見出し画像

[ショートショート] 君の音 [ターボチャージャーON/曲からストーリー]

曲からイメージして物語を書く企画『曲からストーリー』に参加します。
イントロの物悲しいギターのリフが印象的な凛として時雨の曲から。

何色だった僕の色は
灰色だった君の音は
ゆらゆら揺られていく音
ゆらゆら消えていく音
「音」「嘘」

凛として時雨『ターボチャージャーON』/作詞作曲:TK

君の音

僕が君に出会ったのは、煙草の煙が充満するライブハウスだった。

君はステージの上でギターをかき鳴らしていた。あまりの激しい演奏で、君の右手からは血が流れていた。それにも全く気が付いていない様子で、君は完全にぶっ飛んでいた。

ライブハウスでは音を聞くというよりも、浴びるという表現がしっくりくる。君の音は塊となって僕の身体にぶつかって来た。

君の鳴らす音色は赤になったり深緑になったり、刻々と変化をしていた。こんな音を鳴らす人を僕はよく知っていた。

僕は幼い頃から音に色がついて見える体質だった。共感覚ってやつだ。

単なるイメージとか印象の話しではない。実際にはっきりと五感として音に色がついて見えているのだ。

音色を見る前にはもう、僕は確信していたと思う。

君がアレだということを。

あっとゆうまに最後の曲になってしまった。僕は慌てて楽屋に向かった。

次は僕らのバンドの出番だったのだ。

自分のベースを取り出して準備をしていると、ライブを終えた君がステージから戻って来た。汗だくの君が何とも美しく見えた。

「お疲れさま。すげーかっこよかった」

僕は迷わず君に声をかけた。

君は顔を上げるとにっこり微笑んで「ありがとう」と言った。演奏スタイルとは対極にあるような人懐っこい対応だった。

ギターを持つ手が血まみれなだけに、君の微笑みが少し怖いと思った。

「血、出てるよ」

自分の流血に気が付いていないようだったので、僕は言った。すると君は自分の手を見て、うわ…という顔をした。

「…またやっちゃった…」

それ以上の会話はなく、僕はステージに上がった。

僕はベースボーカルだ。ドラムと僕だけのツーピースのバンド。ふたりでも結構な音圧を出せる自信があった。

演奏をしている間、演者からは意外と客席が良く見えている。後ろの方で君が僕らのライブを見てくれているのがわかった。

その日はライブハウスのブッキングだったので、全ての演奏が終わるとイベントはあっさり解散となった。

僕は家に帰ると、早速SNSで君のことを探した。バンド名で検索するとすぐに君は見つかった。

フォローすると君もフォローバックしてくれた。

DMのやりとりをして、ギターを探していることを告げてみた。僕の予想どおり、今のバンドはメン募で加入したバンドであり、掛け持ちにも興味がある様子だった。

とりあえず音合わせをしてみるということで、僕たちは近場のスタジオで会うことになった。

君は時間どおりにやってきた。愛想がよく物腰が柔らかい君に、やはり僕は少し恐れの気持ちを抱いた。

「とりあえず、何か適当に弾いてみて」

僕はいつもの手順でセッションを始めた。

君はDmのリフを弾き始めた。魂に響くようなリフだった。物悲しいその旋律からは紫や赤が次々と放出された。やがてそこのあの深緑がまざりはじめた。

僕はそこにベースを乗せ、適当な歌を加えていった。

僕が歌うと君の音の色が変化した。白や黄色が混ざり始めたのだ。僕の声に反応している。

順応が早そうだったので、僕は早々に歌にマントラを混入させていった。

君の音が揺らぎはじめて、最初のような赤っぽい色は減っていき、深緑は現れなくなった。その代わりに白や黄色が目立つようになった。

これが君の本音だった。

君は苦しそうだった。苦戦してる…。いつもの音が出せない。そんな表情で必死にギターを鳴らしていた。

僕は君にぶつける声を強めた。君は僕の歌に飲まれまいと、音を押し返してた。

その瞬間、バイーンと音が鳴って僕のベースの弦が切れた。弦が切れたのは初めてだった。

君は右手から血を流していた。

「ボクに何をした?」

手についた血を見下ろしながら君が言った。さっきまでの君の声色と違っていた。

僕はここで君に真実を告げるべきと思い語ることにした。

僕は共感覚の中でも特別なハイシナスタジアだ。僕にはある種の音色を見分ける力がある。

…悪魔と契約を交わした者の音色。

「君がどんな悪魔と契約したのかは興味ないけど、そのままだと君は魂を喰われるよ」

君は黙ったままで、怒りの形相になると、再びギターを鳴らし始めた。それは僕への攻撃だった。

僕は残っている弦で演奏を受けて立ち、そしてマントラを続けた。

君の右手からはぼたぼたと血がしたたり落ちた。

君の音色は再び赤や深緑に変化したが、揺らいでいた。

僕のベースの二本目の弦が切れた。こんなに強情な奴は初めてだった。

僕はチョッパー奏法に切り替えてより強い音を君に叩き込んだ。マントラも最終段階に入る。

僕の喉から倍音が鳴りはじめ、あの音色を捉えた。そしてそれを君の胸の奥から引きずり出し破壊した。

僕の声とベース音が灰色に変わった。それは処置が完了したことを示していた。

喉に激痛が走り、せき込むと、口を押えた手の甲に血が付いた。

目の前には力の抜けたような君が立っていた。君はまだギターを鳴らしていた。

ギターから零れ落ちる色は透明だった。

「あんなものに頼らないでも、君はすばらしいギタリストになれるよ」

僕はこれまで幾人もの奏者に言って来た言葉を君にも投げた。

「わかんないよ…」

君はボソリと言った。

「何もわかんないよ…」

僕たちはスタジオを出ると、その場で別れた。帰りの電車の中で君のアカウントを見ると、君は既にアカウントを消してしまっていた。

こうして僕は君を見失った。

あれから何年か経ったけど、僕は時々君を想い出す。まだギターは弾いているのかな…とか、もやもやと。

僕はこうして幾人もの演者と対峙してきたし、君と音を交えたのはたったの一回だったけど、何でかな、君は特別だったんだ。

(おしまい)

何色だった僕の色は
灰色だった君の音は
ゆらゆら揺られていく音
ゆらゆら消えていく音
「音」「嘘」

凛として時雨『ターボチャージャーON』/作詞作曲:TK

この曲のイントロが本当に好きです。


<ちょっと小話>

ギタリストと悪魔の契約。知っている人は、あああれか…と思ったかも。

1930年代にアメリカで活躍したブルースミュージシャン、ロバート・ジョンソン。
魂と引き換えに悪魔と契約したという伝説が残るほどのギターのテクニックの持ち主でした。

その契約が十字路で行われたという伝承から「クロスロード伝説」と言われています。

ちなみに、この伝説を元にした映画『クロスロード』めっちゃよいのでおススメです。
音楽のこと解らなくても、ロードムービーとしても最高。

もちろんギターの演奏も最高。



▽【休みん俳】勝手に『#曲からストーリー』(曲から一句スピンオフ)

概要はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?