の両親は悲しそうに、時には涙しながら見ていた。

少年が背負ったもの

 蝦蟇蟲の舞が終わった。
歌い終わった童は喜んでいる千早丸を見て感極まったのか一筋の涙を流していた。
「童、お客様の前です!」
蝦蟇蟲に諭されて童は涙をぬぐい揃って三人に深く礼をする。

「お二人とも素敵でした!」
 千早丸は心からの拍手を送っていた。彼の両親は顔を伏せ、体を震わせていた。
「やはり、あなたたちにはお分かりなのですね・・・」
「はて、私は艶やかな舞を披露させていただいただけ。物語に想いを馳せられることはよくある事でございます。お心を癒すことが出来れば幸いにございます」
 蝦蟇蟲は深く頭を下げ、そして
「そろそろ村の主様と我が師匠がお二人をお呼びでございます。どうぞ主様のお部屋にお越しくださいませ。話すべきことはわが師匠に・・・」
と二人に促した。

 部屋に残された三人、童は何かを言いたげな顔を蝦蟇蟲に送っている。
「さて、少年。君に聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
「少年はこの童の事をどう思っておる?」

 童はこの唐突な問いかけに顔を真っ赤にして
「がっ!蝦蟇蟲ッ!いきなり何変なこと聞いてるのよ?!」
「そう?では少し遠回りだけど・・・少年は主のもとで奉公してどれくらいになる?」
「まだ三月みつきほどでしょうか」
「そう・・・では少年、少年はこの童の事をどう思っておる?」
「だからなんでそれを聞くわけ?!」
「あら、まだ聞いちゃダメ?」
「この先もずぅーっとダメ!」

「まぁ、童も気になると思ったのだけど・・・仕方ないわね。
普通奉公と言えば口減らし、よその町に預けられるのが常だと思うのだけれど・・・どうして?」
「それは・・・主様の奉公人がいとまを取ったので・・・」
「主に請われて?」
「今年は田畑の実りが少なく・・・主様の所で奉公すれば家が楽になると思って・・・なにかあれば家に戻っても良いとの事でしたので・・・それで」

「奉公人は少年ひとり?他には?掃除も食事の支度も全部少年一人でやっているの?」
「なんとか・・・」
 千早丸は震えながら答えていた。
「落ち着いて、あなたを責めているのではない。この村に入ってからずっと違和感を感じていた。この村に来てからというもの、私たちはこの少年以外の子供を見ていない」
「!」

 千早丸の顔が曇った。童も手が震えていた。
「収穫が少ないのに、夕べからたくさんご馳走がならんでた・・・
おなかいっぱいになったけど、あれって・・・」
「知らない・・・わからない。何言ってるの?あれは僕があなたたちのために・・・」
「料理をした記憶がある?米を炊き野菜や魚を捌いたの?ひとりで・・・」
「え?」
蝦蟇蟲の問いかけに千早丸は言葉に窮した。

”タスケテ・・・”
 千早丸の頭の中で何かが木魂する。
”父サン・・・母サン・・・ドコニ行クノ?ヒトリデ死ヌノハ嫌ダ・・・”
「嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!どうして誰も助けに来てくれないの?!」
 千早丸は錯乱しているかのように頭を抱え叫んでいる。
童が千早丸の名前を呼び続けても収まる気配はない。

「うわぁぁぁぁぁぁッ!」
 卒倒する千早丸を蝦蟇蟲が支える。
「少年、大丈夫か?」
「童・・・さん、に、げ、て・・・」
「え?!」
「逃げて・・・アイツの狙いは・・・君だ!」
「何ッ!」
 蝦蟇蟲の体にズシンという衝撃が走った。
また"なゐふる"か?と考えたが揺れは感じない。
むしろ自身の内側から突き上げてくるような衝撃であった。

 突然、千早丸の体から黒い靄が立ち上り渦を巻いて蝦蟇蟲に襲いかかる。視界を奪われ童を護ることができない。

「きゃっ!」童の叫び声が聞こえた。
「童!」
「体が・・・動かせな・・・!」
 蝦蟇蟲は気を集中して童の気配を感じ取ろうとしているが
「童・・・どこ?!」

 ほんの一瞬であった。部屋中を覆っていた黒い靄が晴れたときには童の姿が見当たらなかった。
「しまった!攫われた!」
 少年のうめき声が聞こえた。蝦蟇蟲は急いで倒れている千早丸を抱き上げた。
息が荒く顔面が蒼白になっている。
 蝦蟇蟲が服を脱がせると胸から腹部にかけて描かれていた蛇のような痣があとかたもなく消えていた。
今にも消えてしまいそうな弱弱しい息をしている。
「あの痣があなたの命を繋ぎとめていたのね?そうなのね少年?!」
呼びかけに千早丸は答えない。

 蝦蟇蟲は目を閉じて考える。マキビを呼んでいる時間はない。
「童には悪いけど、この子を食べちゃうしか・・・ないか」
 蝦蟇蟲は深く息をして大きく吐き出した。

「私の中のガマコ・・・出ておいで、この男の子を平らげておしまい」

 蝦蟇蟲が仰け反ると美しい少女の口が真横に大きく裂けるように広がり、パックリと割れた大きな穴から口よりもはるかに大きなガマガエルが吐き出されるように出てきた。

ガマガエルは千早丸を頭から喰らいつき、一気に飲み込む。
 小刻みに震え喘ぐ蝦蟇蟲、ガマガエルを通して伝わってくる感触に身悶える。果てるようにその場に横たわり荒い呼吸を鎮める。
「う~ん・・・やっぱり女を知らない男の子の身体は舐めまわすだけでも美味だわ・・・このまま私のものにしちゃってもいいんだけど・・・」
 蝦蟇蟲は恍惚の表情で舌なめずりをしながら、少年を飲み干した感触を愉しんでいる。
しばらくして蝦蟇蟲の口が再び大きく開ろげ、ガマガエルは再び彼女の腹の中に戻っていった。

 我に返って起き上がると蝦蟇蟲はマキビがいる部屋には向かわず、屋敷の外へ駆け出した。

"何かあったらこれを使ってくれ"
 マキビから渡された焔の鳥が描かれた式神を手に広げ目を閉じて印を結ぶ。

「急がないと童を泣かせてしまうわ・・・少年、お願い・・・童の所へ連れて行って!唵・・・迦楼羅カルラ!」

 蝦蟇蟲は召喚した式神『迦楼羅』と共に空高くまで翔びあがった。
河の民である童と水神のえにしを頼りに、わずかに漂う童の気配をたどって空を駆け抜けていく。

巻之弐 了

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