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生い立ち〜

私は子どもの頃から、長女気質で甘え方を知らず「親にも周りにも心配をかけてはならない」「私なら自分でなんとかできるはず」という気持ちを抱えて育ちました。
(いまでもまだそのスティグマは少し残っているかもしれません。)
学校では、なぜか勉強ができたので、本当は女優さんになりたかったけれど自分の気持ちにフタをして、妙に自分自身を律していた学生時代でした。
まわりの期待どおりに進学し、憧れの従姉妹と同じ法学部を選び、
先生の勧めで大学在学中から司法書士事務所で働き始めました。

当時の上司(女性)の働き方や社会的な活動(選択的夫婦別姓について)を間近で見ていて、経済的に自立した女性に憧れていたものの…

当時いわゆるバブル期の終わり前後で、毎日ほとんど休憩ナシ、そして終電帰宅という、非常にハードな日々のせいか、いつしか子宮筋腫ができていて、ある日、大出血してしまいました。
緊急で筋腫の摘出手術をしましたが、「このような身体のままでは自立できない…」そう感じて、結婚をしました。
その時の私は、「その道を選ぶしかない」と思い込んでいたのです。

里帰りせず第一子(現在23歳のいわゆるHSP)を産み、第二子(まもなく17歳自閉症・知的障害)の時は、さらに手探りの育児。
「頼れるはずの人」に頼れず、むしろ傷つけられることがあったり。

「助けてと言わなければ誰も助けてくれない」という現実に絶望しました。

第三子が幼稚園に入る頃、逆流性食道炎を患いました。
原因はストレス。
私の実父が食道癌で61歳で亡くなっておりましたので、自分の喉と食道に詰まりを感じた時、もしや私も癌で余命半年か!?と、死の恐怖で動けなくなった瞬間は今も忘れられません。

でも!
この体験すべてが、私の行動力「いつかやろうではなく、今、全力でやろう」の原動力になりました。

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