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帝殺しの陰陽師〜第壱帖 蛇〜 巻之肆「祠の奥」


黒蟒(こくぼう)

 朽ち果てて崩れそうな大きな社、一葉もなく枯れてしまった神木。
その傍らに山に穴を開けたような小さい祠があった。
入口をくぐれば子供なら屈むこともなく通ることのできる暗く長いその先には十丈はあるかと思われる広大な空間が広がっていた。

 祭壇のように一段高いところに童は横たわっていた。
高い天井から滴がポタリと童の頬に当たる。

「う・・・うぅ・・・」
 意識が戻った童は上体を起こして辺りを見回してみた。
湿気を帯びた空気が体に纏う。薄暗く周りに何があるのかはわからない。

”暗くて何も見えない時は動かず、身を守ることに集中しなさい”
「師匠が言ってたからなぁ・・・迎えに来てくれるまでじっとしておいた方が良いよね」

 そばに誰が居るという訳でもないのに常に誰かがいるような気がするのだ。
「あの時の子かな・・・」
 童は夢にも出てきた少年が此処にいるような気がしていた。

不安ではあるが恐怖は感じていなかった。
師匠がいる、蝦蟇蟲もいる。それに・・・
「あの子を見つけるまで死ぬわけないもんね!待ってるって言ってたもん!・・・言ってたよね・・・」

 やはり怖いようである。

「あ〜っ!師匠早く助けに来てよ!やっぱり怖いよ暗いしジメジメしてるし頭がおかしくなる〜っ!」

「煩イ小僧ダナ、静カニセイ!」
 声が反響してどこから聞こえてくるのかはわからないが女の声が響く。
童はビクリとして声の主を探すが漆黒の中にその姿を見つけることができない。

「アンタ・・・何者よ?」

 会話のできる相手なのか、童は相手を探ろうとしていた。
すぐに童の命を奪うつもりはなさそうだ。もしそうであればここに連れて来られた時にすぐ殺されていたであろう。
 とにかく今はマキビたちの助けが来るのを待つしかない。

「ワタしハ、黒蟒コクボウ、オマえたチが大蛇と呼ぶ蛇だ」

 黒蟒の言葉が次第に聞き取りやすくなってくる。
言葉を相手から学んでいるのか

「アンタが村の人を喰ったの?」
「そう」

「アタイを捕まえて何をしようってのかな?」
「お前を千早丸の代わりにするの。お前があの子の代わりに私に贄を用意するの、簡単でしょ?」
「嫌だって言ったら?」
「そうねぇ、あの子を喰ってしまおうかしら」
「マジ?」
「そう、マジ・・・」

 贄を用意できれば良いのだから童であろうがあの少年であろうが黒蟒にとってはどちらでも良いのだろう。

「それにしても、お前、怖くないのか?」
「怖いよ」
「そうは思えないが」

 声がだんだんと近づいてくる・・・
少しづつ暗闇に明かりが灯り声主の姿が見えてくる。

「暗くてどこから聞こえてくるかもわかんないし、アンタがどんな図体してるかもわかんなーいーかーらぁぁぁぁ!」

 童は口をあんぐりと開けて声の相手をゆっくりと見上げていた。
蛇とは言ってもせいぜい十尺程度の大蛇だと思っていたのだが、
黒蟒は童の正面間近にその顔を寄せており、それからその鎌首を高く持ち上げた。三十尺はあろうかという巨大な姿であった。

「どうした、声が出ぬか?せっかく見えないと言っておるから見せてやったのに」
「で・・・でか・・・」
 黒蟒が体にすり寄ってきて童は気を失いそうになる。
「おねがいだから寄ってこないでもらえるかなぁ・・・ぬるぬるしてるんだけど」
「何を言っておる、これからずっとここで暮らすのじゃ、慣れねば先が思いやられるわ」
「マジ勘弁、アンタはここでいいけどアタシは外で住むから。どーせこの村から出られないんでしょ?!」

「いいわよ童、アイツの気を引いといて・・・」
 祠の中に入った蝦蟇蟲は黒蟒と童のやり取りを見ながら攻撃の時期を見計らっていた。
互いの気配は感じ取っているはずである。いままで何度も修練で鍛えてきた。
 だが今、蝦蟇蟲の腹の中には千早丸がいる。うかつに近寄ることができない。せめてマキビが合流するまで・・・

「そこにいるのか?チハヤ!」
 黒蟒が蝦蟇蟲の気配に気づいた。
蝦蟇蟲は急に体が締め付けられる感覚に襲われた。
祭壇のある所まで地面を引きずられる。

 転がるように地面に放り出される蝦蟇蟲。
童も黒蟒に巻き付かれて動けなくなっていた。

共闘

「蝦蟇蟲・・・大丈夫?」
「童は・・・自分の事心配しなさいよ。食べられちゃうわよ」
「ん-とね、コイツアタイの事食べないって」
「どういう事?ジャリガキは未熟すぎて過ぎて旨くないとか?」
「ムカッ!このデカい蛇に捕まってなかったら今すぐにでもぶん殴りに行ってるとこなのに・・・イテテ!離せってば!!」

 黒蟒はさらに童を締め付ける。
「ええい、二人ともうるさい!いっそお前たちを殺して魂だけ喰ろうてやろうか!」
「それだけは・・・マジで勘弁!」
 童は目を閉じて小さな声で何かを唱え始めた。
(お婆ぁ・・・力を貸して!)

「サラスヴァティー!聖なる河よ、この戒めからアタイを自由にしなさい!」

 その言葉を唱えると童の身体は透明な水のように形を変え、黒蟒の身体をスルリとすり抜けた。
その水は地面に流れ落ち、丸くなりながら蝦蟇蟲を取り込み、黒蟒から距離を取ったところで童の姿に戻った。

「アンタ、やるじゃない」
「ジャリガキって言ったの、取り消してもらいたいわね」
「ええ、取り消すわ、『まだまだジャリガキ』ね。お姉さんの本気、少し見せてあげるからそこでおとなしく見てなさい!」
「なッ!」

「人間ではないとは思っていたが妙な術を・・・お前たち、誰の使いだ?」
「これから見せ場なんだから蛇はとぐろ巻いて黙ってみてなさい。唵!」

 蝦蟇蟲は童の前に立ち懐から小さな木片を取り出した。
木片を舐めまわすように妖艶な瞳で眺め、舌で絡めとる。
ゴクリと飲み込むと、喉を通る感覚に恍惚の表情を浮かべる。

谷蟆たにくぐり・・・女同士なんて久しぶり、何度も愉しませてあげるわ!」

 蝦蟇蟲は顔を天に向け大きく口を開く。唇が横に裂け頭がふたつに割れる。
木片(傀儡くぐつ)が蛙の姿になって蝦蟇蟲の喉の奥から這い出てくる。
吐き出された蛙は、黒蟒と変わらぬほどの大きさになっていた。

「何度みても気持ちわる~い」
「マキビに話したら説教」
「わかったから早く倒しちゃって!」
「うるさいわね、胸ペッタンは黙ってみてなさい!」

 蝦蟇蟲は黒蟒に向かって不敵な笑みを浮かべながら手印を切る。
そして谷蟆に一枚の式紙を貼り付け、念を送る。

谷蟆と呼ばれたその蛙は黒蟒にゆっくりと近づいていく。
黒蟒もとぐろを巻き谷蟆を牽制している。

 最初に仕掛けたのは黒蟒の方であった。
黒蟒は谷蟆の真上から大きな口を広げて飲み込もうと襲い掛かる。

「今よ谷蟆、そのデカい蛇を頭から食べちゃいなさい!」
 蝦蟇蟲が叫ぶと谷蟆の足元に大祓の紋章が輝きながら現れた。
紋章はゆっくりと回りながら谷蟆を包み、その姿は黒蟒を凌駕する大きさになっていった。

 真上から襲ってくる黒蟒を大きな蛙の口が飲み込む。
黒蟒の長い長い体は谷蟆の腹にどんどん納まっていく。

 やがて黒蟒の尻尾が逆らうようにブルブルと震えながら蛙の口に飲み込まれていった。

「やったの?」
「何言ってるの?足止めしてるだけよ!」
「え~!あんなに派手な出方しといて扱いは雑魚なの?!」
「仕方ないわよ!肝心のガマガエルはここにいるんだから」
「ここ?」
「そう、私のお腹」

 蝦蟇蟲は自分の腹を指さしていた。

「あのさ・・・さっきあの蛇が『そこにいるのか?チハヤ!』って言ってたじゃない?、あの子もアンタの腹の中って事?」
「そうよ、私の子供」
「こど・・・子供?!」
「冗談よ、中から出てくるときに膜に覆われてるからオタマジャクシみたいに見えるのよ、かわいいわよ」
「気持ち悪いから早く出してあげて!」
「だからここから離れるのよ、早くしないとあの蛇がまた追いかけてくるから」

 祠の入口へ向かおうとする二人の背後で何かが大きくぜる音がした。
爆風と何かの肉片が大量に飛んでくる。激しい異臭があたりに漂っている。

 黒蟒は谷蟆をあとかたもなく消し去り無傷のまま童達に迫っていた。

蝦蟇蟲、逃げて・・・

「爆ぜるのが早い!傀儡くぐつでも抑えきれないなんて?!」
 蝦蟇蟲は動揺を隠すことが出来なかった。
せめて二人が祠を出るまで傀儡が持ち堪えてくれれば、と思っていたのだが。

「臭~い!息ができない・・・グエェェェ!蝦蟇蟲なんとかしてぇぇぇぇ!」
 童は嘔吐を抑えきれなかった。その場でうずくまり動ける様子がない。

「臭いくらい我慢しなさい!逃げるわよ」
「無理・・・アンタだけ逃げて・・・」
「何・・・言ってるのよ?!そんなこと出来ないわよ!」

 童はよろよろと起き上がり蝦蟇蟲の肩を掴んだ。
「祠から外に出て、師匠を呼んできて。アンタが戦ったらあの子が・・・」
「あぁ・・・」

 蝦蟇蟲は今自分が足かせになっていることに気づいた。
そしてマキビが言った『童を信じるんだ』という言葉を信じることにした。

  蝦蟇蟲は童に抱き着いて耳元で囁いた。
「助けがくるまで死ぬんじゃないわよ」
「分かってるから早よ行け」

 蝦蟇蟲は祠の外に向かって走り出した。

「逃がさんぞ、チハヤァ!」
後ろで見送っている童の横を黒蟒の尻尾が蝦蟇子を捉えようと伸びていく。
童はその尻尾を手でつかんで壁にたたきつけた。

 禿のように切りそろえた髪の毛が逆立ち目が青く光る。
口元はかすかに笑っているが、その表情は氷のような冷たさを漂わせていた。

「蝦蟇蟲のところには行かせない。これ以上好きにはさせない。この村でアンタがやってきたことの報いは絶対に受けてもらうから!
祓いなさい、瀬織律セオリツッ!」

 童を囲むように水の加護の紋章が輝きながら現れた。
足元から頭上まで童の周りに無数の紋章が描かれ、その一つ一つから黒蟒の体を捉えるように細い糸が伸びていく。
 黒蟒の尻尾から頭に絡みついた糸はそれぞれが意志を持っているかのように自由に動き黒蟒の体を締め付けていく。
 逃げようとしても先回りをするように黒蟒の体を絡めとっていく。
やがて糸は一つの塊となり、黒蟒は大きな青い球体の中に閉じ込められた。

「ふう、これですこしは蝦蟇蟲の逃げる時間ができるよね・・・なんとか逃げきりなさい・・・よ・・・」

 二度の大きな術式を詠唱したことで童は力尽きてしまった。
その場に気を失って倒れるが、術師が意識を集中できなくなったことで瀬織律の戒めが徐々に弱まってくる。
 黒蟒は戒めの内側で激しく暴れ出し、硝子のような表面に亀裂が広がりはじめ・・・
そして

パリーン!

 青い球体が薄い硝子のように割れ、崩れる中から黒蟒の長い体が童を目がけて伸びてくる。
斑の鱗が童の身体に巻きつくと、こんどは姿が見えなくなるまで包み込んでいた。

「よくも好き勝手なことをしてくれたな河の民よ!
生かしておいてやろうと思ったが考えが変わった。この黒蟒の体の中でゆっくり苦しみながら死ぬが良い!」

 童は薄れていく意識の中で河の郷を思い出していた。

「ごめんね、お婆ぁ、おかぁやおとぅの所にいくよ・・・

 やっぱりあの時の子には会えず仕舞いだったかぁ・・・
一度でいいから会ってみたかったな・・・」

 その時であった・・・

 広い洞穴の中に閃光が走る。その光は黒蟒の体を切り刻み、やがてふたつの人の姿になってその巨体を見下ろしていた。

「童さん!助けに来ましたよ!」
「童・・・よくやった。あとは任せなさい」

 マキビと聞き覚えのある少年の声が童の耳に届いた。

「あれ?もしかしたら助かった・・・かも・・・」

 力を失った黒蟒のとぐろの中から童が落ちてくる。
「あっ!」と叫んだ少年が飛び出して童を抱きとめた。

「なんで・・・アンタがここにいるの?」

 千早丸はニコリと童に微笑んでいた。

「僕も戦うよ、童さん!」

巻之肆 了

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