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おじいちゃんの紙飛行機

 僕は小さい頃から、おばあちゃんっ子だった。二つ上の姉の習い事がある時には、おばあちゃんの家に預けられることが多かった。

 おばあちゃんはお話上手で優しいし、お菓子もたくさん買ってくれたし、折り紙も教えてくれた。鶴、手裏剣、ゴミ箱、何でもつくり方を教えてくれた。

 おじいちゃんは、あまり喋らない人だった。僕が預けられる時には、必ずおばあちゃんがいたので、おじいちゃんと二人っきりになることはなかった。

 ある日、おばあちゃんが買い物に行ってしまい、初めておじいちゃんと二人っきりになった。特に遊んでくれるでも、話しかけてくれるでもなく、おじいちゃんは新聞を読み始めてしまった。

 僕はその新聞の折込チラシで、大きな紙飛行機をつくった。おばあちゃんに教えてもらった「よく飛ぶ紙飛行機」は、先端が尖っていてカッコいい。

 僕はその紙飛行機をスーッと飛ばした。部屋の端から端まで、一直線に飛んでいく。




目に入ったら危ないだろ!

 
 

 急におじいちゃんが怒鳴った。おじいちゃんに怒られるのも、大きな声を出されるのも初めてだったので、僕は泣き出してしまった。

 おばあちゃんが帰ってきて、お菓子を食べさせてくれた。おじいちゃんはおばあちゃんにこっぴどく怒られたらしい。


 程なくして、おじいちゃんは病気が見つかり入院した。末期のガンだった。何度かお見舞いに行ったが、すっかり痩せてしまったおじいちゃんを、僕は母に隠れて見ているだけだった。

 半年も経たないうちにおじいちゃんは亡くなった。僕はまだ幼稚園児。葬儀はもちろん初めてで、何が起きているのか、おじいちゃんがどこに行ったのかも分かっていなかった。母が「おじいちゃんはお空に行ったんだよ」と泣きながら教えてくれたことだけは覚えている。

 葬儀が終わると、誰よりも辛かったはずのおばあちゃんが明るくこう言った。手にはチラシをたくさん持っている。

お空にいるおじいちゃんに向かって、紙飛行機飛ばそうか!

 僕は聞いた。

先っぽは折ったほうがいい?

 おばあちゃんは言った。

お空は遠いから、めいっぱい尖らせて、遠くまで飛ばしてあげて!

 僕は姉と、従兄弟と一緒に、先端をこれでもかと尖らせた紙飛行機を折った。葬儀場の隣の原っぱで、何度も何度も空に向かって紙飛行機を投げたけど、何度も何度も落ちてきてしまった。受け止める手が痛い。先端が尖っているからだ。


 
 少し経って、おばあちゃんの家に遊びに行った。おばあちゃんは僕に、紙飛行機を持ってきてくれた。先端が綺麗に折れていて、羽には僕の名前が弱々しく書かれている。


おじいちゃんがお空に行く前に折ったのよ。怒鳴ってごめんって。でも、あなたには友達を傷つけない優しい子になってほしいって。


 小学生になって、友達とみんなで紙飛行機大会をやった。誰が一番遠くまで飛ばせるかを競う。
 僕はおばあちゃんに教わったようにチラシを折っていき、最後に先端を折り曲げた。友達には勝てなかったし、笑われたけど、人を傷つけない折り曲がった紙飛行機が誇らしかった。

 

 実家に帰省すると、必ずおばあちゃんに会いに行く。おばあちゃんは2年前から軽度の認知症で、僕と従兄弟の名前を間違える時がある。
 おばあちゃんに会いに行く時は、おじいちゃんの紙飛行機を持って行く。製造から20年以上経ち、和紙の綺麗な白は完全に黄色になってしまった。
 
 紙飛行機をみると、おばあちゃんは懐かしそうに笑う。今でも折り紙が好きなおばあちゃん。おもむろにチラシを折り始めて、出来上がったのは、これでもかと先端が尖った紙飛行機だった。


 僕には息子が産まれた。令和の子どもは紙飛行機を飛ばすのかな?

 息子には、ひいおじいちゃん直伝の、カッコいい飛行機の折り方を教えてあげたいな。

 

 

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