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帝殺しの陰陽師〜第壱帖 蛇〜 大詰め

「チハヤ・・・チハヤ!」

 童の声にハッと目を開ける。
チハヤは小さな石の墓に手を合わせていた。
長い夢を見ていたのだろうか、それともこれは自分の記憶なのだろうか・・・
 なぜか涙が止まらない。

「チハヤ〜どうしたんだよ?なんで泣いてるんだよ?」
「泣いてねーよ、目にゴミが入ったんだよ」
「はいはい、優しいお姉さんはチハヤくんが泣いてるところなんて見てないってことにしといてあげるよ」
「どうせ誰にも言わないであげるから飴買ってとかいうんだろ」
「おっチハヤは物分かりがいいねぇお姉さんが頭を撫でてやろうか?」
「やめろって!蝦蟇蟲のアネキがニヤついてるじゃねぇかよ!」

「相変わらずおふたりさんは仲がいいわね、羨ましいわ」
「どこが!」
「ほら、言い返すところまで息ぴったり。やっぱり小さい頃から一緒に過ごしていると以心伝心、なんでも分かっちゃうのね」
「ムゥ・・・」
 童は顔を真っ赤にして蝦蟇蠱を睨みつけている。
チハヤはなんのことかわからず首を傾げている。
"鈍感・・・"
 童はチハヤには聞こえない様に呟いた。

 マキビ、童、蝦蟇蟲、そしてチハヤは都から東国に向かう途中でこの地を訪れた。
 峠を登り切った見晴らしの良い場所・・・
だがこの先は長い間禁足の地とされていて、その道の先へ進むことは出来ない。

 間違って旅の者が迷い込んだとしても、結界に包まれた先へ一歩でも進もうとするとたちまち人里に飛ばされてしまう。
迷い込んだ記憶も書き換えられるために違和感を感じる者はいない。

 禁足の結界は練度の高い陰陽師たちによって張り巡らされているが、一年に一度春の朔の日に結界が緩んでいないかを見極めるためにマキビ達が訪れることになっているのだ。
 何度目になるだろうか。特に変わらない見慣れた風景、だがそれだけではないなんとも不思議な感覚が漂っている。

「やっぱり不思議なんだよねぇ。この先には入れないはずなのに・・・
アタイ、この場所を知ってる気がするんだよ」
「既視感ってやつじゃないの?街道なんて山の奥に入り込んだら目新しいものなんてそうないから。どこでも似たり寄ったりなのじゃないかしら」
「そうかなぁ」
「そもそも、童の記憶力なんて当てにできるものですか」
「ムキーッ!」
「こら、ふたりとも仕事をしなさい」

 マキビに叱られて童と蝦蟇蠱は渋々結界に綻びがないかを調べ始めた。

「結界に綻びなし、この一年迷い込みも無し。流石ハルアキラ君が施しただけはあるわね」

 能力を持つものだけにかろうじて見ることのできる巨大な禁足の封印を見下ろしながら蝦蟇蠱が呟いた。

 峠を見下ろすと彼らの眼には山に囲まれた広大な山村が見える。
枯れて朽ちた大きな神木、山のふもとには小さな祠らしき痕跡がある。
田畑は荒れ、家屋は崩れ去り人の気配は感じられない。

 数年前、この禁足の地で土地を穢す大蛇が暴れまわった、という話だけは伝え聞いている。住人は蛇に喰らわれ生き残った者はいないという。

 帝都から陰陽師が遣わされ大蛇は討伐、村は周辺の山を含めて広大な領域を禁足の地として封印されたらしい。

この場所を知ってる気がするんだよ

 童が口にした言葉を蝦蟇蟲も反芻していた。
ここに来るたびに自分も同じように感じていた。
そうだ、私は間違いなくこの村を訪れたことがある。
この先に何があるのか、そして何があったのか・・・
おそらくマキビを除く三人は記憶を書き換えられているのではないか。
そうしなければならない程、この先で起こったことは誰にも知られてはいけないことなのだ。

 以前、マキビに禁足の地の事について聞いたことがある。
マキビはいつも笑ってはぐらかすのだが、その顔は蝦蟇蠱が知る限り何かを隠している時の少し悲しそうな顔をしていたのだ。
 知らなくてもいいことなのかもしれない。
知ることで自分たちになにか悪いことがあるのかもしれない。
蝦蟇蟲はそう自分に言い聞かせて納得するしかなかった。

「今年も無事に済んだようだね」
 マキビが封印の前に立ち目を閉じる。
童達はマキビの近くで膝をつき目を閉じている。

「|能除汚穢《のうじょおえ》・・・」

 峠にパチン!弾指たんじの音が響く。
峠に靄がかかり、村の姿は見えなくなった。
また一年、禁足の地は人の目から遠ざけられ誰も踏み込むことは出来ないであろう。

「さぁみんな、行きますよ」
マキビが三人に声をかけて出発の準備をする。
蝦蟇蟲はマキビの側に寄り、腕を組もうとするが適当にあしらわれてしまう。

「チハヤも行くよ!ボヤボヤしてたら置いて行っちゃうよ!」

 童に声をかけられたチハヤも荷物を抱えて立ち上がろうとした。

千早丸・・・

 後ろから誰かに声をかけられたような気がした。
振り返ると二組の男女らしき姿がぼんやりと見える。
目を擦り再び目を向けた時には人の姿は見えなかった。

「チハヤ、どうした?」
「いえ・・・大丈夫です」
「そうか・・・」

 マキビは千早の目線の先を追っていた。
彼の目にも二組の男女が見えていた。
 深く一礼をして
”また・・・連れてまいります”
と、一言・・・
そして四人は元の街道へと戻っていった。

 大蛇黒蟒おろちこくぼうの災禍から拾年が経過していた。
童、チハヤ共に拾七歳・・・
彼らの未来を語るのはまだ遠い先の事である。

帝殺しの陰陽師~第一帖 蛇~ 了

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