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[小説] 怪獣さん|1. 怪獣さんのお世話係|創作大賞2024

あらすじ
リリーはこの世にたった六人しかいない ≪怪獣さんのお世話係≫ の一人だった。
彼らの仕事は巨大な怪獣さんから人々の食料となる肉片を斬り落とすこと。
この世界で最も危険な仕事であり、任期満了までの生存率は40%と言われている。
その仕事内容から忌み嫌っている者も少なくなかった。
六人のメンバーは仲が良く信頼しあってはいるが、相手に深入りしないどこか距離を置く間柄だった。
密かに心を寄せていても口には出さない。
だって今日死ぬかもしれないから…。
そんなある日、怪獣さんの様子が変貌し、リリーたちは苦戦を強いられるのだった…。
※さほどグロくはないですが、痛そうなシーンは多少出てきます。

1. 怪獣さんのお世話係

 今日も朝がやってきた。
 私は生きている。

 目覚まし時計を止めると、リリーはモゾモゾと布団から抜け出し、トイレを済ませて顔を洗った。

 戸棚から栄養食のタブレットを取り出しモグモグする。

 それからタンスの引き出しを開け、きちんと畳まれている紺色の羽織を取り出し袖を通した。
 羽織袴に着替えると、仕事モードに気持ちが切り替わる。

 自室のドアを開け通路に出る。
 彼女の仕事場は居住区内にあるので外に出ることなく出勤ができる。

 リリーはこの世にたった六人しかいない ≪怪獣さんのお世話係≫ の一人だった。
 お世話係は戦闘型人員の中でも優秀な者から選抜で決まる。任期は六百日。就任辞退や途中退職の自由があり、欠員が出ればすぐさま増員され、常に六人で形成されている部隊だ。

 この自治区では、生まれてすぐにその素質を検査され、ある程度の型が通知される。
 戦闘型、職人型、頭脳型…などなど。

 そして十六になるころに型が概ね確定し、就職先の選択肢が示されるのだ。
 型の変更検査はいつでも受診可能だが、大体の者は一生同じ型として過ごすことが多かった。

 リリーは生まれてからずっと戦闘型だった。
 戦闘型の大半は、居住区南方に広がる裏庭バックヤードに出てギンズモーを狩る仕事をしている。

 ギンズモーは彼ら人間の主食だ。

 リリーもお世話係になるまではギンズモーを狩って暮らしていた。

 ≪怪獣さんのお世話係≫ は最も危険な仕事であり、戦闘型の中でも特に能力が秀でていないと選ばれない。
 名誉な職業であったが、その仕事内容から忌み嫌っている者も少なくなかった。

 任期満了までの生存率は非公開ではあるが、40%ほどだと言われている。

 現在のお世話係のメンバーは、隊長のマキさん、副隊長のシン、筋肉系のタケル、頭脳派のトーヤ、適当だけど実力者のランコ、そして新人のリリーの六人だ。

 自室を出て数分後、リリーは職場の前室に到着していた。
 既に他の面々も揃っており、各自それぞれのルーティーンを行っていた。

 今日の担当はマキさん、タケル、トーヤ、リリーの四人だった。
 だいたい四人ずつのローテーションで日々まわしている。

 部屋の右側でお茶をゆっくり飲んでいるのが隊長のマキさん。
 手前の床で腕立てをしているのが筋肉バカのタケル。
 奥の方で椅子に座って瞑想めいたことをしているのがトーヤ。

 リリーは新人なので本当は一番に到着していなければならないのに、毎度最後の出勤になってしまっていた。
 だけれども、それを咎める者はここには誰もいなかった。

「おはよう~」

 マキさんが言った。リリーも「おはようございます」とそれに返した。

 リリーは壁際に立って視界の端で瞑想にふけるトーヤを眺めた。
 これがリリーの毎朝の日課だった。

 彼とはほとんど会話らしい会話をしたこともなかったが、リリーはトーヤに惹かれていた。
 彼の仕草を眺めるが好きだった。

 刈り上げた後ろ髪。それに対して長い前髪。瞑想している時は無表情になる顔。
 仕事中の動きの速さ…。咄嗟に仲間をフォローできる応用力。腕や首筋の筋肉。時々発せられる声。

 全てがかっこよかった。

 そして全てがかわいかった。

 リリーはトーヤに憧れると同時にかわいくてしかたなかった。
 ちょっとクールな感じとか、年下なのに自分より先輩なところとか、マキさんに褒められると少し嬉しそうな顔をするところとか…。

 かわいいところを挙げればきりがなかった。
 できれば一日中眺めていたいくらいだった。

 あまりに見ていると頻繁に目があってしまうので、リリーはできるだけ彼が瞑想中を狙って眺めるようにしていた。

 だからと言って彼と親密になりたいというわけではなくて、これは、窓辺の花を愛でている少女と同じような感覚なのだ…とリリーは自分に言い聞かせていた。

 戦闘型の人間は他人との関係が密になることを恐れていた。
 誰とでも仲良くはするが、どこかで距離をおいている。

 それはいつ死んでもおかしくない職種のため、本能的にこの世に未練やしがらみを残さないようにしているためであった。
 だから喧嘩もしない。喧嘩をするほど相手に踏み込んで行かないのだ。

 ≪怪獣さんのお世話係≫ のメンバーも、命を預け合っている関係なので心の底から信頼はしているが、過度な情はお互いかけないようにしていた。
 あえて距離を置いている。

 仲間は大切。一緒にいるけれど、個々は個々、他人は他人。

 リリーはいつも自分にそう言い聞かせていた。
 特にこの前室でみんなと一緒にいるときに、そう繰り返し自分に刷り込んでいた。

 だって今日、死ぬかもしれないから。

 始業の時間となり、彼らの上官である指令係が前室に入って来た。
 指令係は代々同じ家系の者が担当しているために、その容姿で役職がわかる珍しい職種である。

 吊り上がった細い目。ニタニタ笑っているように見える裂けた口。そして異様に尖った耳。
 彼らの先祖は人間ではないとの噂もあったが、それについて話すことは許されていなかった。

「本日のノルマは700片です。怪我に気を付けて安全に遂行してください。ではどうぞ」

 指令係は淡々と述べると武器が納められている奉納室の扉を開けた。

 マキ、タケル、トーヤ、リリーの順に奉納室へと入った。

 奉納室には六本の刀が鞘に納められた状態で保管されている。
 すらりと長い片刃の刀。怪獣さん用の武器だった。

 リリーは自分の刀を手に取り腰に差した。

 全員が武器の装着を追えると、奉納室の前面の壁がゆっくりと開き、いよいよ怪獣さんの鎮座する大広間へと入る時となった。

 怪獣さんは結界紐でグルグル巻きに拘束された状態で今日も大人しくうずくまっていた。うずくまっていると言っても高さはリリーの十倍はある。

 お世話係たちは怪獣さんに向かって一礼をすると、大広間へと足を踏み入れた。

 怪獣さんはここの住民にとって必要不可欠な三大栄養素をもたらしてくれる人知を超えた存在である。
 それはかつての人類が人工的に作り出したものとも言われているがその素性は謎に満ちていた。

 怪獣さんは巨大な肉の塊だった。斬っても斬っても再生する生きた肉塊だった。
 どんなに切り刻んでも死なない、不滅の肉塊なのだ。

 怪獣さんの肉は上の方ほど上質とされ好まれた。
 人々は毎日この肉を裏庭で採れるギンズモーに詰めて調理したものを食していた。

 毎日必要分の肉片を採取する。それがお世話係の仕事だった。

「いくぞ!」

 マキさんの掛け声で、全員が刀を抜き飛んだ。
 怪獣さんの体に次々と飛び乗り登る。

 お世話係が登って来ると、怪獣さんは細長い触手を体内から伸ばして攻撃してくる。触手は結界紐をすり抜けて飛んでくるので、それをかわしながら素早く登る必要がある。
 触手からは毒が出ることもあるので、捕まると場合によっては命に係わる事態となる。

 怪獣さんの肉はぶにゅぶにゅしている。
 滑るし足が埋まる。

 並みの身体能力では怪獣さんに登ることはできない。

 リリーたちは驚異的な脚力で怪獣さんのてっぺんへ登ると、一斉に刀を振り下ろし肉を斬った。
 怪獣さんの体液がほとばしり、リリーは全身ずぶ濡れになった。

 彼女はいつも最初の一撃でビシャビシャになってしまう。

 怪獣さんの体液は濃い青色をしていた。彼らの羽織が紺色なのは返り血を浴びても汚れが目立たないためなのだ。

 生臭い血のにおいが鼻をついた。
 リリーたちはもう慣れっこだが、怪獣さんの体液は臭い。生ごみのような臭いがするのだ。
 完全に血抜きをしないと食べられないほどに臭かった。

 肉を斬られた怪獣さんは痛がって吠え暴れた。
 こんな肉塊でも痛覚が存在するのだ。

 怪獣さんが暴れると結界紐がビンッと張り、動きを強く拘束した。
 それで切り口が裂けて余計に血が噴き出した。

 怪獣さんの雄叫びが広間に響いた。

「一旦退避!」

 マキさんの号令が飛ぶ。

 お世話係は剣術とは別に腹式発声の技術も訓練を受ける。
 どんなに怪獣さんが叫んでいても、それを劈き通る声。

 マキさんの声は誰よりも鋭く大広間に鳴り響いた。

 全員が下に降りると怪獣さんがまた吠えた。

「怪獣さん、ご機嫌斜めだね。一人ずつ登ろうか。リリーから」

「はい!」

 返事をすると同時にリリーは軽快な足取りで怪獣さんに登りはじめた。
 触手が伸びてリリーの肩をかすめる。寸でのところでそれを避け、上へ上へと進んだ。
 頂上まで登りきると、リリーは力を込めて肉片を斬った。

 ぐぉおぉぉおお…と怪獣さんが叫び足元がぐらついた。
 リリーは慌てて下に降りたが、降りている途中で触手が背中に当たって足を滑らせてしまった。

 幸い毒は出していなかったようで打撲の痛みだけで済んだのだが、バランスを崩しリリーは怪獣さんの体を勢いよく滑り落ちた。

 このままでは床に激突だ。

 少しでも落下スピードを落とそうと、怪獣さんの体に刀を突き立てようとしたその時、ぐっと誰かに胸元を摘まれて無事に下に着地することができた。
 見ると、助けてくれたのはトーヤだった。

「あ、ありがとう」

 リリーがお礼を言い立ち上がると、トーヤは無言で離れて行った。リリーが失敗するとフォローしてくれるのはいつもトーヤだった。
 きっとダメな奴と思われていることだろう。

 リリーは早くトーヤに迷惑をかけないようになりたいと悔しく思うのだった。

 向こう側からタケルが様子を見に来てリリーの顔を見るとホッとした表情になった。

「大丈夫か? リリー?」

「大丈夫」

 リリーはタケルに向かって言った。

 毎度トーヤに助けられるのは悔しいけれど嬉しくもあった。アドレナリンが一気に噴き出し、リリーは仕事に熱が入るのだった。

 怪獣さんがまた吠えた。見上げるとマキさんがもう上まで登って斬っていた。彼女の動きは目で追えない時があるほど早い。
 返り血もほとんど浴びないほど早い。

「よし、次、トーヤ登れ」

 マキさんが怪獣さんから飛び降りながら言った。

 トーヤが登っていく。素晴らしい足さばきだ。
 彼の動きは全てが美しかった。

 リリーはトーヤの姿にうっとりと見惚れた。

 しなやかな動きはもはや芸術だった。

 トーヤが卒なく肉片を斬り取ると、続いてタケルが登って行った。
 タケルはトーヤとは対照的で雑だが重みのあるパワー系の剣士だった。
 力強い足取りでガンガン登って行った。

「タケル、もう少し優しく登って。怪獣さんが暴れてる」

 マキさんが下から指示を飛ばした。

「わかってるって」

 タケルは先ほどより少し柔らかいステップに変更して登り、頂上で思いっきり刀を振るった。

 ズバッと大きな肉片が飛んだ。

 怪獣さんは痛がって暴れ触手をブンブンと振り回した。
 その度に結界紐がビンッと音をたてながら締まった。

 今日は怪獣さんの機嫌が特に悪いみたいだった。
 怪獣さんも人間と同じで情緒や体調があることが知られていた。

 怪獣さんが暴れる日は一人ずつ登った方が効率がよいので、その日はずっとこんな調子で順番に登っては肉片を斬り続けた。

 お世話係たちは毎日朝から夕方まで昼休憩なしにぶっ通しで働く。
 登っては斬り、登っては斬り。

 その度に怪獣さんからベチャッドチャッと肉片が落ちて、ザバザバと青い血が飛び散った。
 そぎ落とした肉片は床に落ちると自動的に回収口へと運ばれて加工所へと落ちて行った。

 その日はなかなかてこずったがなんとかギリギリ夕食時間に間に合うようにノルマを達成することができた。

 仕事を終えた面々は怪獣さんに一礼し広間に背を向けて奉納室に戻った。
 怪獣さんも疲れて眠ってしまったのか静かになった。怪獣さんも眠るのだ。

 刀を置き前室に戻ると、ちょうど集めた肉片の集計が終わったところだった。
 指令係は満足そうにうなずいて「今日もご苦労様でした」と言った。
 この言葉を合図にお世話係は解散となる。

 リリーは朝来た通路とは別のルートを辿って自室に戻った。

 これはリリー独自の験担ぎだった。自分でも理由はよくわからない。
 行きと帰りで違う道を通ることで、死を回避できるような気がしているのだ。

 自室に戻ると、まずは返り血をたっぷり浴びた紺色の羽織袴を脱ぎ洗濯機に投げ入れた。
 これで翌朝には新品同様になって引き出しに戻って来る。

 熱いシャワーを浴びると、彼女の身体からは青色の水が流れ落ち怪獣さんの臭いが漂った。
 たくさんの石鹸をつけて身体中を洗う。

 お世話係たちは毎日たくさんの血液を浴びるので、身体に臭いが染み込んでしまう。
 洗ったところで怪獣さんの臭いは取れないのだが、とにかくゴシゴシ洗うのがリリーの日課だった。

 風呂から出ると、マキさんからもらったオイルを全身に塗った。
 これを塗ると、多少だが怪獣さん臭が緩和される気がするのだ。

 部屋着に着替えると、リリーは自室を出て食堂へ向かった。
 今日のメニューは “ギンズモーの怪獣さん詰めシチュー” だった。まあ、だいたいシチューか蒸されているか焼いているかのどれかなのだが…。

 大盛によそってもらい席に行くと、既にトーヤとタケルが先に食べているところだった。
 リリーはタケルの隣に座ると怪獣さんとギンズモーに手を合わせてから食べ始めた。

 トーヤの方を盗み見る。いつもと同じように無言で黙々と食べていた。
 食べている姿もかわいい…とリリーは思った。

 眺めているとトーヤが顔を上げたので目があってしまった。
 リリーはあわてて目を逸らした。

 トーヤに今日助けてくれたお礼を言おうか迷ったが、話しかけられるのは嫌かもと思ってやめた。
 まあ、だいたい毎日助けられてはいるのだけれど…。

 そこへ、マキさんが来た。「今日はきつかったね、お疲れ~」と彼女は言った。

 遅れて非番だった副隊長のシンとお気楽娘のランコもやって来た。
 彼らは休みの者も含めていつも一緒に夕食をとるようにしていた。

 食堂の席は特に決まってはいないのだが、お世話係は特殊な存在であり、臭いもあって誰も近くで食事をしようとする者がいなかった。
 必然的に彼らはいつも食堂の端っこに固まって食事をしていた。

 全員揃って食事をしていると、通りすがりの柄の悪い男たちが「ああ、なんかこのへん臭せぇな~」と嫌味を言いながら歩いて行った。
 時々こうしてわざわざこの辺まで来て嫌がらせをしてくる輩がいる。

 みんなはもう慣れっこなので完全に無視するのだが、なぜか定期的に嫌味を言ってくる輩が後を絶たないのだった。

(つづく)
2. 暴走 →


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目次

1.怪獣さんのお世話係

2.暴走

3.前代未聞

4.告白


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