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本 (読書感想)

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記事一覧

青い壷(感想)_家族との関係が濃かった頃の日常

『青い壷』の著者は有吉佐和子で、初出誌は昭和51年以降に文藝春秋から。 1998年に一度絶版となり、2011年に復刊して45万部も売れているというから読んでみた。 美しい青磁の壷をめぐる13話の連作短編集となり、現代にも通じる人間関係の煩わしさとか、幸せの在り方を考えさせてくれる。 以下、13話の中からいくつか印象深いエピソードをピックアップして、ネタバレを含む感想などを。 父のような態度をとってしまうこと京都在住で47歳になる無名の陶芸家、牧田省造が久しぶりに精力を込めて

あのこは貴族(感想)_他者との幸福の比較や、他人への想像力の欠如など

『あのこは貴族』の著者は山内マリコで、初版は2016年11月、出版社は集英社。 自分とは異なるコミュニティに属する人たちへ排他的であったり、身に覚えのあるような上から目線の行為や言動が言語化されていて、興味深かった。 本作には映画もあるらしいけど、そちらは未視聴。 以下、ネタバレを含む感想などを。 結婚したい願望を出し過ぎる女渋谷区の高級住宅街、松濤で整形外科を代々営む開業医の三女でいわゆる箱入り娘の榛原華子(26歳)には結婚願望があるも、元旦に彼氏からフラレてしまう。

台湾漫遊鉄道のふたり(感想)_価値観を押し付けないことと、百合

『台湾漫遊鉄道のふたり』の著者は楊双子で、訳は三浦裕子となり日本での初版は2023年4月、出版社は中央公論新社。 1938年、日本の統治下にあった台湾へ日本人の女性作家が訪れ、鉄道で移動しながらのグルメ旅でありながら、現地人通訳との百合もあるというてんこ盛りな小説。 以下、ネタバレを含む感想などを。 素晴らしい料理の描写1938年(昭和十三年)、長崎在住の作家、青山千鶴子は台湾総督府と現地の婦人団体から招かれて念願だった台湾を訪れる。 千鶴子の小説『青春記』が映画化して台

スルガ銀行かぼちゃの馬車事件(感想)_不動産投資の難しさについて

『スルガ銀行かぼちゃの馬車事件』の著者は大下英治で2021年2月に出版されていた本。 被害者の立場から事件の全体像が書かれているから、事実だけを淡々というより文章が情緒的になっているからそのつもりで読む必要がある。 不動産投資をするつもりは無いけど、似たような詐欺に巻き込まれないよう、自分なりに内容を整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 被害者へ同情的な構成と文章『かぼちゃの馬車事件』の大まかな概要としては「利回り8%、30年間家賃保証」という謳い文句にのせら

吹きさらう風(感想)_信念を持って生きる孤独について

『吹きさらう風』の著者はセルバ・アルマダで、訳は宇野和美となり日本での初版は2023年10月、出版社は松籟社。 展開の少ない物語だからうまく感想をまとめるのが難しいのだけど、心へ刺さる満足感のある小説なのは確か。 以下、ネタバレを含む感想などを。 2組の親子を中心にした物語アルゼンチンの辺境でピルソン牧師はみすぼらしいホテルに宿泊し、各地を転々としながら娘のレニと車で移動しながら布教の旅を続けていた。 ピルソンの奥さん、つまりレニの母とはレニが幼い頃に置いてけぼりにするよう

東京ミドル期シングルの衝撃(感想)_未婚高齢者の増加を実数で捉える

『東京ミドル期シングルの衝撃』の編集が宮本みち子、大江守之。著者は丸山洋平、松本 奈何、酒井計史で2024年4月に出版されていた本。 「ひとり焼き肉」などのおひとり様向けサービスのワードを聞くにつれ、シングルのミドルが増えているであろうことは想像できたが、本書では日本でシングルがどれほど増加しているのかという具体的な数字が詳らかにされている。 なお、ミドル期は35歳~64歳と定義される。 自分なりに内容整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 40年間で2.98倍

ラザルス:世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ(感想)_高度なサイバー技術を持っていること

『ラザルス:世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ』の著者はジェフ・ホワイト、訳は秋山勝で2023年3月に出版されていた本。 ラザルスとは北朝鮮の高度な技術を持つサイバー犯罪集団の名称で、海外の金融機関から金を盗み出せるほどの技術力がある。 自分なりに内容整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 核保有国だからこそ、迂闊に手を出せない北朝鮮の人口や経済力を確認するため、韓国統計庁のWebサイトを確認してみた。「2022 北朝鮮の主要統計指標」では人口2,548万人で、

カステラ(感想)_社会生活の生きづらさを軽く笑い飛ばす

『カステラ』の著者はパク ミンギュで、訳はヒョン ジェフンと斎藤 真理子となり日本での初版は2014年、出版社はクレイン。 本作には韓国で若者が社会生活を送るうえでの生きづらさを感じさせる短編が11収録されている。 以下、全体を俯瞰しての感想と特に印象深かった短編2つを中心にしたネタバレを含む感想を。 軽い文体で表現された短編集収録されている短編は最後の「朝の門」のみシリアスだが、他はどれもノリが軽くて雰囲気が似ている。 韓国社会における若者の生きづらさや、その原因となる

肥満と飢餓(感想:3)_対策には多くの消費者の意識の変化が必要

『肥満と飢餓』の著者はラジ・パテル、訳は佐久間智子で2010年9月に出版されてい本だが、内容的には2023年現在でも通じるところがある。 以下、備忘メモと感想などの続き。 長くなったので、課題となる感想のひとつ目とふたつ目はこちらに。 巨大企業に支配されたフードシステムへの対策第9章では「フードシステムの変革は可能か?」と10の解決策が提示されている。 内容的には国や社会の仕組みを変えないと実現しないようなものと、個人レベルですぐにでも対応できることがある。 支配する企

肥満と飢餓(感想:2)_食品メーカーが利益を追求することによる、消費者の不利益

『肥満と飢餓』の著者はラジ・パテル、訳は佐久間智子で2010年9月に出版されてい本だが、内容的には2023年現在でも通じるところがある。 以下、備忘メモと感想などの続き。 長くなったので、感想の前半部分はこちらに。 貧しい人たちの肥満を自己責任とするのか貧しい人々の肥満を自己抑制が不十分だからとする主張は、社会を不安にさせているとある。 スーパーマーケットやファーストフードは売上見込みのある環境に重点的に出店している。その結果、富裕層または貧困層それぞれに出店数の偏りが出

肥満と飢餓(感想:1)_巨大企業がボトルネックになって、生産者と消費者双方が不幸になること

『肥満と飢餓』の著者はラジ・パテル、訳は佐久間智子で2010年9月に出版されてい本だが、内容的には2023年現在でも通じるところがある。 要約すると世界のフードシステムが一部の巨大企業よって支配されていて、生産者や消費者の利益よりも、それら企業の利益が優先されているおかげで多くの人々が不利益を被っていることについて紹介されている。 ページボリュームが400ページ以上もあって、大量の情報が詰めこまれていたため、自分なりに整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 競

ドーパミン中毒(感想)_依存の仕組みと避け方を考える

『ドーパミン中毒』の著者はアンナ・レンブケ、訳は恩蔵絢子で2022年の出版。 ドーパミンは神経伝達物質の一つで、脳の「報酬系」の活動を担う。 事例をもとに様々な依存症やその仕組みであったり対処方法が書かれている。 自分なりに整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 時代と共に変化する依存の対象現代社会ではどのようなものに依存してしまうのか。 依存症の危険因子としてドラッグや酒、セックスなどが連想されやすく、近年のアメリカでのオピオイド系薬物などは想像していたとおり

誠実な詐欺師(感想)_他人の領域へ踏み込むことによる軋轢

『誠実な詐欺師』の著者はトーベ・ヤンソン。訳は冨原眞弓となり日本での初版は1955年。 若く聡明で論理的なカトリと、老いて穏やかな性格のアンナ。 異なる自我を持つ二人の女性が同居する過程で軋轢が生じるが、なんとなく話しがまとまって、優しく語りかけてくれるような小説となっている。 以下、ネタバレを含む感想を。 村で異質な存在のカトリ冬には一面の雪に覆われる海辺の村ヴェステルビィに暮らす25歳の女性、カトリ・クリングは10歳離れた弟のマッツと一緒に雑貨店の屋根裏に住んでいる。カ

特捜部Q 檻の中の女(感想)_優秀な相棒が活躍するデンマークのミステリ

『特捜部Q 檻の中の女』の著者はユッシ・エーズラ・オールスン。訳は吉田奈保子となり日本での初版は2011年。 長期の監禁シーンにグロい描写があるものの、5年間放置されていた未解決事件を掘り起こして徐々に真実へ迫っていくミステリとして楽しめる。 また、本作は実写化されているけどそちらは未視聴。 以下、ネタバレを含む感想を。 異なる時系列のエピソード2007年、コペンハーゲン警察の刑事カール・マークは捜査に向かったアマー島で何者からか銃撃されて大切な部下一人を失い、もう一人の部