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〔公開記事〕服部崇『新しい生活様式』(ながらみ書房)

知の輝き

 第二歌集。二〇一六年から二一年までの五年間の作品を収める。
めらめらを見たくてひとり紙を焼く冬の渇ける家にこもりて
目に見えぬなにかに触れてゐたらしいゆつくり酸化してゆく林檎
 一首目は火が燃え上がる姿を「めらめら」と名詞のように捉えている。冬の家の乾いた空気と作中主体の孤独感が伝わる歌だ。二首目は林檎が傷んでいく姿を「目に見えぬなにか」に触れたと捉える。この二首は見える見えないにおいて対称的なようでいて、知性の輝きという共通点がある。
丸い輪を回してゐると知りたるやひもじきハツカネズミとわたし
指先で触れればアプリがいらついてゐるとわたしを教へてくれる
 そうした知性の輝きは作中主体の自己把握に最も強く発揮される。一首目、ネズミは自分が輪の中にいることを知らないが、主体は自分が職場という輪の中にいると知って、それでも走っている。二首目は健康管理アプリだろうか。イライラしている時触ると、アプリがそんなわたし「を」わたしに教えてくれる。
プルメリアの花の散りをりとめどなくクメール・ルージュの虐殺の地に
靴を売る市場をゆけば売り物の鳥たちのこゑ遠くに聞こゆ
海外での仕事の歌の合間に描かれる風景の歌も魅力的だ。一首目は、死んでいった人々を弔うかのように散り続ける花を描く。二首目は、靴売り場で遠くの売り場の鳥の声を聞く。どちらの歌からも遠い時や場所を思う気持ちが伝わる。
京都での暮らしの歌には、自分の目で見た京都の姿が描かれる。
鴨川の川辺よりみゆ雪の朝は真白く「大」の浮き上がる山
 大文字の火ではなく雪。確かな目を感じる歌だ。

ながらみ書房 2022.6.  2400円+税

『現代短歌新聞』2022年9月号 公開記事   

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