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『短歌研究』2021年8月号(3)

⑬対談田中優子×川野里子「女性たちが持つ言葉」法政大学前総長で江戸文化の研究者の田中優子。先日新聞のインタビュー記事を読んで面白いなあと思ってたところ。以前、浮世絵展を見に行った時に「連」に興味を持ったのだが、インタビューでそれに関した発言をされていたので。

⑭川野〈短歌について考えてみますと近世はイメージが薄いのです。短歌に関わる者にとっての古典は『万葉集』、そして王朝から中世です。(…)近代になっていきなり正岡子規や与謝野晶子など普通の人々の声としての短歌になるわけです。近世を飛ばしているからなんですね。〉なぜ近世が薄いか。子規の価値観も結構影響があると思う。万葉か古今かという以前からの論争に、『万葉集』を高く位置付けることによって、『古今集』を尊んできた文化が低く見られ、近世が軽視されたのではないか。私たちはまだ子規の影響下にあるのでは。

⑮田中〈「かはづ」は、世界に約六五〇〇種いるそうです。身の回りにもかなり多い。その中からたった一種類、カジカガエルしか詠まないというルールがあった。(…)現実描写ではないわけですね。〉それと清流、山吹を取り合わせる。古典和歌のルール、美意識。

田中〈「古池や蛙飛びこむ水の音」の「蛙」は絶対にカジカガエルではないということはわかる。(…)そして、鳴かない。で、飛び込んじゃう。清流じゃなくて古池に。(…)古典世界の美意識を転換させ、自分にとっての俳諧の風雅はこれだと言ったわけです。〉現実に足をつけた美意識。

 分かりやすくて、めちゃくちゃ面白い。古典和歌のルールを越えて、現実を詩歌に取り入れたのは、芭蕉、および芭蕉の時代だったんだ。これは今まで短歌の世界で全然意識されて無かったんじゃないか。私も近代短歌からで、子規からだと思ってた。でも多分子規は分かってたのでは。もっと知りたい!

⑯田中〈(言葉の世界の価値観の転換が)どういう現場で行われているかというと「連」という場で行われていました。俳諧では座と言い、狂歌の場合には「連」と呼びます。俳諧が権威的になってしまうと、今度は狂歌(…)〉浮世絵の画賛としての狂歌とその「連」。

⑰田中優子〈その人たちは本名ではやらないわけですね。幾つも幾つも自分のアバターをつくって、それを使い分けながら、一人の人間が幾人もの人間になりながらそれをやり続けていく(…)〉ここでアバターという概念を出して現代と結びつけるのがすごい所だな。

⑱川野里子〈近世人にとっての聖典の『古今和歌集』や百人一首は、盛んに浮世絵に取り込まれますね。〉近代以降は『万葉集』がとって代わっているので、近世と近代との間に一種の断絶があるのかも知れない。田中はその他、印刷技術と参勤交代の影響にも触れている。

⑲後半は女性の表現に焦点が移る。
田中〈表現しようとしたときに、自分の言葉を発見していって何とか表現につなげていくのは、私たちにとって今でも救いだと思うんです。〉詠いきった時にある種のカタルシスを感じるのも事実。見なくてもいいものを見るのも事実。 

 ⑳田中〈「託す」ということですよね。(…)自分の生々しい感情をぶつけるのではなくて、託しながら表現する。世界とつながる感じでしょうか。〉それに対し川野が近代では様式や言葉に託すのではなく、「私」を表現し、個性を競うと述べる。「託す」の実例を見たい。

㉑川野〈写生、写実主義(…)視覚表現優位の時代が今日まで長く続きます。ところが実は、音を優位にした和歌文体でもって自分の思いを託しつつ述べるという文体は、佐佐木信綱門下に集まった女性たちによって保たれていたのではないかと思っています。〉
〈正岡子規以降の文学史のメインストリームに覆い隠されてしまったのが音で志を述べるという文体のように思います。〉とても納得がいく。信綱が父から引き継いだ「竹柏園」が門人組織だったので、新派旧派の折衷的な存在だったのだろう。「音を優位にした」というのは全然気づかなかったところ。 

 ㉒石牟礼道子の話。川野〈他人の心を受け止めていく。自他の区別が淡いというか、他人さまも草木虫魚もわたし。〉田中〈相手を理解すると普通言うけれど、いわゆる「理解」とは違うんですよね。おっしゃるように自他の境目がなくなる。〉この話で思い出すのは河野裕子の後期の短歌。

㉓東日本大震災について。川野〈もだえ神の心と言えるかもしれません。共感せずにいられない。〉

 山中智恵子について。川野〈「もだえ神」の心はごく自然にあったと思いますね。(…)あらかじめ「私というのは何でもない」という。〉
これらが石牟礼道子の話から繋がって来る。

 この対談の気に入ったところだけ引こうと思ったら全部引きたくなる。本当に面白かった。近世についてもっと知りたい。
 川野里子は他の媒体でも対談しているが、話した後の文字起こしと、原稿まとめは大変なことだ。この回数、この量、尊敬するなあ。

2021.9.10.~13.