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本 (読書感想)

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記事一覧

ラザルス:世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ(感想)_高度なサイバー技術を持っていること

『ラザルス:世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ』の著者はジェフ・ホワイト、訳は秋山勝で2023年3月に出版されていた本。 ラザルスとは北朝鮮の高度な技術を持つサイバー犯罪集団の名称で、海外の金融機関から金を盗み出せるほどの技術力がある。 自分なりに内容整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 核保有国だからこそ、迂闊に手を出せない北朝鮮の人口や経済力を確認するため、韓国統計庁のWebサイトを確認してみた。「2022 北朝鮮の主要統計指標」では人口2,548万人で、

カステラ(感想)_社会生活の生きづらさを軽く笑い飛ばす

『カステラ』の著者はパク ミンギュで、訳はヒョン ジェフンと斎藤 真理子となり日本での初版は2014年、出版社はクレイン。 本作には韓国で若者が社会生活を送るうえでの生きづらさを感じさせる短編が11収録されている。 以下、全体を俯瞰しての感想と特に印象深かった短編2つを中心にしたネタバレを含む感想を。 軽い文体で表現された短編集収録されている短編は最後の「朝の門」のみシリアスだが、他はどれもノリが軽くて雰囲気が似ている。 韓国社会における若者の生きづらさや、その原因となる

肥満と飢餓(感想:3)_対策には多くの消費者の意識の変化が必要

『肥満と飢餓』の著者はラジ・パテル、訳は佐久間智子で2010年9月に出版されてい本だが、内容的には2023年現在でも通じるところがある。 以下、備忘メモと感想などの続き。 長くなったので、課題となる感想のひとつ目とふたつ目はこちらに。 巨大企業に支配されたフードシステムへの対策第9章では「フードシステムの変革は可能か?」と10の解決策が提示されている。 内容的には国や社会の仕組みを変えないと実現しないようなものと、個人レベルですぐにでも対応できることがある。 支配する企

肥満と飢餓(感想:2)_食品メーカーが利益を追求することによる、消費者の不利益

『肥満と飢餓』の著者はラジ・パテル、訳は佐久間智子で2010年9月に出版されてい本だが、内容的には2023年現在でも通じるところがある。 以下、備忘メモと感想などの続き。 長くなったので、感想の前半部分はこちらに。 貧しい人たちの肥満を自己責任とするのか貧しい人々の肥満を自己抑制が不十分だからとする主張は、社会を不安にさせているとある。 スーパーマーケットやファーストフードは売上見込みのある環境に重点的に出店している。その結果、富裕層または貧困層それぞれに出店数の偏りが出

肥満と飢餓(感想:1)_巨大企業がボトルネックになって、生産者と消費者双方が不幸になること

『肥満と飢餓』の著者はラジ・パテル、訳は佐久間智子で2010年9月に出版されてい本だが、内容的には2023年現在でも通じるところがある。 要約すると世界のフードシステムが一部の巨大企業よって支配されていて、生産者や消費者の利益よりも、それら企業の利益が優先されているおかげで多くの人々が不利益を被っていることについて紹介されている。 ページボリュームが400ページ以上もあって、大量の情報が詰めこまれていたため、自分なりに整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 競

ドーパミン中毒(感想)_依存の仕組みと避け方を考える

『ドーパミン中毒』の著者はアンナ・レンブケ、訳は恩蔵絢子で2022年の出版。 ドーパミンは神経伝達物質の一つで、脳の「報酬系」の活動を担う。 事例をもとに様々な依存症やその仕組みであったり対処方法が書かれている。 自分なりに整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 時代と共に変化する依存の対象現代社会ではどのようなものに依存してしまうのか。 依存症の危険因子としてドラッグや酒、セックスなどが連想されやすく、近年のアメリカでのオピオイド系薬物などは想像していたとおり

誠実な詐欺師(感想)_他人の領域へ踏み込むことによる軋轢

『誠実な詐欺師』の著者はトーベ・ヤンソン。訳は冨原眞弓となり日本での初版は1955年。 若く聡明で論理的なカトリと、老いて穏やかな性格のアンナ。 異なる自我を持つ二人の女性が同居する過程で軋轢が生じるが、なんとなく話しがまとまって、優しく語りかけてくれるような小説となっている。 以下、ネタバレを含む感想を。 村で異質な存在のカトリ冬には一面の雪に覆われる海辺の村ヴェステルビィに暮らす25歳の女性、カトリ・クリングは10歳離れた弟のマッツと一緒に雑貨店の屋根裏に住んでいる。カ

特捜部Q 檻の中の女(感想)_優秀な相棒が活躍するデンマークのミステリ

『特捜部Q 檻の中の女』の著者はユッシ・エーズラ・オールスン。訳は吉田奈保子となり日本での初版は2011年。 長期の監禁シーンにグロい描写があるものの、5年間放置されていた未解決事件を掘り起こして徐々に真実へ迫っていくミステリとして楽しめる。 また、本作は実写化されているけどそちらは未視聴。 以下、ネタバレを含む感想を。 異なる時系列のエピソード2007年、コペンハーゲン警察の刑事カール・マークは捜査に向かったアマー島で何者からか銃撃されて大切な部下一人を失い、もう一人の部

ストーナー(感想)_心に沁みる、素朴な男の生涯

『ストーナー』の著者はジョン・ウィリアムズで訳は東江一紀。 本書が本国アメリカで出版されたのは1965年。一部の愛好家に細々と読みつがれてはいるのみだったが、2011年にフランスの人気作家によって翻訳されたことをきっかけにヨーロッパ各国で訳書がベストセラー入りを果たしたとのこと。 大学の助教授として一生を終える男の物語は劇的ではないが起伏があり、美しい文章の翻訳もあいまって何度も読み返したくなるような叙情的な小説となっている。 以下、ネタバレを含む感想を。 理解は出来ずとも

ルポ 特殊詐欺(感想)_罪の意識を下げて巻き込む洗練された手口

『ルポ 特殊詐欺』の著者は田崎 基で2022年の出版。 被害を出し続けている特殊詐欺の具体的な手口や件数など、近年の状況などが書かれており、逮捕された実行犯が特殊詐欺に手を染めるまでの過程が書かれているところなどは小説を読んでいるような臨場感があって興味深い。 自分なりに整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。 近年も被害額の大きい特殊詐欺警察庁が特殊詐欺の手口と被害を正式に観測したのは2004年頃で、当初は「オレオレ詐欺」で広く知られた詐欺は、広く世間に認知され

パッセンジャー(小説感想)_タフ過ぎる女の逃亡生活

『パッセンジャー』は小鳥遊書房から2021年9月に日本語訳が刊行されたリサ・ラッツの小説で訳者は杉山直子 。 ジャンルはミステリーまたはクライム・ノベルと紹介されていて、いくつかの伏線が張り巡らせているから再読しても楽しめ、女性ならではの鬱屈や屈託をとても強引にねじ伏せていく主人公の印象が強いストーリになっている。 以下、ネタバレを含む感想などを。 ひとりで膨大な距離を移動物語はウォータールー(ウィスコンシン州)に住む20代後半の女性ターニャ・デュポイスが、夫フランクが階段

シブヤで目覚めて(感想)_日本文化をユーモアたっぷりに捉える

『シブヤで目覚めて』は河出書房新社社から2021年4月に日本語訳が刊行されたチェコの作家アンナ・ツィマの小説で訳者は阿部賢一と須藤輝彦。 訳が良いからか読みやすいのと、コメディ要素の多い文章のため気楽な気持ちで流し読みしやすい。 以下、ネタバレを含む感想などを。 マニアックな趣味のヤナ主人公のヤナ・クプコヴァーは、プラハにあるカレル大学日本研究学科で日本文学を研究する24歳の女性。子供の頃から日本文化に興味があり、村上春樹の「アフターダーク」に心酔している。好きな映画は黒澤

星の時(感想)_知らないことへの憐れみと、知らないからこその幸せ

『星の時』は河出書房新社社から2021年に日本語訳が刊行されたクラリッセ・リスペクトルの小説で訳者は福嶋伸洋。この小説は1977年に刊行されており、著者の遺作となっている。 あまり恵まれていない環境にある少女と、その物語を綴る作家の言葉が挿し込まれて語られる小説となっていて、主人公の少女の幸せについて考えさせられて、冷たく静かなアンビエント・ミュージックを聴いているかのような寂寥感を感じられる小説だった。 以下、ネタバレを含む感想などを。 誰からも見向きされない少女小説の主

地上で僕らはつかの間きらめく(感想)_数多の痛みに耐えながら、美しい表現で自己肯定する

『地上で僕らはつかの間きらめく』は、新潮社から2021年に刊行されたオーシャン・ヴオンの小説で訳者は木原善彦。 黄色人種、性的マイノリティなどの生まれついてのこと、または薬物依存、PTSDなど場当たり的な対処によって後からじわじわ影響がくること。そういう社会の片隅で澱んでいるひずみについて、様々なメタファーを織り交ぜながら綴られることで心に沁みてくる。そんな小説だった。 以下、ネタバレを含む感想などを。 哀しみの中から、歓びをすくい取るベトナム戦争後、家族でアメリカのハート