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[小説] 怪獣さん|3. 前代未聞|創作大賞2024

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3. 前代未聞

 シンとトーヤは遠目で見ても苦戦しているようだった。
 普段は飄々と仕事をこなす二人なだけに、今日の怪獣さんの異常さが際立って見えた。

 あの二人があんなに動かされるなんて…。

 今自分にできることは何もないのだと解っていながら、リリーはもどかしい気持ちでいっぱいだった。

 あそこに行けないのなら、ここでできることをしないと。

 リリーは意を決して怪獣さんに対応しているトーヤから視線をはずして、隣でひっくり返っているタケルに意識を向けた。

 今リリーにできることは、タケルの様子を確認すること…。
 痛む脚を引きずってタケルの近くまで這って行った。

 タケルは静かに横たわっていた。

 よく見ると胸が微かに上下しているので生きていることはわかった。
 リリーはそっとタケルの首筋に指をあてて脈を計った。

 特に早くもなく遅くもなく、タケルの脈は安定している様子だった。

 リリーはタケルの手を握った。
 そうしていないと、タケルの魂が肉体から抜け出てしまうのではないかと思ったのだった。
 バカげた考えだ。子供のおまじないみたいなこと。

 しかし、今この状況下で仲間の一人の意識がないことがリリーにはとても恐ろしかった。

 タケルの手を握っていると押し寄せるパニックが少し和らぐように思えた。

 視線を怪獣さんの方へと戻す。

 シンが触手を捌いている間にトーヤが怪獣さんに登ろうとしているようだがうまくいっていない様子だった。

 リリーはなんだか見ていられないような気持ちになった。
 もしもこれでトーヤがやられるところを見てしまったら、正気を保っていられるのか自身がなかった。

 その時、広間と前室を隔てる壁がゆっくり開く音が聞こえた。
 そして、マキさんの声が聞こえて来た。

「シン! どうなっている? 状況報告!」

 さすがにこの状況だ。広間の外にも異常さが伝わって隊長が呼ばれたのだろう。

 マキさんの声を聞いてリリーはまるで迷子の子供が母親に遭えた時のようにほっとした気持ちになった。
 泣き出しそうになるのをぐっとこらえる。

「負傷者二名。リリーが被毒。タケルは、たぶん脳震とう。意識不明。応急処理を施し奥の避難スペースへ移動済。俺とトーヤは無事」

 シンのよく通る声が響く。

「了解。そこで待機してて」

 ぐおぉぉぉと怪獣さんが叫んだ。
 再び大量の触手が伸びてビシッバシッとそこら中を打った。

「げぇ、なにこれ、やばいじゃん」

 マキさんの声に交じってランコの声もした。お世話係の全員が招集されたようだ。
 こんなことは初めてだ。

 マキさんがこちらに走って来るのが見えた。

「リリー! 大丈夫か?」

 叫びながら走って来る。
 途中で怪獣さんが触手攻撃をしてきたが、するりとそれを避けて走って来た。

 マキさんの普段どおりの動きを目にしてリリーは冷静さを取り戻すことができた。

 マキさんはリリーのもとへと駆け寄ると心配そうに彼女の身体を調べ始めた。

「毒にやられたって?」

 リリーはマキさんに太ももを見せた。

「トーヤが吸ってくれたんで…たぶん大丈夫」

「え、あいつこれ吸ったの?」

 マキさんが信じられないと言った表情をした。

「めまいがしたり、チカチカしたり、ぐんにゃり見えたりしない?」

「最初してましたけど、いまは大丈夫」

 マキさんはリリーの眼球を少し調べると、ほっと息を吐いて、次はタケルの様子を見始めた。

「こいつ、イビキかいたりしてない?」

「してないです」

「ふーむ…脳も首も大丈夫そうだね。気絶してるだけかな? 起こしても使えなさそうだから寝かしておこう。なんかヤバそうだったら呼んで」

 そうマキさんがそう言った瞬間、ずばぁぁあんとこれまでに聞いたことがない凄まじい音が怪獣さんの方からした。
 見ると、結界紐がはじけ飛んでいた。

 怪獣さんが立ち上がって天井に頭をぶつけていた。

 結界紐が切れるなんてこれまでその可能性すら考えたこともなかった。
 マキさんとリリーはあんぐりと口をあけてその光景を眺めた。

 怪獣さんの近くにいたシンとトーヤとランコが近くの窪みに逃げ込むのが見えた。

「これはまずい」

 マキさんが低い声で言った。

「どうするんですか?」

「ばらすしかないんじゃない?」

 マキさんはそう言い残すとシンたちの方へと走って行った。

 …ばらすって。

 それは、怪獣さんの全てを細切れに切り刻むことを意味していた。
 これまで実際にやったという話は聞いたことがないのだが、怪獣さんが暴れて災いとなった際には、一旦細切れにしてから再生すると収まるという伝説があった。

 マキさんが合流すると、シンとトーヤが窪みから飛び出して怪獣さんの足元を狙って斬り始めたのが見えた。
 足を斬られて怪獣さんは再び姿勢を低くした。

 そこにすかさずマキさんとランコが登っていく。

 怪獣さんはマキさんを特に嫌っているようで、触手攻撃はマキさんに集中しているように見えた。
 しかし、動きはマキさんの方が早いので怪獣さんの攻撃は全く届かないのであった。

 ランコがあっという間に怪獣さんの天辺を取り大振りに刀を振り回してザバッザバっといくつもの肉片を斬り飛ばしている様子が見えた。
 通称ランコ斬り。彼女しかできない大技だ。

 リリーはあれが嫌いだった。確かにたくさん切れるけど隙だらけになる。
 タイミングが合わなければ即死だ。

 こんな状況下でもあれをやっているランコはやはりある意味天才なのかもしれない。

 …本当にもう、やめてほしい…あんなの見せられたら心臓がいくつあっても足りない。

「ランコ、無茶するな。今、非常事態!」

 マキさんの声が響いた。その声にランコは素直に従った。
 彼女が怪獣さんから降りるとリリーもほっと胸をなでおろした。

 それからは四人がかりで怪獣さんの脚を滅多斬りしはじめた。
 斬って斬って斬りまくる。

 脚を集中的に切ることで怪獣さんの動きを封じる作戦に出たようだった。

 それを見ながら、リリーも何か手伝わないと…と思い、窪みの奥の方に何かないか確認してみた。

 すると、古い道具類に交じって頑丈そうなケースがいくつも置いてあるのがわかった。
 積もっているホコリを払うと、「爆薬」と書いてあった。

 その側には着火装置のようなものもある。

 …これは使えるかも。

 リリーは腹式発声を使ってマキさんを呼んだ。
 毒のせいでだいぶ体力を消費していたが、なんとかマキさんまで届く声が出せた。

 マキさんはすぐに気が付いてこちらに走って来た。トーヤもその後から走って来る。

 シンとランコは一旦近くの窪みに退避した様子だった。

 今の声でタケルが眼を覚ました。

「いってぇ…どうなってる?」

 リリーはタケルに簡単に状況を説明した。
 話を聞き、タケルは茫然と怪獣さんの方に視線を移した。

 怪獣さんはお世話係の攻撃が止んだのでおとなしくなっていた。

 タケルにさっきのトーヤとの会話を聞かれたのではと思ってハラハラしたがそれはなさそうだった。
 聞いていたら絶対にからかってくるはずだから。

「こりゃ大ピンチだな…」

 タケルがボソリと言った。少々ぼーっとしてはいるが言葉ははっきりしているので脳にダメージはなさそうだった。
 きっとタケルは大丈夫だろう。大丈夫と思いたかった。これ以上タケルがバカになってしまったらいたたまれない。

 そこにちょうどマキさんとトーヤが走ってやって来た。
 マキさんはタケルの方を見ると「起きたのか」とひとこと言った。

「マキさん、この奥に爆薬と書いてあるケースがいっぱいあります」

 リリーは自分が発見したものを指さしながら言った。

「爆薬…?」

 マキさんも奥まで行ってそれを確認した。

「確かにこれは使えるかもな…」

 シンとランコも呼ばれて、爆薬を外に運び出した。
 相当量ある。

「これを怪獣さんに入るだけ入れる」

 トーヤとシンが「よし」と頷き、ランコは「えー」と嫌そうな顔をした。

 トーヤは少しの間リリーに視線を送ってから爆薬を抱えて走って行った。
 まるで見納めのような行動だったのでリリーは嫌だった。

 タケルも爆薬を手に行こうとしたがマキさんに止められた。

「おまえは脳味噌やってるかもしれないから安静にしてろ」

 タケルは文句を言いたそうな顔をしていたが、しぶしぶ納得した。
 これから何が起こるのか何となく想像できたリリーとタケルは、身震いしながらその時を待った。

 怪獣さんはお世話係たちが近寄るとまた暴れ出した。
 脚を切って動きを封じているとは言え、結界紐が切れているので非常に危険な状態だ。

 マキさんたちは二人一組になり、ひとりが肉を切ると、もう一人がすかさず爆薬を入れる、という地道な作業を始めた。

 リリーとタケルは祈りながらそれを見ているしかできなかった。

 やがて爆薬が全てセットされると、マキさんたちはそれぞれ避難用の窪みに入って着火装置が起動された。
 遠隔で爆破するものだ。

 随分古そうだったので何も起こらなかったらどうしよう…と全員が思った瞬間、爆薬に火がついた。

 ドッバーン、ビッシャ―ンとものすごい音がした。

 そして一瞬のうちに怪獣さんの体が弾き飛んだ。

 天井にビタビタビタッと肉片が張り付き、そしてゆっくりと降って来た。

 大量の血液が飛び散り、少しの間をあけて雨のようにザーーーっと降って来た。

 怪獣さんは見事にバラバラに砕け散って細切れの肉片となって散らばった。

「よっしゃー!!」

 ランコの歓喜の声が広間に響いた。

 怪獣さんの血液を浴びて真っ青になったトーヤがこちらに走って来るのが見えた。

 リリーはふらつく脚を叱咤し立ち上がり、トーヤに向かって走った。
 走ったつもりが足がもつれて前のめりに倒れ込んでしまった。

 そこへトーヤが滑り込んできて彼女を受け止めた。

 ビタビタビタと怪獣さんの肉が降りしきる中、二人はひしと抱き合った。

(つづく)
4. 告白 →


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目次

1.怪獣さんのお世話係

2.暴走

3.前代未聞

4.告白


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