家族は「精神疾患」をどう見ているか

梅雨であるにもかかわらず、雨が降らずに気温が高い日が多いように感じます。勝手なイメージですが、梅雨は「シトシト雨が降り、ジメジメしている」ものだと思っているのですが、今年は蒸し暑さが先行していている気がしています。

その一方で、いったん雨が降ると「豪雨」と言われるほど激しく降り、災害につながる恐れもあります。近年各地で甚大な豪雨被害が続発しているので、雨は必要ですが、程々で収まってほしいものです。

そんな中、当院にも受診や相談に来られる方が、今月くらいから少しずつ増えているように感じています。前回の「精神疾患は身近に存在している」でも触れましたが、少なからずコロナウイルスの影響が出てきているのかな、と個人的には考えています。

当院(というより精神科全般)は受診が予約制なので、初めての方はまず電話でPSWと話した上で、受診予約を取っていただいています。受診相談は、やはり家族からの相談が最も多いように思います。私は電話交換も業務の一つなので様々な電話を取ります。その中で、家族からの相談はある程度の傾向があるように感じています。

精神疾患は患者さんだけではなく、家族の生活にも大きく影響します。今回は、家族がどんな気持ちを抱いて受診や入院に寄り添っているのかに、スポットを当ててみようと思います。

ただ、いつも言うことですが、あくまでも一医事課員が業務を通して経験したことを書き綴った個人的意見です。その点はご了承ください。

・家族は「とにかく何とかしてほしい」

身体疾患と精神疾患の大きな違いの一つに「パッと見では分かりづらい」ところがあります。

例えば身体疾患は「血が出ている」「顔色が悪い」「痛そう」のように、医療従事者でない人でも見た目で不調が分かるものが多いです。また、検査をすれば、数値や画像で不調の原因が追求できるものも多いです。

ところが、精神疾患は見た目だけでは判断しづらいんです。もちろん程度の差はありますが、「希死念慮がある」「認知力が低下している」「幻覚や妄想が激しい」なんていうのは、見たからすぐに分かるというものではありません。例え本人が苦しんでいたとしても、何がどう苦しいのかを、伝えることも理解するのも困難です。

日頃から身近にいる家族は平常時を知っているので、そういった変調に気付きやすいんだと思います。でも、その精神疾患に対して、何をどうすればいいのか分からないことがほとんどです。だから家族の相談をザックリまとめると「本人がきつそうなので、とにかく楽にしてあげたい」というものになります。

・家族は精神疾患を「受け入れ難い」

初めて精神科を受診して、医師から精神疾患を診断され、治療法を説明されます。結果や解決方法が示されたことで安心する一方で、「家族が精神疾患である」という事実をうまく消化しきれないケースが少なくないように思います。本当は、家族の理解と協力は患者さんにとって最も強力な援助の1つのはずなのですが、こればかりは時間をかけないとうまくいかないものだと思います。しかし、逆を言えば「身近に精神疾患にかかる人はいないだろう」的な先入観みたいなものもあるからだと思います。

背景には、「精神科は『受診するまで』が難しい」でも書きましたが、多少なりとも精神疾患や精神障害者に対する偏見があるからだと考えています。自身が持っている偏見と、近所や周囲の人たちが持っている偏見とがあり、各々の状況を複合して考えた結果、うまく受け入れられていないように私は感じます。

極端な例ですが、小学生の我が子が発達障害と診断されて「そんなはずはない」と怒って帰る方や、夫が統合失調症と診断されて「何もかもおしまいだ」と嘆いて泣き崩れる方だっています。入院中や退院後に、精神疾患が原因で(それだけではないのでしょうが)離婚されるご夫婦や、疎遠になってしまうご家族だっています。将来の生活を想像した時に、これまでと同じような生活のイメージが浮かばず、さらには、近い未来のことですら見えなくなってしまうのかもしれません。

こういう書き方をすると誤解されてしまうかもしれないので断っておきますが、先述のようなケースは稀です。ただ、「家族が精神疾患だ」ということを受け入れるのは、たとえ家族であっても容易ではないということをわかってほしいのです。

・それでも家族は「何とかしたい」

たとえすぐに現状を受け入れることができなかったとしても、ほとんどの場合、苦しんでいたり悩んでいたりする本人を目の前にすると、家族は「何とかしたい」という気持ちに駆られます。

その様相は様々で、毎日面会に来られたり毎回一緒に受診に来られる方、医師やPSWなどと今後について綿密に話をする方、病気のことを熱心に勉強される方など、非常に献身的な姿をよく見られます。

一方で、「薬が合っていない」「スタッフの対応が悪い」などと苦情を言う方、病棟に持ち込みできないものを持ってくる方、些細なことでたびたび電話される方など、正直なところ、対応に困ってしまう方もいらっしゃいます。

どちらも根源は「何とかしたい」という思いの表れで、その気持ちはとても理解できます。程度の強さは、思いの強さからの結果です。でも、私はそんなに心の広い人間ではない(むしろ狭い)ので、たまにその苛立ちを表現してしまうことがあります。まだまだ修行が足りません…(さすがに直接目の前でというのは無いですよ)。

最初にも書いた通り、精神疾患は「パッと見では分かりづらい」ため、病状がどの程度良くなったのは判断しづらいところがあります。何事にも言えることですが、分からないものに対して人間は「懸命になる」か「あきらめる」かの選択をします。苦手教科の問題ならすぐにあきらめるんでしょうが、家族の事ならば何が何でも懸命になると思います。でも何をどうすれば良いのかよく分からないので、できる事は何でもしようと考えます。私でもそうします。ただ、そのベクトルの方向がそれぞれで異なっていて、それが共有できるかどうか、というところなんでしょうね。

時には、家族も精神疾患にかかってしまうということもあります。「そうかもしれない」と思ったのであれば受診した方が良いと思いますが、そうなる前に、色々な人と悩みや問題などを共有し、少しでも個人のリスクを下げて、できる限り多くの人が笑顔で過ごせるような体制が作れることができればいいなと思います。

私の仕事はその体制の外側ではありますが、少しでも円滑に前に進めるような一助になればと思います。また、そうあるべきだと思います。この思いが実現できるよう、精神科病院の医事課員の端くれとして尽力していこうと思っています。

ありがとうございますm(_ _)m精神科の風評向上のために使わせていただきます。