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特捜部Q 檻の中の女(感想)_優秀な相棒が活躍するデンマークのミステリ

『特捜部Q 檻の中の女』の著者はユッシ・エーズラ・オールスン。訳は吉田奈保子となり日本での初版は2011年。
長期の監禁シーンにグロい描写があるものの、5年間放置されていた未解決事件を掘り起こして徐々に真実へ迫っていくミステリとして楽しめる。
また、本作は実写化されているけどそちらは未視聴。
以下、ネタバレを含む感想を。

異なる時系列のエピソード

2007年、コペンハーゲン警察の刑事カール・マークは捜査に向かったアマー島で何者からか銃撃されて大切な部下一人を失い、もう一人の部下を寝たきり状態にされてしまう。カールはこの事件をきっかけに捜査に対する情熱を失って自棄になっており、殺人捜査課へ復職したが同僚と折り合いも悪く職場内では厄介者とされていた。

そんな折に政治的な都合によって、未解決事件を扱う「特捜部Q」が立ち上がることになり、厄介払いとばかりにカールはたった一人そこのボスとして地下のオフィスへ追いやられることになる。
そしてカールだけでは手が足りないということで、シリア系の一般人アサドを雇うが、徐々に二人はコンビとして未解決事件の捜査をするようになる。

この小説は同時進行で特捜部Qの立ち上がる5年前、民主党副党首ミレーデ・ルンゴーという若くて美しい女性議員の2002年以降のエピソードも断片的に挿入される。
序盤は特にカールたちとの関連性は無いが、ミレーデが誘拐されて5年経過し、カールがこの事件を担当捜査するようになってようやく物語が繋がってくる。

たまたまやってきた優秀過ぎるアサド

カールは頭の回転が速く、疑い深くて強引なところもあって捜査能力は高いが性格は気分の浮き沈みが激しくて女にだらしない。新部署のボスとはいえ、厄介払いされたことに気付いていたカールは未解決事件の書類を分類したりとマイペースに過ごしていたが、たまたまやってきたアサドが雑用をテキパキとこなすこともあってのんびりしてもいられなくなる。

二人はなし崩し的にコンビとして事件の捜査へ取り組むことになるのだが、なんといってもアサドの個性と図抜けた能力がこの小説を面白くしている。
アサドは事務処理能力が高いから書類整理を要領よくこなすし、記憶力も良いから事件の捜査記録を隅々まで覚えているし、好奇心も強いから制止しても事件へ積極的に関わってくる。
車の運転はもちろん出来るし、なんならソビエト時代の旧式戦車まで動かせるという幅広いスキルを持つ。

捜査が手詰まりになってカールが捜査を打ち切ろうとしていたところを、捜査ファイルを用意して懐柔しようとしたり、事件資料を読み込んでいるから「ラース・へリンク(アトモス)」の名前から過去の自動車事故と結びつけたり、さらには灰皿にあった吸い殻のフィルターの有無から、そこに居合わせていなかった人物の可能性を示唆したりと観察眼も鋭い。

助手としては申し分ないほど高いアサドの能力は、むしろカール一人では事件を解決できなかったのではと思うほど。なぜかコピー機を使えなかったり淹れるコーヒーがやたら濃いのも愛おしく思える。

カールがアサドを守る

本作のカタルシスは、捜査が手詰まりになってミレーデの自殺と片付けられていた過去の事件を、組織から厄介払いされたカールが徐々に真相へ近づいていくところにある。
しかも過去にこの事件を担当したのが、カールと相性が悪くプライドの高い殺人捜査課のバクだったから解決すれば見返すことも出来る。

そうして、個人的に一番のハイライトは散弾銃を持ってラセが登場したシーンだった。
カールはアマー島で部下が撃たれた際、咄嗟に反応出来なかったことをずっと悔いており、カールだけが生き残って復職しているのはある意味二人の部下の犠牲の上に成り立っているとも言える。

「私たちにできることはありますか、ルンゴーさん」カールは叫んだ。その瞬間、壁に立てかけてあった石膏ボードの後ろで銃声がした。誰かが散弾銃で石膏ボードを撃ちぬいたのだ。部屋のあちこちに散弾が散らばっている。身体じゅうが脈を打ち、温かい血が腕をつたっていた。永遠に思えたが、実際には十分の一秒ほどの間、体が麻痺したように動けなかった。だが次の瞬間、カールがアサドに向かって身を投げ出した。

そんなカールがラセから散弾銃で撃たれた際、自分の出血を顧みずにアサドをかばって身を投げ出している。アサドが刑事ではなく一般人だから庇ったと考えるのが妥当だろうが、アサドのことを大切な相棒と認めていたし、かつての部下二人への後悔があって、同じ轍を踏まないと決意していたから咄嗟に取れた行動とも受け取れる。
色々とだらしない面があり、自己中心的で強引な性格は人間的にあまり共感できるところの少ないカールだが、この勇気ある行動には胸が熱くなった。

読んでいて先が気になる展開になっているからすんなりと読み進められたが、本作の不満点としては大きく2つ。
ミレーデの誘拐事件とは別にカールの部下二人が撃たれたアマー島での事件や、自転車殺人事件についても触れられるが、これらの事件がミレーデ誘拐事件と直接の関わりは無いし、アマー島での事件は解決しないままに放置されて物語が終わること。
恐らく次回作以降への伏線として残したのかもしれないが、モヤモヤした気持ちだけが残る。

あとは、丸窓ひとつだけの部屋に監禁された人間が、食事と排泄をバケツのみでという動物のような扱いを受け、さらには部屋の気圧まで上げられているのに5年もの長期間に渡って、正気を保っていることの現実感の乏しさ。さすがに5年はやり過ぎなように思う。

しかしこれらの不満があったとしても、自分たちが正義とばかりに規範を無視してでも、自らの信念に沿って行動するカールとアサドの凸凹コンビの活躍は素直に楽しめた。


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