「doの価値」に目を奪われて「beの価値」を見逃していないか
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doの価値(行為の価値)
は派手。だから、私たちの意識はそれに目を奪われやすい。でも、実は
beの価値(存在の価値)
もバカにできません。むしろこのbeの価値を積極的に認めていくことが必要な時期に差し掛かっているとも感じます。わたしの仕事で言えば、アドバイスをしたり問いかけをするのはdoの価値。これは分かりやすいし、お金にも交換しやすい価値です。でも、私がディスカッションの場にいるだけでクライアントの脳のモードが切り替わって、新しい発想が出やすい環境になるなら、それはbeの価値だと言えます。なにか行動しているわけではなくても存在そのものが価値になっている。
同様に、観葉植物にはdoの価値はなくても、beの価値があります。なにかしてくれるわけではないけど、心が安らぐ。お地蔵さんもそうでしょう。目にしたこちら側が、何かしらを感じて、態度や心の在り方が変わります。こうしたbeの価値を人間においても見出すことができるはずです。
きっと、おじいちゃんやおばあちゃんにあるのは、beの価値。歳をとって「できること」が減っていっても「いること」はできる。そして、「いること」によって場の雰囲気が変わる。
高齢化していく日本。できることがなくなっていく老年に価値を見出すには、このbeの価値への注目が必要だと思います。そうすることで、高齢者を多く抱えることをポジティブに捉えることに繋がるんじゃないかなと思うのです。
フリーランスも年齢とともにdoの強みが減っていくときが来るので、be系フリーランスになれたら長いあいだ働けそうですね。
あなたの「beの価値」はなんでしょうか?
長寿化する時代にマッチした問いの1つかもしれません。
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