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前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』

 アフリカの大地を覆い尽くすサバクトビバッタ。その大群の来るところ、全ての農作物は食い荒らされ、残るのは茶色い大地と、飢餓と貧困。
 そんなバッタを「倒す」術を探るために、人生を賭け、アフリカへ渡った一人の男がいた。子供の頃読んだ『ファーブル昆虫記』のファーブルに憧れ、昆虫学者となった男である。そしてバッタとの闘いが始まった……。

 と、いう話だと思って読んだら、かなり違った。これは、日本のポスドクの厳しさについて書かれた本だというのが一番正確なところだろう。

 ポスドクとはウィキペディアによると ゛博士研究員(はくしけんきゅういん、Postdoctoral Researcher)とは、博士号(ドクター)取得後に任期制の職に就いている研究者や、そのポスト自体を指す語である。”

 ↓ 別に読まなくても本稿を読むのに差し支えないが、ウィキに敬意を表して貼っておく。

 大学院を出て博士号を取っても、大学の教員になる道は険しい。なりたい人に比して、職の数が決定的に少ないからだ。そのため少ない椅子を奪い合うことになる。勝ち抜くには、権威ある科学誌に研究の成果を論文として載せなければならず、任期内に論文が書けるような研究成果を出さなければならない。

 最初に書いたような高邁な理想を持っていても、金を出してくれる人がいるわけではなく、「研究を続けることが貧困への道に繋がる」ということを問題提起している本なのだ。だから、バッタがどうして大群になるのかとか、それをどうすれば防げるのかといった「バッタについての研究結果」はほとんど本書には無い。著者がまだそれを論文としてまとめていないというのが理由の一つだが、何よりも、ポスドクがいかに悲惨か、そして将来ある若き研究者にポスドクのような制度を課すことによって、実際には才能を潰しているのではないか、という疑念を抱かせることが、本書の目指すことだからではないだろうか。

 そうは言っても、表紙の写真を見れば、著者が自己PRに長けた、突出したキャラクターの持ち主なのは一目瞭然。まず、一か八かモーリタニアへ行ってしまうことからして、自分を「物語化」することに成功している。最終的には、みごとに研究基金を勝ち取って、研究を続けることができた。その感謝を綴ることも本書の書かれた目的の一つなのだ。

 心惹かれた個所を引用しておく。

 〈論文は研究者の命そのものであり、分身と言っても過言ではない。出版できぬ者は消え去る運命にあり、「Publish or Perish(出版せよ、さもなくば消えよ)」などと研究者が抱えるプレッシャーを表した恐ろしい格言も存在する。〉・・・これは短歌にも当てはまる。書き続け、出版し続けなければならない。論文を歌や評論に置き換えれば、今の私の立場そのものだ。

 〈夢を語るのは恥ずかしいけど、夢を周りに打ち明けると、思わぬ形で助けてもらえたりして流れがいい方向に向かっていく気がする。夢を叶える最大の秘訣は、夢を語ることだったのかなと、今気づく。〉・・・まあ、夢が叶ったから言えることではあるのだけれど。でももちろん励まされましたよ。

 文章も軽めのノリに見えて、練ってあり、読みやすい。新書だが(今は普通なのか)カラー写真も豊富に載っていて、昆虫だけでなく、異文化にも大いに触れられ、興味深い。そう、異文化理解が一番面白かったのだが、結局、人間の崇高なところは文化や宗教が違ってもあまり違わないと思ったのだった。

光文社新書 2017年5月 920円+税


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