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[ショートショート] 癒しの器 [かまいたち/曲からストーリー]

曲からイメージして物語を書く企画『曲からストーリー』に参加します。
きゃりーぱみゅぱみゅちゃんの、なんだか切ないような激しいような恋の歌『かまいたち』より。
和メロ&中国風の曲調でおとぎばなしのような1曲です。
ここからラブロマンスな妖怪話を考えました。

カミナリ かまいたち 電撃の速度で
恋心見透かした でもこの糸は切れない
変化のつむじ風 心がつまづいても
痛くない そのイヅナ 淡い恋 鎌切り坂

きゃりーぱみゅぱみゅ『かまいたち』/作詞作曲:中田ヤスタカ



癒しの器

 私は かまいたち。そう、あやかしのたぐい

 今からおよそ五百年前。これは私がまだほんの小娘だったころのお話だ。

 私は人間界のほとり、人里離れた山の中でひっそりと暮らしていた。

 私の主食は動物の生き血だ。
 さっと切ってシュッと吸う。なに、痛くはない。

 人の血が特に好きだった。
 人の血は美味い。何とも言えない美酒のような味がするんだ。

 私は中毒だった。人間の血の。
 次から次へと人を襲ってその血をすすった。

 そのツケが回って来たのは数年後だった。
 都から退治屋がやって来たんだ。凄腕の男だったよ。アッと言う間に私は狩られて深手を負ってしまった。
 命からがら逃げだして、気が付いたらこの山寺に辿りついていたんだよ。

 そこには若い坊さんが一人で暮していた。名を春睡しゅんすいと言った。
 私は渾身の力を振り絞ると人間の娘に化けて寺に駆け込んだんだ。

 春睡は驚いていた。
 何しろ血まみれの娘がやって来たもんだから。

 それでも彼は何も訳を聞かずに私を看病してくれた。

 名を聞かれたので私は適当にイヅナと答えた。

 春睡の持っている薬はとてもよい香で、私の傷はたちまち治ってしまった。
 傷が癒えても私は具合が悪いフリをして寺に居続けた。

 なぜって、つまり、恋をしてしまったんだ。
 まるでカミナリに打たれたかのように身体中に電撃が走るのを感じたんだ。

 春睡にぞっこんだ。

 春睡は何しろ美しい男だった。そして優しかった。
 その体から立ち上る香はかぐわしく、その血はさぞかし美味いだろう…と私は欲望に溺れそうになっていた。

 だけれども、私は彼の血をすするのを我慢した。
 正体がバレたら追い出されるか、悪ければ退治されてしまうだろうと考えていたのだ。

 私は少しずつ寺の仕事を手伝うようにして、徐々に彼の生活の中に入り込んで行った。
 春睡も私を頼ってくれるようになり、「イヅナがいると助かるよ」「イヅナがいないと私は困る」とまで言ってくれるようになった。

 私は喜びでいっぱいだった。私は人になりたいと思った。
 身も心も春睡のものになりたかった。

 そうして人間の心に触れ、人間の食べ物を食べ続けていた私は、だんだんと人間に近い者へと変化していったんだ。

 そんなある日。めずらしく寺に来客があった。

 やって来たのは怪しい女だった。
 見るからに人ではない者だった。

「どちらさまです?」

「和尚さんに用がありまして…」

 向こうもすぐに私の正体を知っていただろう。
 もののけ二匹がしれっと人間のフリをして会話してるんだ。滑稽だろう?

 そのうち春睡が気が付いて寺から出てきた。

 春睡は快くこの女を寺に招き入れてしまった。
 まったく、お人よしにもほどがある…とその時の私は思った。
 随分と鈍感な僧侶だよってね。

 春睡に言われるより前に私は急いで湯を沸かし茶を入れて持って行った。
 二人は何やら深刻な話をしている様子だった。

 話の内容が気になったので、お茶を出してから何となくその場に座っていたら、畑からいろいろいなものを取って来るように言われてしまった。

 私は春睡の言うことには逆らえないのでしぶしぶその場を離れることになった。
 だから二人がそこで何を話していたのかは知らないけれど、それからその女はしばらく寺に滞在することになった。

 女はマキと名乗った。

 マキは病気がちで与えられた部屋に籠っていることが多かった。
 そして春睡は毎晩マキの部屋に行き、何かをしているようだった。

 私はこの状況がいたたまれず、マキの部屋の前でこっそり聞き耳をたてたりしていた。

 部屋からはぼそぼそと微かに話声が聞こえて来るのだが、何を言っているのかは聞こえなかった。

 こんな日々が続き、ついに私の限界が訪れた。

 私はマキに春睡を取られてしまったと思った。
 あんなに優しかった春睡がマキが来てからはあまり相手にしてくれない。

 直接、春睡から事情を聞かなくては満足できない状態になっていた。

 私は夜中に起き出すと、音立てずに春睡の寝床へと忍び込んだ。

 私が入って来ると、春睡はすぐに気が付いて布団から体を起こした。

「イヅナか…? どうしたんだこんな夜中に」

 私は自分がしていることが急に恐ろしくなってその場に手をついて額を床にこすりつけるようにしてひれ伏した。

「春睡さま…ご無礼をお許しください。わたくしは、どうしても心配で…。あのマキという者が春睡さまに害をなすのではないかと…」

 それを聞くと、春睡は私の元へ近づいて、そっと背中に手を置いてくれた。
 そのなんと暖かく優しかったことか。今でもはっきりと思い出すことができるほどだ。

「イヅナは優しいね。私の心配をしてくれているのか? それなら大丈夫。あの者は不安があるようだから、私が今、その不安を取り除いてあげているところだ」

「…それでは私の不安はどうなりますか。私の不安は取り除かれません」

 春睡を困らせるようなことを自分が言っている自覚はあった。だけれども私は止まらなかった。
 今ここで自分の思いを打ち明けなければこのままマキに春睡を奪われてしまうと思ったんだ。

「どうしたらイヅナの不安を取り除ける?」

「……わたくしは、嫉妬をしてしまいました…。あの女への嫉妬で今にも狂いそうです」

 私は自分の感情を抑え込むのに必死だった。恐る恐る顔をあげると、春睡の驚いた顔がそこにはあった。
 ああ、やってしまった…、これはもう明日にでもここを出て行かねば…と思った瞬間だった。

 怒りに満ちた表情のマキが部屋に入って来て言った。

「やはり、そうであったか」

 マキは恐ろしい形相になると、たちまち巨大なカマキリへと姿を変えた。これが彼女の本来の姿だった。

 応戦すべきと判断した私が立ち上がろうとすると、春睡がそれを止めた。そして私の耳元でこう言ったのだ。

「先ほどの話が本当ならば、私にだけ聞こえるようにお前のまことの名を教えておくれ。私の真名は…」

 そして春睡は私に彼の真名を教えてくれた。

 私は心臓が飛び出るほどに驚いた。
 我々にとって真名を伝えるということは、まあ、つまりそういうことなのだ。

 私も彼に自分の本当の名を告げた。

 春睡はカマキリの前に立ちはだかった。
 カマキリは恐ろしい笑い声をあげると、鎌を振り上げて言った。

「見せつけてくれるじゃないか…おい、かまいたちの小娘。この者が何だか知っての所業か?」

「この子は何も知らない。何度も言っているが、私の判断で行っていることだ」

「もうおしまいだ」

「私には悔いはない」

「無責任な…」

 カマキリが春睡に襲いかかろうとしているように見えたので咄嗟に私は飛び出していた。
 当時の私にカマキリが倒せるわけもなかった。

 私はあっけなくやられて気を失ってしまった。

 気が付くとカマキリはもう姿を消していて、春睡が私の看病をしてくれていた。

 春睡はこんな無謀なことはもう二度としないでくれと言って泣いた。
 そして私に全てを話してくれた。

 春睡は千年に一度生まれるかどうかの希少な体質を持った人間で、“癒しの器” と呼ばれている存在だった。

 “癒しの器” はそのままでは生命力が弱く数年で死んでしまうのだが、蓬莱山でのみ育つという果実を食べさせると不老不死の体へと変貌を遂げ、どんな病も傷も治療できる仙薬を生成できる “手” を持つことになる。

 だがしかし、他の誰かに情を持つことで、魂に込められた効力が薄れて、“癒しの器” は能力を失い、すぐに死ぬわけではないが、やがて命もつきてしまう。
 実の効果は一度きり、二度目は効かない。

 だから春睡は山奥の寺で独り、人間とは交わらずにひたすらあやかしの専門医として癒しの仕事をしてきたのだった。

 私はそんなことを知らずに春睡の人生の終わりを作ってしまったのだった。

 打ちひしがれる私に春睡は言った。

「お前はこの命の牢獄から私を解放するためにやってきた女神だ。いつかこうして誰かが来てくれると信じていたのだ私は…」

 春睡の命が消えるまでは、半年ほどの時間があった。
 その間に私は思いつく限りのことをして春睡を愛した。体力が著しく衰えて行ったので遠くに出かけることは叶わなかったが、できるだけ、これまで彼が見れなかった景色を見せてあげた。

 やがて春睡が永遠の眠りにつくと、私は彼の遺体を寺の裏に埋めた。

 そして私は男の子を生んだ。冬睡とうすいと名付けた。

 冬睡は “癒しの器” だった。噂を聞きつけたカマキリのマキが蓬莱山の実を持ってやってきた。
 私は悩んだ末に、息子に実を食べさせた。

 冬睡は五歳になると仙薬を作れるようになり、寺には各地からあやかしが集まるようになった。
 そうして冬睡は十八になるまでせっせと治療を行っていたが、ある時、麓の娘と恋に落ちて寺を出て行った。

 冬睡には特別な体質のことを話してあったので、自ら決断しての家出だった。

 父親とそっくりなのであった。

 やがて村の娘が冬睡の子を連れて寺にやって来た。
 冬睡は既にこの世にはいなかった。

 冬睡の子は “癒しの器” ではなかった。
 私は娘に人の子として生きるように伝え、縁を切った。

 あやかしの親族と知れたら何かと不便であろう。

 私はひっそりと春睡が残した寺で暮すことにした。
 人間の食べ物を随分と食べてきたのでもうほとんど人間になっていたが、私に寿命はやってこなかった。

 死ぬことを諦めた私は、薬草の研究を始めて、細々ながら “癒しの器” の代わりを務めるようになった。
 彼らほど強力な仙薬は作れないが、それなりによく効く薬が作れるようになった。

 時代が移り変わり科学ってやつがはびこる世の中になってしまったけど、この国にはまだあやかしたちが生息している。
 数はだいぶ減ってしまったけどね。

 彼らがいる間はひとまず、愛する人の残したこの生業…“癒しの器” の代わりをやってやろうと思うのさ。

(おわり)


文字数オーバーごめんなさい。。。

カミナリ かまいたち 電撃の速度で
恋心見透かした でもこの糸は切れない
変化のつむじ風 心がつまづいても
痛くない そのイヅナ 淡い恋 鎌切り坂

きゃりーぱみゅぱみゅ『かまいたち』/作詞作曲:中田ヤスタカ

MVにけっこうひっぱられた。
本物のかまいたち出て来るしw


かまいたちと言えば、美味しい蒸しエビさんの白熊杯の句を思い出します。

会話なく歩く二人へ鎌鼬

おじょうちゃん、かまいたちだ!!!


▽【休みん俳】勝手に『#曲からストーリー』(曲から一句スピンオフ)

概要はこちら


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