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帝殺しの陰陽師〜第壱帖 蛇〜 巻之参「記憶」

村人たちの記憶

 主の部屋に向かう・・・
マキビがその部屋に入るのは二度目である。
外から声をかけて扉を開ける。
昨日招かれて初めて入った時と比べると全く異なった印象を感じた。
ななか落ち着かず、部屋の空気も澱んでいる気がするのは気のせいか・・・

 見渡してハッとしたのは、部屋には主のほかに既に千早丸の両親も座っていたことであった。
硝子玉で見ていた時には確かに姿は見えていなかったが、童には見えていたはずである。

"刻が巻き戻されたのか、はたまた如何なるまやかしであろうか"
三人からは敵意は感じられない。種明かしは向こうからしてくれるであろうと、マキビは特に警戒することもなく部屋に入った。

「もう、お分かりでございますな」
主がいきなり切り出した。

 マキビは主の問いかけに答えることにした。
「人の理解を超える奇怪で常ならぬこと、吉事であれば和魂にぎみたま、凶事であれば荒魂あらみたまとよばれる因習、迷信がございます。
祀ること叶わぬ故に捨てられし荒魂を昔からあやかし、あるいは物の怪もののけと申します」

そう言って懐から先の硝子玉を手に取った。
「さて、この硝子玉、私の蟲術にて真の姿を映し出す怪しき式神。こちらを通すと皆様の御姿が見えないのでございます」

 マキビが手を離すと硝子玉はふわりと宙に浮き、主達の目の前で止まった。
硝子玉はゆっくりと部屋の中を回りながら映し出している。
マキビ以外の姿は映っていない。

「私の読みが正しければ、皆さまは既にこの世のお方にあらず。
御霊のみがこの地に留まることを強いられておられると・・・
お話しください。皆様とあの少年に起こったことを」

「もう、宜しいですね」
少年「千早丸」の母親であった。
「おっしゃる通り、この村の者に生きているものはおりません。みな厄災の日に・・・」

 この村では朔の日に荒魂を鎮めるための祭祀さいしを欠かさず行っていた。
荒魂を鎮めることで厄災を祓い豊穣と平安を招き、和魂と変える祭りである。
 村は強い結界に護られ、余所人が入ることのできない聖域でもあった。
ただ、外部から神職を招き入れるために結界が解かれるため祭祀の時のみ人が往来できるのだ。

 ある朔の夜神事が行われたのだが、神職が荒魂を祓わず、村に解き放ってしまったのだ。

 神職の正体は漆黒の蛇であった。
蛇は荒魂を取り込み大蛇となって村を襲った。荒れ狂うような大嵐は川を水で溢れさせ逃げ惑う人々を飲み込んでいった。
 村人も、祭りに訪れていた人たちもすべて大蛇の糧となってしまった。
 大蛇は強い『負の結界』を張り亡くなった人たちの魂も逃げられないように閉じ込めてしまった。魂だけとなった村人は偽りの肉体を与えられ、
刻の流れの存在しない結界の中で永遠に漂う存在と化してしまった。
 大蛇は人を喰らうために時折結界を解いて街道を通る人たちを迷い込ませては喰らい続けていた。

 何年、何十年同じことが繰り返されてきた。

 あるとき、結界が解かれ五歳くらいの子供を連れた若い夫婦が村に迷い込んでしまった。
この三人も大蛇への贄とされた。

 最初に男が大蛇に飲み込まれ、次に女が大蛇の犠牲となった。
女は我が子を隠し、逃げ延びることを祈りながら大蛇に食べられてしまった。
『千早丸、生きて・・・』と叫びながら。

 三人を大蛇に差し出そうとしていた村人夫婦がその子をかくまった。この夫婦には子供がいなかったことがそうさせたのかもしれない。
大蛇には逃げたと嘘をついた。
千早丸は目の前で親が無残に命を奪われたことで心を閉ざしてしまっていた。
 それでも夫婦はこの子を育てようと決めた。
義父である村の主も千早丸を匿ってくれた。
 贖罪なのか情が生まれたのかはわからないが、刻が止まったままのこの村に変化が訪れたのである。
 だが千早丸の存在は大蛇の知るところとなった。
大蛇は千早丸を見つけ出しその体に黒く禍々しい蛇の痣を刻み込んだ。
黒い痣は千早丸の身体を蝕みついにはその命を奪った。
大蛇はこの夫婦を利用するために魂を痣に繋ぎ止めた。

”コノ子供と我ハ黒キ痣デ繋ガレタ・・・次ニ裏切ッタ時ハコノ子ノ魂ヲ喰ラッテヤル・・・”

 そうして村人たちは朔の夜ごと、旅人を迷い込ませ続けることとなった。

とある少年の記憶

蝦蟇子の腹の中で少年は体を丸くしていた。
まるで母親の胎内に戻ったかのような安らぎが少年を包んでいる。

 少年は夢を見ていた。
それは忘れ去りたいと願う忌まわしい記憶であった。

 父さんが大きな蛇に頭から喰われた。
母さんは僕の身を岩陰に隠して大蛇の正面に立っている。
『千早丸、生きて・・・』
それが母さんの最期の言葉だった。

 僕たち三人と洞窟に入った男の人が僕を大蛇に見つからないようにしてくれている・・・

「ヒトリ・・・イナイ・・・」
「あ・・・子供ならさっき逃げていきました!」
「ソウカ・・・ナラバ、今宵ハココマデダナ」
そう言って大蛇はねぐらに帰っていった。

 僕は男の人に連れられて村に戻った。

父さんも母さんももういない。どうして助けてくれなかったの?
どうして僕も一緒に連れて行ってくれなかったの?

 目の前で父さんと母さんが喰われたのだ。
僕は誰にも心を開くことが出来ずにいた。

 この村の事を刻が止まった村、と男の人は呼んでいた。
確かに・・・おなかが減らない。食べたいとも思わない。
 男の人と一緒に暮らしている女の人が僕にやさしくしてくれるけど
誰とも関わりたくない。

 体を洗ってくれた。服を洗ってくれた。
まるで父さん母さんのように。少しづつ二人に心を開くようになった。
 いろんな話をした。外の世界の話をした。
そうして二人の事を父さん母さんのように思えるようになった。

 ある朔の夜、僕は死んだ。
大蛇が僕を見つけて襲ってきたのだ。
大蛇が僕の身体に黒い蛇の痣を焼き付けると体から血がボトボトと零れた。
地面が血で赤く染まり、僕は力尽きて倒れた。
僕は初めて二人の事を「父さん、母さん」と呼んだ。

 大蛇は僕を喰らおうとはしなかった。
泣き崩れる二人に大蛇は裏切ったら僕の魂を喰らうと言った。
 大蛇は僕を最初から逃がすつもりはなかったのだ。
僕たちが家族のようになったころを見計らって裏切ることが出来ないように
そして大蛇は僕の身体にとがを打ち込んだ。
僕も二人と同じ止まった刻の中を漂う存在になった。

 そうして僕たち三人は偽りの家族を続けることになった。
村の主の屋敷に獲物を誘い込み、大蛇の元へ僕が届ける。
大人も・・・子供も容赦なく・・・

 そして昨日の事だ。
主の元に旅の人がやってきた。
散楽を生業に旅をしている人たちらしい。

 男の人に連れられた小さい女の子がいた。
おかっぱ頭で元気そうな子だ。
きっとこの人たちも大蛇に喰われる。
僕はただ言われた通りにするだけだ。たいしたことではない。

 でも出来なかった・・・
 地震なゐふるの時、僕は護らなければ、という気持ちを抑えることが出来ずに女の子に覆いかぶさった。

 大蛇が僕の行動を許すわけがなく蛇の痣に刻んだ"とが"で僕を苦しめた。もしかしたら魂を抜き取るつもりだったのかもしれない。
 でも散楽師が僕を助けてくれた。
女の子が(この世界の)父さんと母さんを連れてきてくれた。
ふたりとも泣いていた。

 その女の子は僕を元気づけようといろいろな芸事を見せてくれた。
部屋の中だ、大きな技を見せてくれるわけではないけど僕を楽しませようと頑張ってくれた。
 そうだ、この子を守らなければ・・・
どうしてそんな気持ちになるのだろう。
昨日初めて会ったはずなのに・・・

 そうだ、思い出した・・・
僕はこの子と会ったことがある。
 僕は高い空を飛んでいる夢を見たことがある。
雲の上をなによりも早く・・・

 その時だ。僕よりもっと高いところから悲鳴を上げながら落ちてくる女の子がいたんだ。
 そのまま地面にぶつかったら助からない。
僕は急いでその子の元へ飛んで行った。
女の子が落ちる速さに合わせて僕も落ちていく。
伸ばした手が女の子の手を掴む。
それは間違いなくあの子だった・・・

そうだ!僕が助けるんだ!

とある童の記憶

 大蛇のねぐら・・・
洞窟の奥まった所、一段高くなった岩の上に攫われた童が横たわっていた。
 童は夢を見ていた。
それは昔、マキビ達と出会った頃、修練と称して鍛えられていた時の事だった。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 何もない、何も見えない雲の中のように真っ白な空間。
ただ落ちていく感覚だけが襲う。
修練だとか急に言われて放り込まれたのがここ!

「落ちる!怖い怖い怖い怖い!お婆ぁ助けてぇぇぇぇぇぇッ!」
「こら童、目を開けないか!そのままだと地面に激突するぞ」
 どうしたらいいかわからずバタバタしている童を横目にマキビは悠然と自由落下を愉しむように余裕の表情を見せている。

「そんなこと言ったってどうすればいいのさ!」
「空を飛ぶ自分を頭に描くのだ、想像できなければ飛ぶ事どころか浮かぶこともできないぞ。では上で待っておるから飛び上がって来たまえ!」
そう言ってマキビは童から離れて上昇していった。

「うそでしょ!無理無理無理無理ぃッ!」
 だんだんと靄もやが晴れて真下に地面らしきものが見えてきた。
落下するにつれて下界が詳細に見えてくる。このままでは地面に激突だ。「やだ…死にたくない…落ちないで…落ちるなアタシぃッ!」

 手足をバタバタと動かしていると手に何かが絡まったような感覚があった。すると落ちていく感覚が薄らぎ、体が軽くなったような気がした。
恐る恐る目を開けるとふわりと浮かんでいる事に気がついた。
少しでも体を動かすとまた落ちるのではないかと体が強張る。

"大丈夫…童は強いから…"

 頭の中に語り掛けてくる声…
何かを掴んでいる感覚はあるものの、あたりを見回しても誰もいない。

「誰?どこかで見てるの?」
"今は…童に助けられて…ばかりだけど"
「は?!何の事?」
 童の目の前にぼんやりと腕をつかんでいる人の姿が見える。
”いつか童を守れるようになるから!”

姿かたちだけではあるが童より少し歳上の少年のようだ。

"飛べるって想像して…"

 そう言い残して少年の姿も声も消えてしまった。

見上げるとはるか上にマキビがいる。

「あそこまで飛べっていうのね・・・飛んでやるわよ、見てなさいよッ!」
 童は空高く飛ぶ自分を頭の中で想像した。
足元に力が漲みなぎる。
空を見上げると童の身体は急上昇し始める。
どんどん加速していく。
 童はマキビの元まで飛んできたのはいいが今度は空中を一定の高さで留まっていることが想像できず、そのままマキビを通り過ぎてさらに上昇していく。

「ほほう、村長むらおさの血族故、見込みはあるとは思っていたが…どうしてどうして、面白き事になりそうではないか」
 マキビは上昇を続ける童の腕を取り、同じように上昇していく。

「でもさぁ!どうやったら止まるのよぉぉぉぉぉぉッ!止まらないよ!どうしたらいいの?わけわかんないんだけどぉぉぉッ!」

「強い風も荒波も次第に収まる!穏やかな風やさざ波を頭に浮かべてみなさい」
「風?…」

"そう…優しく頬を撫でる風みたいに・・・"
 マキビの手を握っていたはずなのだが、その先に見えたのは童に微笑んでいるさっきの少年だった。

相変わらず顔ははっきりは見えないが、童は少年の声を素直に受け入れることができた。

「優しい風…」

 ふわりと体が浮かぶ。
童は両手を伸ばしながら握った手の先を見る。

"もう、大丈夫だね…"
少年の顔が次第にマキビに変わっていく。

「ゲッ!アンタだったの?」
「アンタとは随分な言い方だな」
「でも・・・こんなゴツゴツした手じゃなかったんだよね・・・」
「わるかったな」
「アハハハ、まぁ怒らないでよ。」

マキビの問い詰めを誤魔化しながら、童は少年の手の感触を思い出していた。

"待ってる・・・"
 耳元で少年の声が聞こえたような気がした。

”誰か分かんないけど、アンタのおかげだよ。
待ってな、今度はアタイがアンタを見つけ出してやる!”

託されたもの

「では、あの少年と大蛇の命は繋がっていると?」
「はい。大蛇が死んでしまいます・・・」
「身体の痣は?」
「私たちが大蛇を裏切ることが無いように刻まれたものです。
あれが消えてしまってもあの子は・・・」
三カ月母親の代わりとなって育ててきた女は泣き崩れた。

「私たちにはあの子をこの忌まわしい呪縛から助けてやることができません。どうか、どうか・・・」

 三人の村人はマキビに深く頭を下げて千早丸の救済を願っている。
だが、どうすれば
「そういえば、なぜあの大蛇はこの村を襲ったのでしょうか?」
その問いに主は席を外し大きな木箱を抱えて戻ってきた。
「おそらくは、これを求めていたのではないかと・・・」

主が持ってきた箱は三尺ほどの長さの木箱に幾重にも封印がされておりマキビでも箱の外から中身を知ることは出来ない。

 マキビは邪な者に気取られない様部屋に光の結界を張り、封印をひとつづつ読み解き取り除いていく。
 最後の封印を取り除くと「パチン」と大きな音がして木箱が開いた。
中に収められていたのは錆びた古い剣。形を留めてはいるが刃は欠けており触れただけでボロボロになってしまうほど傷んでいる。

「大蛇に剣、まさかこのような所で相見あいまみえることになるとは・・・」
 マキビが思案していた時に蝦蟇蟲から”早耳”が届いた。
三人には聞こえない声がマキビの頭に響く。

”ゴメン、童が攫われた”
「謝ることはない、童はきっと無事だ」
”あと、千早丸って子の事だけど・・・”
「どうした?」

”食べちゃった”
「食べ・・・たのか?」
”そう、頭からパックリ、ダメだった?”
「蛇の痣は?」
”消えていたわ、そのせいで死にそうになっていたからやむなく”
「蛇の気配は?」
”この子からわずかに感じる。今それを追いかけてるところ!”
「そのまま追ってくれ、私もすぐに行く」
マキビは千早丸を助ける策が見つかったのかニヤリと笑った。 

”策が見つかったなら早く来て、もうすぐ生まれちゃうわよ!”
「生まれるって?」
「私の赤ちゃん、きっとかわいい子よ」
「あのなぁ、童と少年の命がかかっているときにお前と言うやつは」
"だって、童は大丈夫なんでしょ?なら、あなたは私を守ってくれればいいのよ"

「そうか、そうだったな・・・」
”じゃぁこの早耳が案内してくれるわ。穢されたご神木の側に祠があるわ”

マキビの表情で察したのか、夫婦がマキビの手を握り懇願する。
「どうか・・・大蛇の因縁を断ち切ってください」
「それがどういう意味かはお分かりの上で仰っておられるのですね」
「もう終わりにしたいのです。大蛇との因縁も、この村も」
「でも・・・できればあの子だけは、助けてあげたいのです」

 短い間であったとはいえ若い夫婦にとってはかけがえのない時間であったに違いない。たとえそれが偽りのものであったとしても、想いは真のものであったのだ。

「必ず、戻って来ます・・・」
 マキビは木箱を受取り屋敷を後にした。

 大蛇を倒すことは出来る。あとは少年の魂を身体に繋ぎとめる手立てだが、
「童、お前が頼りだ、唵・・・韋駄いだ!」
 マキビは『早耳』に引き寄せられるように祠に向かって駆けて行った

巻之参 了

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